バイデン政権の対外政策の欠陥とは その1 大統領の軍事忌避
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・バイデン政権の対外政策は「力の軽視」。軍事忌避と呼んでもよい傾向がある。
・ロシアや中国などの反米勢力はそこに生まれた力の空白に進出してきている。
・言い換えると、いまのアメリカのあり方が世界の混乱や危機と呼べるような状況を引き起こしている。
いまの国際情勢の激動や混乱を主としてアメリカの政策という観点から論じてみた。「明日への選択」という月刊雑誌のインタビューに応じての論評だった。その論評ではアメリカのバイデン大統領とその政権の対外政策の光と影をかなりくわしく語ることを試みた。
新しい年、2024年の冒頭、世界情勢はさらに緊迫を増し、アメリカの大統領選挙も予備選の幕を開けた。その結果の衝撃波は日本をも大きく揺さぶることは自明である。だから国際情勢の現状とアメリカの対応については、よく知り、よく考えることが日本側の私たちにとっても、とくに喫緊となる。そんな趣旨からこの私の現時点でのアメリカ外交考察をこの場で紹介することとした。
このインタビューで私に質問をしたのは「明日への選択」の発行人の岡田邦宏氏である。
岡田氏の冒頭の解説―― ロシアがウクライナに侵略して間もなく2年が経過し、アジアでは中国が台湾への軍事的圧力をかけ続けています。そうしたなか昨年10月には中東でハマスがイスラエルを奇襲攻撃し、それに対してイスラエルがハマス殲滅を掲げてガザ地区を猛烈に攻撃しています。
こうしてみると、世界はなにか「無秩序化」しているようにさえ思えます。この状況をどうとらえればよいのか。その中で日本はなにをなすべきなのか。長年ワシントンに視点をすえて国際情勢を分析してこられた古森義久氏にうかがいます。
■ バイデンが招いたアメリカの「後退」
(質問)―― 世界はいまロシアや中国といった勢力が攻勢的となり、アメリカやEU(欧州連合)などが押し込まれているようにみえます。世界秩序が変わろうとしているようにも思えます、現状の世界情勢についてどうご覧になっていますか。
古森義久 現代の国際情勢をどうみるかというとき、アメリカ側の問題と反米勢力の動きに分けて考えればよいと思うのです。いま、アメリカの力や影響力が後退しているのは間違いない。その一番大きな要因はバイデン政権の対外政策のあり方だと思います。
トランプ時代と比較すれば分かりやすいでしょう。中国の戦闘機が台湾との中間線を越えて繰り返し入ってくるようなことはありませんでした。ヨーロッパでも中東でも戦闘は起こらなかった。
では、バイデン政権の対外政策はトランプ政権とどう違うかというと、一口で評すれば「力の軽視」です。軍事力でバランスをとることが嫌い、もう軍事忌避と呼んでもよい傾向だと思います。
そうした傾向は国防費の数字をみれば一目瞭然です。トランプ政権は国防費を前年比十数%で増やし続けて史上最大の防衛支出を続けました。しかしバイデン政権は前年と同程度の国防費の額はなんとか保っていますが、インフレ率を引いたら実質的には削減になっています。
兵器開発の面でも軍事忌避は明らかです。一番象徴的なのは、トランプ時代に決めた海洋発射型中距離核巡航ミサイル(sea-launched nuclear cruise missile)の開発を中止したことです。中国は中距離ミサイルを1000数百基持っているのに、アメリカはかつてロシアと中距離核全廃条約を結んでいたため(2019年に破棄通告)、アメリカの地上配備の中距離核ミサイルはゼロだった。そこでトランプ政権は中国に対する抑止力として潜水艦発射の中距離核巡航ミサイル開発しようとしたのですが、バイデン政権はそれを中止してしまったのです。
政策面でもバイデン大統領は軍事を避けている傾向が強いといえます。2年前の2月、ロシアがウクライナ国境周辺に部隊を集結させ、侵略の観測が高まってきた段階で、本来なら強硬に警告すべきところがバイデン大統領はアメリカは軍事的には対応しないと先に言明してしまいました。これはアメリカの歴代政権の伝統ともまったく異なる安全保障に対するきわめて偏った感覚を示しています。
軍事的に対応するとあえて明言する必要はありませんでした。しかし侵略を試みる側にとっては超大国のアメリカがもしかすると軍事的な反撃や制裁に出るかもしれない、という疑念こそが最大の抑止となるのです。だから軍事的な対応については曖昧にしておくべきだったのに、最初から軍事対応はしないと述べて、ロシア側に事実上の青信号をみせてしまったのです。
そうしたバイデン政権の軍事に対する軽視や忌避がまずあって、ロシアや中国などの反米勢力はそこに生まれた力の空白に進出してきている。言い換えると、いまのアメリカのあり方が世界の混乱や危機と呼べるような状況を引き起こしていると思うのです。
(その2につづく)
*この記事は月刊雑誌「明日への選択」2024年1月号のインタビュー記事の転載です。
トップ写真:ジョー・バイデン米大統領(2024年1月22日 ホワイト・ハウス)出典:Photo by Kevin Dietsch/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。