無料会員募集中
.経済  投稿日:2024/3/11

「シニアの戦力化」の現実 前篇


小寺昇二(株式会社ターンアラウンド研究所 共同代表 主席研究員)

小寺昇二の「人財育成+経営改革」

【まとめ】

・少子高齢化の人手不足時代の切り札である「シニアの戦力化」が社会全体の課題に。

・当事者であるシニアは、政府の掲げる「リスキリング(学び直し)」意欲が低く、現状のスキルでの労働を望んでいる。

・中小企業、地方企業では人手不足の対応策としてシニアの活用が進んできているが、大企業ではシニアの戦力化は進んでおらず、変える必要がある。

 

人手不足が深刻化している現状

外食産業、介護職、建設業など、いわゆる「エッセンシャルワーカー」の領域では、自給の大幅アップが進行しており、人手不足は日常生活において大きな影響を与えています。

エッセンシャルワーカーほどではないですが、企業、特に中小企業、地方企業においても人手不足が進行中です。

人手不足への対応として一般的に挙げられるのは、

  • DX、AIなどの活用、選択と集中による業務効率化
  • 女性の一層の活用(育休制度の導入、結婚、出産後の再就職)
  • シニアの活用
  • 外国人留学生

以上ですが、今後注目されるのは、まだまだ伸びしろが大きい③の「シニアの活用」でしょう。

 

図)女性就業者数の推移

出典)男女共同参画白書 令和4年版

大企業における「シニアの戦力化」が社会課題になってきている

 シニアの戦力化については、上記エッセンシャルワーカーに関しても、既にシニア層の進出は始まっていると考えられるわけですが、「学び直し」が必要な比較的知識や技術の習得に時間がかかる企業内労働者(いわゆるホワイトカラー)については、歴史が長い大企業において、それも技術領域以外の領域で構造的な人員過剰が存在します。

読者の方々も良くご存知のように、解雇規制、65歳までの雇用を義務付ける高齢者雇用安定法の影響もあって、昔の言葉では「窓際族」、最近の言葉では「働かないおじさん」と揶揄されるように、シニア層が戦力化されていない状況が続いているわけです。

現状では、どんなにエッセンシャルワーカー、中小企業や地方企業で人手不足が拡大しようと、大企業に守られているシニア社員は大企業の中に囲い込まれ、また自らその枠組みから出ようという気配はありません。「労働力の流動性が低い」という日本の構造問題が継続しています。

大企業において、当のシニア社員が学び直しを進めて、その企業における生産性を高めることは合理的ですし、勤めている大企業で戦力外となったり、定年後、あるいは定年後の何らかの雇用状況が終了した段階で、学び直しを行い、大企業以外の人手不足の領域で活躍することも、同様に極めて合理的です。

シニアでの学び直しに対する意識の現状

 上記、「合理的」とスパっと割り切ってしまいましたが、実際問題はそう簡単ではなく、学び直しに関する人々の意識はまだまだ低いと言わざるをえないようです。

日経新聞が昨年10~11月に郵送で行った「働き方・社会保障に関する質問」では、こうした状況が如実に現れる結果が出ています(参考:「70歳以降働く」最多39% 郵送世論調査 – 日本経済新聞)。

具体的には、

  • 「将来不安に感じること」(複数回答可)では、回答者(就業者が69%)の約7割で「健康問題」と並んで「生活資金など経済面」が1位になっている
  • 「70歳以降も働きたい」人が39%、「65歳以上」とすると66%と多い
  • 一方、「将来の生活に必要なお金の問題に備えてどのような取り組みをしているか」(複数回答可)との問いに対しての「長く働くための技能向上」については、14%に留まっている

回答者はシニアに限定されているわけでもなく、就業者でない人も約3割いる中での回答ではありますが、日本人の学び直し意欲は極めて低い状況であることが見て取れます。

一般的に、学ぶことにそれほど抵抗が少ないであろあう若年層も加えた調査であるだけに、シニア層の学び直しへの意欲はまだまだ高まっていないというのが肌感覚も含めた現状のように思います。

大企業におけるシニアの学び直しが進まない理由

大企業のシニア社員が学び直しに積極的になり、自社だけではなく社会で活躍するようになれば、産業界の景色も随分変わるように思いますが、では、なぜ大企業のシニア社員は、学び直しに消極的なのでしょうか?

