無料会員募集中
スポーツ  投稿日:2022/12/5

ホークアイにVAR…新テクノロジーが世界サッカーの勢力図を変えるのか 日本代表躍進とともに考える


松永裕司(Forbes Official Columnist)

「松永裕司のメディア、スポーツ&テクノロジー

 

【まとめ】

・日本対スペイン戦では、ホークアイによるVAR判定が勝利の決め手に。

・ホークアイは学術的に検証を重ねられており、FIFAもVAR判定の導入に自信。

・強豪国に有利なジャッジが減ったことが、アジア・アフリカ勢躍進を促したのでは。

 

サッカー日本代表・森保ジャパンは優勝実績のあるドイツとスペインと同じグループEを戦い抜き2勝1敗で決勝トーナメントへと駒を進めた。“死の組”とさえ表現された同組で、両国に逆転勝ち。ワールドカップでこの両国から逆転勝ちを収めたのは史上初とあって、まさに日本列島が沸きに沸いているのを感じる。

決勝トーナメント進出を決めた田中碧の決勝ゴールをアシストしたのが、三笘薫の折返しのパス。これがゴール・ラインを割ったのではないかと、何度もVAR検証が行われた。この映像を目撃していない日本人はいないのでは…と思わせるほどながら、この技術はソニーが持つホークアイというシステムによる。

写真)ホークアイを導入したサッカーゴール 

出典)Photo by AMA/Corbis via Getty Images

写真)オフサイドの旗を挙げる審判、腕にはホークアイを導入した腕時計を備える FIFAワールドカップ 2012

出典)Photo by AMA/Corbis via Getty Images

https://twitter.com/hhrrddff/status/1598436663511814149?fbclid=IwAR3UhIaXbuv3LjG5grgoLo37BIlxhVKaubY39RsKhzCGoqH1YaaHgMNNb9I

スポーツ界のトラッキング技術の多くがそうであるように、ホークアイも軍需産業技術の転用であり、もともとはロケットなどの追尾のために2001年に開発された。これがスポーツに転用され、2006年にテニス界で「チャンレジ」システムが導入されると広く活用されるに至り、近年はサッカーなどでも導入が進められている。

以前、ソニーと打ち合わせの際の説明では、ボール、ピッチそしてラインも含め、光学カメラにより取り込んだ映像で3次元モデルを作り上げ、それを検証することでVAR判定としているとのこと。その精度や1秒あたり340ものフレームレートで撮影、これをほぼリアルタイムで仮想空間に再構築し、判定支援、分析、放送に活用している。

テニス界では16年も活用されているだけに、テクノロジーとしてはすでに熟成。「ホークアイを導入していない大会には出場しない」と明言する選手がいるほど。誤審によって試合の流れが変わることもなく、ジャッジへのクレームも激減している。またグランドスラムのひとつ、全米オープンでは、新型コロナウイルス感染症の余波もあり、すでに線審をなくし、ホークアイがコールするほどまで時代は進んでいる。

線審という仕事はホークアイに奪われてしまう時代となりつつあるのに相反し、実は新たな仕事も生まれている。国際テニス連盟が承認する国際審判として著名な辻村美和さんは「ELCレビューオフィシャル」という肩書を持つ。ELCは“Electronic Line Calling”の略。線審がいない代わりにコントロール・ルームで、映像からフットフォルトなどを判定、そしてチャレンジの際にどの映像を切り出すかなどの判断を行う重要な役割を担う。現在、これも公式な役職となっており、今後さらにニーズが高まるという見方もある。“Electronic Line Judge”そのものは、テニス界において1974年から導入が進んでおり、200キロを越えるサービスがネットに触れたかどうかなどの判定は20世紀の時点から使用されて来た。

https://hwopen.jp/columns/miwa-tusjimura2/

国際サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ会長は2018年、ワールドカップ・ロシア大会でVAR技術の活用に成功を収めた経験から、この技術のさらなる活用を求め、カタール大会では半自動オフサイド判定システムも導入。さらにカタールで使用されている公式球“アル・リフラ”は、内部に慣性計測装置(IMU)センサーを搭載、1秒間に500回、ボールデータをVARルームに送信し、キックポイントを非常に正確に検出。オフサイドの判定に活用されている。

今回活用されているホークアイでは、12台の専用トラッキング・カメラを使用し、ボールと個々の選手の29のデータポイントを1秒間に50回トラッキング。選手とボールの正確な位置を常に把握しており、このデータからオフサイド判定に必要な情報を得ているという。またこのデータをAIで処理、ほぼリアルタイムでの判定を可能にしている。

FIFA公式サイトによれば、こうした最新技術の発展には、米マサチューセッツ工科大学スポーツラボによって分析・検証され、カナダのビクトリア大学が四肢のトラッキング技術を科学的に検証、さらにスイスのチューリッヒ工科大学の研究チームはマルチカメラによるトラッキング技術の知見を提供しているという。

ここまで学術的にも検証を重ねられている点を踏まえると、今大会でこうした最新テクノロジーに触れたサッカー・ファンの中には「いや、あのシステムはおかしい。納得できない」などと感情的に異を唱えている者もあるが、そんな意見ももはや滑稽でさえある。

