最速と持続可能性を追求するフォーミュラE、マクラーレンのチーム代表にその実像と未来を聞く
松永裕司(Forbes Official Columnist)
「松永裕司のメディア、スポーツ&テクノロジー」
【まとめ】
・フォーミュラEは「日本初の公道レース」という点で、日本スポーツ界にとって大きな意義。
・「卓越したマネージメント」という言葉に持続可能性を打ち出すフォーミュラEならではのマネジメントの重要性が隠されている。
・未来のモータースポーツの姿を牽引して行くのは、フォーミュラEかもしれない。
「電気自動車」と耳にした際、どんなイメージを想起するだろう。
地球温暖化の最大の要因とされる二酸化炭素や窒素酸化物などを排出しない「ゼロエミッション」のモビリティとして市民権を獲得。販売台数では2024年1月、中国のBYDはアメリカのテスラを抜き、世界一となっており、日本でも日産のリース、三菱のi-MiEVなどを街中で見かけない日はなくなった。EUは2035年をめどに電気自動車の義務化を打ち出しており、欧州の各メーカーもこれに倣う方針だ。
▲写真 カーボンフリー 出典:筆者提供
こうして目にする文脈は、そのどれもがゼロエミッションをテーマに掲げ「電気自動車=ECO」という文脈に終始しがち。つまり、どこかにガソリン車など内燃機関自動車の“オルタナティブに過ぎない…”という概念がついて回る。
しかし21世紀は、人間の概念がハードウェアの進化に遅れを取らざるを得ないテクノロジーの時代である点がここでも立証される。クルマの速さを図る尺度の一つに「0-100(ゼロヒャク)」がある。クルマが静止状態から時速100kmに達するまでに要する時間を計測した値だ。実は現在、このスピードにおいて電気自動車こそが、そのトップの地位を占める。
現在、1位とされるのがイタリアに拠点を置く日本の自動車メーカーASPARK(アスパーク)のOWL(アウル)。このクルマはゼロヒャクで1.72秒と驚嘆のタイムを叩き出している。
https://www.aspark.co.jp/company/service/other-service/owl/
2位がクロアチアの自動車メーカーRIMAC(リマック)のNEVERA(ネヴェラ)で、1.81秒。
https://www.rimac-automobili.com/nevera/
3位はテスラのModel S Plaidで、2.1秒。
https://www.tesla.com/ja_jp/models
以降、ブガッティ、ランボルギーニ、フェラーリ、ポルシェと誰もが知るスポーツカー・メーカーがずらりと並ぶが、加速においては2秒を切る電気自動車には太刀打ちできない時代となった。つまり「電気自動車=ECO」という公式は、あくまで電気自動車の一つの側面であり、人の概念はテクノロジーの変革スピードに追いついていない証ともなっている。
▲写真 疾走するマクラーレン 出典:筆者提供
そのスピード面で、電気自動車界を牽引するのが、フォーミュラEだ。2014年にシーズンをスタートさせ、今年で10年目。3月29日には日本で初めてフォーミュラEの大会が開催された。それは単なる日本開催に留まらず、東京の、しかもお台場の公道を使用し、白昼堂々レースが行われた「日本初の公道レース」という点で、日本スポーツ界にとっても大きな意義を持つ。
1980年代後半、アラン・プロストvsアイルトン・セナによる「セナプロ対決」の時代から日本と縁の深いマクラーレン・チームのチーム代表、イアン・ジェームズさんに話を聞く機会を得た。ジェームズさんは「ネオム・マクラーレン・フォーミュラEチーム」を統括する人物。マクラーレンは2023年のシーズン9から同シリーズに参戦。24年3月16日にブラジルで行われたサンパウロE-Prixで初優勝を飾ったばかりだ。
▲写真 イアン・ジェームズ 出典:筆者提供
フォーミュラE日本初公道レース開催という歴史的イベントについて、ジェームズさんは「F1で鈴鹿に足を運んだこともありますし、そこで(マクラーレンは)歴史を育みました。それが今回は東京でレースをすることができて光栄に思います」とした上で「公道を使ったまったく新しいレースなので、我々にアドバンテージはありません。すべてのチームが、シミュレーション・データを活用、そのデータの正確さが重要であり、(本部のある)イギリスでどんなレースの展開になるのか、さまざまなシナリオを練って来ました。しかしフォーミュラEは予想不能のレース、そこに対応するのは非常に重要です」と伝統や歴史にとらわれず、レースに挑む決意について語った。
インタビュー冒頭、チーム責任者となった経緯について訊ねると「実はエンジニアを目指していたんですが、これがひどく腕の悪いエンジニアで、次にセールス・マーケティングの仕事に就いたんだが、これもまったくセンスがなくて、チーム責任者しかできる仕事がありませんでした」と英国人らしいジョークを飛ばすウィットも見せた。
取材中、ジェームズはしきりに「卓越したマネージメント」という言葉を口にしていたが、ここに持続可能性を打ち出すフォーミュラEならではの、マネジメントの重要性が隠されている。例えばF1では、マシンに手を加え作業できる人数は無制限であり、世界を転戦するシリーズでは100人以上が帯同するのは珍しくない。しかしフォーミュラEでは、持続可能性追求のために、世界を転戦する移動人数は30人と制限されており、マシンに触ることができる人数も18人と厳しくレギュレーションが定められている。こうして限られた人数でレース対応するため、チーム・マネジメントは勝敗を決する重要な要素として、F1よりも重きを置かれる。マクラーレンでは、このため、オンライン学習大手の米Udemy(ユーデミー)と提携しているほど。持続可能性を追求する同シリーズにおいて、「卓越したマネージメント」の必要性が繰り返される意図が、その言葉に表れている。
