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.国際  投稿日:2024/3/18

モグラ叩き ニューヨークの銃取り締まり


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

【まとめ】

・NYの地下鉄で発砲事件。撃たれた男は重傷。

・ホークル州知事は、地下鉄の銃犯罪に対応すべく、州兵らを配備。

・NYの学校の警備員にも防弾チョッキが配られるなど、父兄に動揺走る。

 

先週の木曜日、混雑する夕方のラッシュ時間のニューヨークの地下鉄の車内で「お前をぶん殴ってやる!」とわめく男と、挑発された男との間で、殴り合いのケンカが始まった。

わめいていた男は相手を威嚇するかのように、突然、ジャケットから拳銃を取り出した。

それを見た車内の乗客はパニックになり逃げ惑った。電車は急行電車で、次の停車駅までは4駅もある。車両は30年以上前の古いタイプの車両で、車掌に緊急通報出来るシステムがない。

「出して!!出して!!」と逃げ惑う女性が大声で叫んだ直後に「バン!」と音がした。「ギャー!」乗客の悲鳴。

電車が駅に着き、パニックになった乗客がホームになだれ出る。つづいて「バン・バン・バン!」と3発の銃声。

「警察はどこ!!」混雑する地下鉄は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

https://x.com/rob_vendetti/status/1768463216546365829?s=20
▲Xのポスト

Man won’t be charged in Brooklyn subway shooting: DA

▲PIX11NEWS

発射された2発の銃弾は、拳銃を出した男の頭にあたった。一発が男の首に、もう一発が胸にあたった。銃は相手に取り上げられ、わめいていた男は返り討ちにあったのである。銃は38口径のルガーだった。撃たれた男は重傷を負ったが命に別状はないという。

(編集部注:発砲は4回、撃たれた男性は首に1回、胸に1回、顔の右側に2回の計4回撃たれ、背中に2つの刺し傷があった、との報道もある。また、銃を取り上げて相手に発砲した男は正当防衛で不起訴となった)。

「もしこういう事が起きたら、姿勢を低くして。目立たないように、動かないように」。

翌朝、事件を伝えるテレビのモーニング・ショーを、学校に行く準備をしている我が家の子供達と見ながら、朝からこうやって、子どもたちにレクチャーしているのは、我ながら異様だと思う。

10日ほど前、ホークル・ニューヨーク州知事は、今年に入って起きた、NYの地下鉄内の銃犯罪などに対応すべく、州兵(National Guards)750人、州警察官(NY State Police)250人をNYPD(ニューヨーク市警)と鉄道警察隊(MTA Police)への応援として配備すると発表、実施された。

だが、警備に当たる州兵が、軍服姿に軍用のM4アサルトライフル(自動小銃)で武装して地下鉄構内にいる姿に市民は驚いた。

「荷物検査にアサルトライフルは必要なのか?」「通勤電車を戦場にするつもりか」などの批判が噴出、数日後には知事から「現場には自動小銃を携行しないように」との通達が出されたが、冒頭の銃撃事件はそんな矢先におきた。

NYの地下鉄では、今年に入って3件の銃撃事件が発生している。乗務中の車掌が刃物で首を切られる事件も発生している。

報道によると、昨年からニューヨークでは、銃を所持する許可の申請が増加しているという。(参考記事:「多くのニューヨーカーが銃の許可を申請」)

背景には、2022年に連邦最高裁が下した判決が影響している。

判決は、ニューヨーク州の銃規制が厳しすぎて、市民が銃を持つことを保証する憲法修正第2条に違反しているので、規制を緩和せよ、というものである。市民の銃所持許可申請の増加は、緩和された規制を受けてのものと思われる。

アメリカでは「市民が銃を持てる権利」を憲法修正第2条で保証している。制定は建国から20年も経たない200年以上の前の1791年で、その時出来た法律が、米国民の基本的権利の一つとして存在している。日本の明治憲法などよりもずっと古い。

全米レベルで見てみると、一般人が銃を購入しようと思えば、身分証明書をもって銃砲店に出向き、FBIのデーターベースによる身元照会審査で問題がなければ、その場で銃を持って帰れる州も存在する。

だが、ニューヨーク州は全米で最も銃の所持に関して規制が厳しい州である。ニューヨーク「市」の銃所持規制はさらに厳しい。

▲写真 ニューヨーク市内のスーパーの入口に新たに出された「構内へ銃の持ち込み禁止」の表示。新法施行後、許可証次第で、特に断りのない場所へは、銃の持ち込みが可能になったことへの対応(筆者撮影)

ニューヨーク市で銃を所持、携帯するためには、ニューヨーク「州」の規制より厳しい、市の条例に沿ったライセンスを取得しなければならない。この審査が厳格を極め、許可申請数は増加しているものの、なかなか許可が降りないという。許可がなかなか降りないということで、集団訴訟も起こされている。