同サイトではインファンティーノ会長が「2018年のFIFAワールドカップにおいて、FIFAは世界最大の舞台でVAR技術を使用するという勇敢な一歩を踏み出し、それは議論の余地のない成功であることが証明された。半自動オフサイド技術は、世界中で導入されているVARシステムを進化させたものである。この技術は、今年末にカタールに向かうチーム、選手、ファンのために最高のものを提供するための3年間の献身的な研究とテストの集大成であり、FIFAはこの仕事を誇りに思っている。FIFAは、あらゆるレベルでサッカーの試合を向上させるために技術を活用することを約束し、2022年のFIFAワールドカップで半自動オフサイド技術を使用することは、その最も明確な証拠となるはずである」(原文まま)とコメントを掲載。

さらにFIFA審判委員会ピエルルイジ・コッリーナ委員長も大会前に「VARはすでにサッカー界に非常に良い影響を与えており、大きなミスが激減していることが確認できている。半自動のオフサイド技術によって、さらに一歩前進できるものと期待している。特にオフサイドの発生が非常にタイトな場合、オフサイドの可能性を確認するプロセスに時間がかかりすぎることがあるが、そこが今回の半自動オフサイド技術の出番なんだ。より速く、より正確な判断を提供することができると期待している。このテストは大成功で、カタールでは、審判とアシスタントレフェリーがフィールドで最善かつ最も正しい判断を下すための、非常に価値のあるサポートツールを手に入れることができると確信している。誰かが『ロボット・オフサイド』と呼んだことがあるが、実際はそうではない。審判と副審が最終的な判定に責任を持つことに変わりはないんだ」(原文まま)と自信のほどを表明している。

FIFA公式より

半自動オフサイド技術、2022 FIFAワールドカップで適用へ

残念ながら…として良いのだろう。もはや1986年メキシコ大会でディエゴ・マラドーナが対イングランド戦で決めた「神の手ゴール」が生まれることは、ありえないだろう。

しかし、これはサッカーの質の変革も意味していると考えられる。これまで強豪国のオフェンスについては「オフサイドぎりぎり」の巧妙なテクニックが礼賛されて来た。相手ディフェンスの裏を突き、ディフェンダーたちを抜き去り、狡猾にゴールを決めて来た技だ。今回の自動判定を眺めていると、こうしたテクニックが封じ込められている状況だ。

今大会のアジア勢、アフリカ勢の躍進については「欧州リーグのシーズン中開催のため、欧州勢がコンディショニングに苦しんでいる」という論調も見られるが、日本代表を眺めてもわかる通り、欧州でプレーする選手がいない国のほうがはるかに少ない。これは欧州勢の言い訳に過ぎないだろう。

実際、この厳格なオフサイド判定は2つの大金星に貢献している。サウジアラビアがリオネル・メッシ擁するアルゼンチンに勝利した際、メッシのゴール1本、ラウタロ・マルティネスの2本が幻と消え、サウジが2―1でものにした。また、日本がドイツに逆転勝ちを収めた初戦、前半アディショナルタイムに生まれたカイ・ハフェルツのゴールもオフサイド判定され取り消された。このオフサイドがなければ、日本の逆転劇も生まれなかっただろう。

半自動オフサイド判定については、ラインよりも「手が出ていただけ、足の先が出ていただけで厳しすぎる。いずれルールが変更される」と意見するファンも散見される。しかし、そうした線引きは現在のように厳格でなければ適応が難しい。手のどの部分まで出ていたらオフサイドになるのか、つま先ではなく足のどの部位まで出ていたらオフサイドにするのか……これを変更するには、また膨大な実証実験が必要であり、その線引き変更に意味を見いだせるとは考えにくい。

これまでのように世紀の誤審で一喜一憂させられるよりも、厳密な公平性を持ってプレーできる点は、プレーヤーとしても本望だろう。それはテニス界ですでに実証されている。

野球界でもMLBのマイナーリーグでは、すでにAIによるストライク・ボール判定の実証実験が進められている。これが成功を収めれば、いずれMLBも導入に踏み切り、さらには日本のプロ野球にも導入の波がやって来るだろう。実際、神宮球場は選手の強化という視点で、このホークアイも導入済みだ。

今大会は波乱の連続だったと言われている。しかし実は、これまでどうしても強豪国に寄りがちだった審判のジャッジに公平性をもたらし、弱小国が不利に晒されるさせられる偏見を拭い去り、サッカーそのものに変革をもたらしているのではないだろうか。その結果、モロッコがダークホースとして決勝トーナメントへ駒を進め、日本、韓国、オーストラリアとアジア枠から3カ国がベスト16へと進んだ要因のひとつではあるまいか。

新技術が広く適応範囲を広げれば、当たってもいないにもかかわらず、大げさなジェスチャーで痛がりころげまわる演技でファールをもらうばかばかしいプレーが姿を消すかもしれない。常に「アカデミー賞もの」とまで称賛される、これも強豪国のお家芸ではあるが…。

むしろ、そうした興ざめするあざといプレーが減ることで、サッカーは新たなファンを開拓するかもしれない。

トップ写真:FIFAワールドカップにて、日本の田中碧選手がスペイン相手に2点目を決める (2022年12月1日 カタール・ドーハ)

出典:Photo by Elsa/Getty Images




この記事を書いた人
松永裕司Forbes Official Columnist

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 「あらたにす」担当/東京マラソン事務局初代広報ディレクター/「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。


出版社、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験から幅広いソリューションに精通。1990年代をニューヨークで、2000年代初頭までアトランタで過ごし帰国。

松永裕司

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."