実際、ジェームズさんにパワートレーン(エンジンなのか、モーターなのか)以外でF1とフォーミュラEには、大きな違いは何か、その差異について訊ねると、2つの答えが明快に返って来た。
フォーミュラEではレース中の充電戦略も検討されてはいるものの現状、スタート時に蓄えられている動力をいかに効率的に利用し、ゴールまでいかに速く辿り着くかで争われている。F1のようにレース中の給油はできない。通常は300kWで走行するが、オーバーテイクの際に350kWの出力を使用できる。残りのエネルギーを計算し、このアドバンテージをいつ活用するか、戦略が大きな鍵を握る。
ジェームズは「なんと言ってもエネルギー・マネージメントがもっとも重要です。どこでエネルギーを展開するか。どう効率的にエネルギーを注入し使い切るか。それに尽きます」。確かにレース最終盤には、バッテリーの残量パーセンテージがテレビにも映し出され、どのマシンが余力を残しているのか、ファンにもわかりやすく表示される。
またF1にはマクラーレン・ホンダの黄金期と前後し、マシンのデータを全て取り込み、フィードバックされるテレメトリー・システムが導入され現在、これなしでF1を語ることはできない。だが、フォーミュラEではこのテレメトリーを採用していない。
このためレース中におけるデータは、ドライバーからのフィードバックのみ。「エンジニアはテレメトリーから得る情報を持っていないので、ドライバーといかにコミュニケーションを取るか、ドライバーからのフィードバックは非常に重要です」。つまり1970年代のレースのようにメカニックとドライバーによる、コミュニケーションが最重要になっている。ここにも「卓越したマネジメント」という言葉が、響いて来る。
▲写真 インタビュー中のイアン・ジェームズ 出典:筆者提供
ジェームズさんは今後のフォーミュラEについて「やはりそのモータースポーツは常に進化しています。その中でフォーミュラEは非常に正しい方向性に進んでいると考えています。シーズン10で現在地にいますが、10年後の姿を想像するのは非常に難しいのですが、(フォーミュラEが)今後、どのように進化して行くのかは、見守っていきたいと思います」と電気自動車によるレースがより正しく進化しているという見解を示した。
フォーミュラEシリーズがスタートした際は、まだまだバッテリーなどテクノロジーとしても未成熟であり、最高速度を利用できない、またはレース途中でマシンを乗り換えなければならないなどの多くの問題が指摘された。さらにF1ドライバーからは「これはレースではない」などと揶揄された。往年のファンからはいまだに「ウィーンというモーター音はレースとして寂しい」という声が聞かれる。しかし今回、日本初の公道レースをどう捉えるか。これまでもF1やインディカー・シリーズなどが、日本での公道レースを企画して来た。私自身も「小樽GP」開催に向け、企画書や予算を睨み、商工会議所などと策を練った過去がある。だが、どれひとつ具現化できなかった。
その背景には、爆音を立て、排気ガスを撒き散らして走るモータースポーツへの、地元住民の嫌悪感が大きく左右していただろう。小池百合子東京都知事が、フォーミュラEの東京開催を後押ししたのは、持続可能性を追求したフォーミュラ・レースである点だったのは間違いない。もてぎサーキットやアートポリスと言った山奥で開催されるのではなく、フォーミュラEを都心で目の当たりにできるのは、そんな大きな意義を持 ち合わせるからであり、同シリーズが世界各国の都市部で開催されているのは、興味深い。そして東京ビッグサイトでは観客たちがファンイベントを含め、存分に楽しんでいるシーズンを私自身も目撃した。
▲写真 長瀬産業に飾られたチャンピオンのフロントウィング 出典:筆者提供
昨季チャンピオン、ジェイク・デニス擁するアンドレッティ・フォーミュラEをスポンサーするのは、日本の化学系専門商社・長瀬産業。同社経営企画本部PR課・高橋奈々子さんは、この意義について「グローバルでビジネスを展開するNAGASEにとって、海外でのブランディングにどう取り組むかが課題でした。フォーミュラ Eに参戦するAndretti Formula Eへの協賛を通じ、レースが開催される各地でのNAGASEのサステナビリティへの取り組みの発信や、お客様との関係構築の効果を期待しています。東京大会では、NAGASEがAndrettiチームのSNSコンテンツ撮影に協力したり(2022-23シーズン・チャンピオンの」ジェイク・デニスに日本メディアの取材に応じてフォーミュラEのカーボンニュートラルについてもらったりと、相互に良い発信ができました」と語った。東京大会では、社員の有志約100人が日本初の大会を観戦。ドライバーが、東京本社を訪れ社員や家族と交流するなど、インナーブランディングにも活用している。
モータースポーツに対する人々の悪しき概念を変えて行くには、まだまだ時間がかかるかもしれない。しかし未来のモータースポーツの姿を牽引して行くのは、実はフォーミュラEなのかもしれない。
トップ写真:パドックのマクラーレン 出典:筆者提供
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この記事を書いた人
松永裕司Forbes Official Columnist
NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 「あらたにす」担当/東京マラソン事務局初代広報ディレクター/「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。
出版社、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験から幅広いソリューションに精通。1990年代をニューヨークで、2000年代初頭までアトランタで過ごし帰国。