一言で言えば、「昭和の人事制度」の下で長らく働いてきたシニア社員には、学び直しというものがこれまでのビジネスライフでの流儀と相容れないものだということです。

具体的には、

  • 自分のキャリア形成に関しては、長らく会社任せであって、自らのキャリアを考え、将来のキャリアのために主体的に学び直すという経験が乏しい
  • 社内調整を始めとする人間関係に関することなどがメンバーシップ型雇用の下で働いてきた場合も多く、自社でしか通用しないスキル以外のスキルを学び、それで転職するということは不可能と考えている
  • そもそも、目先の業務に関する勉強は熱心だったものの、今後のキャリア形成に資する、担当業務とは直接関係のない勉強をする習慣が乏しい(転職10回の筆者の観察では、読書好きの方は一部で、シニア世代のほとんどのビジネスパーソンは読書ですらあまりしてこなかった)
  • 学び直しの先に見える「転職」については、経験が乏しいだけに「恐い」という意識が強く、転職を有利にする学びには興味がない
  • 大企業の中で戦力外になっても、それなりに報酬や地位は保障されており、また社会においても大企業の社員であるということはステータスになっている
  • これまでは大企業においては給付の厚い企業年金が用意されており、公的年金や貯金と併せれば、学び直しまでして新たに働くというインセンティブが乏しい

  上記が原因で、万事主体的に、自発的に行える一部のシニア社員以外は、学び直しに関する「意識」が低い状況が続いてきたのです。

しかしながら、状況は変わってきています。

会社側も、シニア社員の増加に伴い、対策を講じる必要性を強く感じるようになってきていますし、年金の手取りが今後減少する可能性大きく、また寿命が伸びていることによって、定年後、雇用終了も働かなければ生活費など経済的に立ち行かなくなる恐れも現実的になっていくでしょう。

実質的な戦力外となった後の雇用終了までの期間も長期化してきており、シニア本人としても、何とかしたいと考える人が増えてきてもおかしくないように思います。

社会、企業内での客観情勢としては、シニアの学び直しが進んで行く機運は盛り上がってきてもおかしくないと思われます。

学び直しを阻害する最も大きなハードルである、シニアの「意識」についての「意識改革」を具体的にどう進めていったら良いのか、次回はこのハードルの高いテーマについて具体的な方法についてお示しする予定です。

https://www.turnaround.tokyo/ 

共同代表 主席研究員

小寺 昇二

トップ写真:シニア層が職場で働いているイメージ画像。(本文とは関係ありません)出典:Susumu Yoshioka/Getty Images




この記事を書いた人
小寺昇二

1955年生まれ、都立西高校、東京大学経済学部を経て、1979年第一生命入社。企業分析、ファンドマネジャー、為替チーフディーラー、マーケットエコノミスト、金融/保険商品開発、運用資産全体のリストラクチャリング、営業体制革新、年金営業などを経験。2000年ドイチェ・アセットマネジメントを皮切りに、事業再生ファンド、CSRコンサルティング会社(SRI担当執行役員)、千葉ロッテマリーンズ(経営企画室長として球団改革実行)、ITベンチャー(取締役CFO)、外資系金融評価会社(アカウントエグゼクティブ)、IT系金融ベンチャー(執行役員)、旅行会社(JTB)と転職を重ね、様々な業務を経験し、2015年より2022年まで埼玉工業大学情報社会学科教授


この間、多摩大学社会人大学院客員准教授、日本バスケットボール協会アドバイザー、一般社団法人横河武蔵野スポーツクラブ理事も経験(兼務)。


現在:ターンアラウンド研究所 共同代表 主席研究員、埼玉工業大学情報社会学科非常勤講師、公益社団法人日本証券アナリスト協会認定アナリスト、国際公認アナリスト


著作:「実践スポーツビジネスマネジメント~劇的に収益性を高めるターンアラウンドモデル~(2009年、日本経済新聞出版)、「徹底研究!!GAFA」(2018年 洋泉社MOOK 共著)など多数


専門:人財育成、経営コンサルティング、スポーツマネジメント、ターンアラウンドマネジメント、経済、コーポレートファイナンス


 

小寺昇二

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."