審査項目は、21歳以上で犯罪歴、精神病歴が無いこと、生活環境に加え「よい道徳的性格」「自分や他人を危険にさらさない」方法で武器が扱えるかの能力、人物審査など、日本で猟銃を所持する許可に準ずるくらいの厳しい審査が、多岐にわたり、最終的に許可するかどうかはニューヨーク市警(NYPD)の裁量次第である。

銃所持申請増加の背景には、常に起こる銃犯罪に対しての警察への不信感もある。市民の期待に答えるべく、警察は取り締まりに躍起になっているが、現実には効果的な方法はない。

私の友人の日本人で、かなり前に日本へ帰国した人がいるが、彼はもともとヴァージニア州に住んでいた。

ヴァージニアに住んでいた時「ほとんどノリで」合法的に銃を購入したが、その後、ニューヨーク市に引っ越すことになり、陸路で引っ越してきた際、あまり深く考えずに、銃も一緒に持って来てしまったと言っていた。この場合、ニューヨークの所持ライセンスを持っておらず、銃登録もしてないので、悪意がなくとも、見つかれば即逮捕である。

実際にこのようなケースは無数にあると考えられる。友人は銃を「クローゼットの奥にしまって忘れたい」と言っていたが、保管する際、弾薬を銃に装填したままにしているのも違法となる。こうやって処分に困った銃は闇に流れることもある。気がついたらその友人は日本に帰国していたが、持っていた銃をどうしたかは知らない。

子供がいる我が家では先月気になるニュースがあった。

NYの学校にはそれぞれ、警備に学校専任の警官が常駐、配備されている。そこに突然、防弾チョッキが配られた、というのである。父兄らに何の説明もなく配布され、現場で動揺が走っているというのである。

(参考記事:NYPD quietly rolls out bulletproof vests for school safety agents – Chalkbeat

NYの学校で警備に当たる警官は、銃器を持たず丸腰である。この警官(警備員)基本の装備は手錠と無線機だけで、警棒を持つこともあるが、学校専任のため、拳銃の所持ライセンスを持たない。

▲写真 丸腰で学校の警備に当たる学校専任の警官。無線機と手錠しか持たない(2024年3月15日、筆者撮影)

ニューヨーク市内の学校で銃撃事件が発生したことは無いが、2021-22年度には生徒らによって校内に持ち込まれた銃が20丁以上没収されている。学校で警備にあたる警官は、丸腰でこれらの事態に対応しなければならない。

このように、全米一、規制が厳しいとされるニューヨークでさえ、違法銃は野放しだ。場所、人種、世代を選ばず浸透している。

▲写真 小学校低学年の児童の体格に合わせて作られている子供用ライフル。「NOT A TOY(おもちゃではありません)」の表示(2019年、ヴァーモント州の銃砲店にて、筆者撮影)

子供の頃、テレビや映画で銃を扱うスターはカッコよかった。日本人から見れば銃がある世界は映画やテレビの中だけである。男の子なら誰でもそうするように、私もおもちゃの銃もたくさん持っていた。

そんなスターの一人「エースのジョー」こと宍戸錠さんとその昔、ニューヨークで仕事をご一緒させて頂く機会があった。若い人は宍戸さんをご存知無いかも知れないが、日活アクション映画の大スターであった。

「エースのジョー」がニューヨークをさまよう、というハードボイルドタッチの内容の撮影が行われた。

エースのジョーがニューヨークの射撃場で拳銃を撃つ、というシーンの撮影に臨んだ時のことである。もちろん撮影に使う拳銃は本物のコルトである。

「エースのジョー」が射撃場に入っていくシーンを撮っていると、宍戸さんが突然おっしゃった。「本当にこれ、撃たなきゃダメなのか?」

え・・・・?

「だって映画でいつも拳銃、ぶっ放してたじゃないですか」「ばか。本物なんて撃ったことが無いに決まってるだろうが!」見ると宍戸さんは額と言わず、顔中に玉のような汗をかいていた。

「何発撃ったか、頭の中で数えてて下さいね」と射撃インストラクターが指導するも「覚えてるわけ無いだろ」。

シーンの撮影が終わった宍戸さんは「もう、絶対、あんな怖いもん、2度と持つもんか」と言って水をがぶ飲みしていた。その一言は30年以上経った今でも鮮明に思い出される。

今、ニューヨークに住む自分にとっての銃は、向こうの世界のものではなく、触ろうと思ったら触ることが出来る、現実の存在である。それはスターがカッコよく持つものではない、現実の「武器」である。

その銃に自分や家族の命を奪われるかも知れない恐怖を抱いて、今日も地下鉄に乗る。

トップ写真:グランドセントラル駅の警備に当たるニューヨーク市警の警官。M-4アサルトライフルを携行する。今月中旬からは、地下鉄の警備に州兵と、州警察も加わった(2024年3月12日、筆者撮影)




この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

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