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.国際  投稿日:2024/2/28

「イスラエル・ロビー」とはなにか その10(最終回)2つの国の特殊な絆 


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

 

【まとめ】

・米ハドソン研究所主催の討論会でバイデン政権の対イスラエル政策を批判する声。

・イスラエルの国会議員、「宗教シオニズム党」シムチャ・ロスマン代表が招聘された。

・アメリカがイスラエルを擁護する要因は、ホロコースト、自由民主主義、宗教。

 

「バイデン政権はアメリカにとって最善の同盟国イスラエルに対して、よくそんな冷たい言動がとれるものだ! 常軌を逸している!」

こんな非難の言葉が首都ワシントンの中心部で激しく発せられた。ついこの2月23日、ホワイトハウスにも近い大手研究機関のハドソン研究所が開いた中東情勢に関する討論会だった。私もこの集いに出かけて、討論に聞きいった。

この場でバイデン政権への遠慮ない批判を述べたのはイスラエルの国会、クネストの議員シムチャ・ロスマン氏だった。ロスマン議員はクネストでは「宗教シオニズム党」の代表として、ネタニヤフ首相の率いるいまの連立政権の一翼を担っている。 

イスラエル政界では最右派の有力論客とされるロスマン議員を招いたハドソン研究所も保守志向であり、バイデン政権とは外交政策もかなり異なる。だが外国の政治家をワシントンに招き、アメリカの現政権への正面からの批判の表明を許す、というのも一面、アメリカとイスラエルとの親密な関係の象徴だった。日本の現役政治家がワシントン入りして、公開の演説でアメリカの現政権の政策を非難したらどうなるか。米側から超党派の反発が起きるだろう。だがイスラエルの政治家はそんな非難が自由にできるほど、アメリカとの絆が太いのである。

ロスマン議員はバイデン政権がイスラエルのハマス攻撃に圧力をかけて、軍事攻勢を遅らせようとしている姿勢に激しい反発をみせたのだった。アメリカ側ではイスラエルの政治家たちを身内に近い親しい存在とみなす傾向があり、自国の政策への批判も許容するというわけだ。

これまでアメリカ側のイスラエル支持勢力のさまざまな実態を紹介してきた。それら組織は多数であり、多様であることも強調してきた。その多種多様の証拠として、これまで触れなかったイスラエル・ロビー団体をさらに紹介しておこう。

最有力の組織「「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」と密接な連携を保つ団体として以下の存在がある。いずれも独立した政治活動やロビーの団体である。

 ▽「アメリカ・ユダヤ人会議」

 ▽「ユダヤ人女性全国協議会」

 ▽「ハダサー」(ユダヤ人の宗教団体)

そのほかにとくにAIPACとは距離をおきながらも、イスラエル支援のためのアメリカの政府や議会への働きかけという共通の目標に向かって動く団体には以下の存在もある。

 ▽「ユダヤ人主要組織責任者会議」

 ▽「ブナイブリス反中傷連盟」

 ▽「イスラエルのための行動」

 ▽「ユダヤ人防衛連盟」

 ▽「サイモン・ウィーゼンタール・センター」

  とくに最後の「サイモン・ウィーゼンタール・センター」は日本にもその強力な活動ぶりを実感させた。老舗の出版社、文藝春秋の雑誌「マルコポーロ」が1995年2月号に「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった。」という悪質な記事を大々的に掲載したことにアメリカのロサンゼルスに拠点をおく、このユダヤ系組織が抗議運動を起こし、この雑誌の廃刊にまで追い込んだ事件である。この記事は日本人のアマチュア歴史家の医師によって書かれ、根拠はなかった。

さてこの連載の結びとして、超大国のアメリカがユダヤ人国家であるイスラエルをなぜこれほどに支援するのか、という基本点に触れておこう。アメリカ国内でのユダヤ系市民たちの影響力という目にみえる要因に加えてのその背景である。

その第一はホロコーストである。

ホロコーストとはいうまでもなく1930~40年代にかけて、ナチス・ドイツがユダヤ民族を組織的に虐殺した大事件である。犠牲者の数は600万にも達した。人類の歴史でも稀なこの大犯罪を超大国として人道主義や民主主義を世界に向けて主唱してきたアメリカが阻止できなかった、なにもできなかった、という反省や自責がアメリカ側では強い。そのシンボルは首都ワシントンの中心部に建てられたホロコースト博物館である。

このホロコースト許容への罪悪感がアメリカの官民でのユダヤ人国家のイスラエルへの支援の根幹になっているといえよう。

第二は自由民主主義である。

全世界をも揺るがす中東の激動では、イスラエルに敵対するアラブ側の大多数の国家は非民主主義体制である。政治上の独裁や宗教上の全体主義の国家ばかりなのだ。アメリカ側からすれば、民主主義や人権尊重という自国の価値観を共有する中東の国家といえば、イスラエルだけ、ということにさえなる。

アメリカ政府の外交政策は党派の別を問わず、自由民主主義の拡散という基本を重視する。複雑きわまる中東情勢でも、アメリカ側では民主党、共和党いずれの政権も議会勢力も自由民主主義の広がりを指針とする。その際に中東ではその民主主義をもっとも体現しているようにみえるのはイスラエルなのだ。

 第三は宗教である。

中東でイスラエルに敵対する諸国はほぼすべてがイスラム教国である。イスラム教の教えを政治の上に位置づける宗教独裁国家のイランから政治を宗教の上におく世俗国家のトルコまで宗教の濃淡こそあれ、基本はイスラム教である。

この点、なおキリスト教が主流のアメリカにとってはキリスト教と起源を一にするユダヤ教国家のイスラエルは自陣営という認識になる。そのアメリカも近年はキリスト教を国教扱いすることは減ってきたが、なおキリスト教徒が多数派であり、その宗教の色は国政にも反映される。その宗教上のアメリカの実態が中東政策ではイスラエル支援に傾くことは自然だともいえよう。

 以上のような大きな要因も本稿の主題であるアメリカのイスラエル・ロビーの拠って立つ基盤なのである。

(終わり。その1その2その3その4その5その6その7, その8その9

 

トップ写真)国会議員がイスラエル人人質の家族らと記者会見を主催。ワシントンDCの連邦議会議事堂での記者会見で話すデビー・ワッサーマン・シュルツ下院議員(民主党-フロリダ州)(2024年2月7日 アメリカ・ワシントンDC)出典) Anna Moneymaker / Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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