バイデン政権の対外政策の欠陥とは その2 抑止力の後退
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・バイデン政権下、米軍事抑止力が弱体化し、中国が台頭している。
・だが全体主義の魅力が伝播しているわけではない。
・米議会内では中国制裁に向けての動きも。
質問(「明日への選択」発行人・岡田邦宏氏)―――― つまり、アメリカの軍事抑止力がバイデン政権下では弱くなった、ということですね。ロシア、中国、ハマスなどの反米勢力の動きは、アメリカの「力」が後退した結果だということでしょうか。
古森義久 そういうことです。ウォルター・ラッセル・ミードというアメリカの戦略問題の権威も「ウォール・ストリート・ジャーナル」に「抑止なき世界」という一文を寄稿して、アメリカの抑止はもうなくなった、だからこういう混乱が起きるのだと述べています。中東でハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃が起きてすぐの時点での論文発表でした。比喩にせよ、もうアメリカの国際的な抑止力はなくなったしまった、という辛辣な表現でした。
◾️世界は「無秩序」に向かうのか
――反米勢力はいまやアメリカが反対する動き、国際基準に反する動きをとっても、アメリカは制裁や報復の実力行動はとらないと確信している、ということでしょうか。
古森 ええ、そうです。そうした反米勢力はいま、アメリカの歴代政権が信奉してきた自由民主主義とか人権尊重とか法の支配などの理念に対しても背を向けています。
とりわけ、アメリカが築いてきた自由民主主義を基調とする国際秩序に根本の部分からチャレンジしてきているのが中国です。習近平は共産党総書記に就任した直後の2013年春、「9号文件」というイデオロギー関連の文書を採択し、自由民主主義や法の支配など西側の基本的な価値観を七つほど挙げて、これを一つひとつ批判しています。
つまり、中国はアメリカが築いてきた国際秩序やその価値観を崩そうとしていること、具体的には台湾を攻略して東アジアや西太平洋で中国主体の勢力圏を作ろうとしているという基本目標は10年前からはっきりしていたのです。
さらに中国は2018年になると、グローバルな統治への意志もはっきりさせ始めました。この年の中央外事委員会で習近平は「グローバルな統治に関与する」と宣言しました。同時にその統治の方法としては「中国独自の」「社会主義的な」という言葉も使いました。つまり、中国なりのグローバルな覇権をめざすというのです。
ところが、バイデン政権はアメリカにとって最大の脅威である中国について「脅威」という言い方をしない。「競争相手」(competitor)としか定義づけないのです。違いはあるけれど競争するのだと述べるだけです。
―― 中国だけでなく、ロシアもイランも軍事力だけでなく価値観においても必然的にアメリカや自由主義諸国とぶつかります。
古森 今日の世界の基本構造が無秩序化しているようにみえたとしても、私は民主主義自体の魅力が衰えて、逆に全体主義の魅力が国際的に広がっているとは思いません。
アメリカに対抗するという勢力が、いまはアメリカの弱さにつけこむ形になっているだけ、そういう勢力がたまたま全体主義だったということだと思っています。
そもそも、そうした国々の内政をみれば、自由主義の国ではそんな全体主義の国にしたいとは誰も思っていないでしょう。例えば中国の思想や言論の自由が完全に封殺され、ロシアでは野党政治家が簡単に暗殺されたりしている。イスラム世界では、インドネシアだとかトルコは世俗主義ですが、イランなど原理主義の国では、女性の権利が大きく損なわれているといった問題があります。
アメリカでは、保守派の人たちは、中国共産党と中国国民とは違うという前提に立って、中国共産党がいまの形で存続する限りはアメリカにとって天を倶にできない相手であるから、中国とは経済もデカップリング(分断)でいく。共産党が倒れない限り、米中間の本当の友好は実現しないと言っています。
とりわけ議会ではこうした考えが強くて、民主党の議員もバイデン政権よりは中国に対して強硬です。議会として、どんどん中国制裁の法案を作っています。
特に下院の「中国共産党との戦略的競合に関する特別委員会」は、共和党が中間選挙で多数派を取って作ったものですが、中国関係でいまアメリカの国政の舞台では一番活発に動いています。共和党が13人、民主党が11人の超党派の組織で、その特別委員長がマイク・ギャラガーという若手の下院議員です。いま彼が議会全体でも一番活発に外交問題では発言しています。
(その3に続く。その1)
*この記事は月刊雑誌「明日への選択」2024年1月号のインタビュー記事の転載です。
トップ写真:週末を過ごすキャンプ・デイビッドに向かう前にインタビューを受けるバイデン氏(2024年1月13日 ワシントンDC・アメリカ)出典:Samuel Corum/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。