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.国際  投稿日:2024/12/24

北朝鮮、終わりの始まりか(上)【2025年を占う!】朝鮮半島情勢


林信吾(作家・ジャーナリスト)

 林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・北朝鮮では「平壌文化語保護法」やロシアとの連携がもたらす影響により体制が揺らいでいる。

・韓国文化の浸透がエリート層の脱北を加速させ、厳罰化がかえって逆効果を招いている。

・2025年は金王朝体制の「終わりの始まり」となる可能性がある。

 

 

 2025年、大きな変化に見舞われるであろう国はいくつかあるが、私見ながらもっとも注目すべきは北朝鮮だと思う。

 理由は簡単で、ウクライナや中東の情勢も風雲急を告げているが、わが国からもっとも「近くて遠い国」だからである。

 

 年内に、かの国の政治体制=金王朝と称される世襲の独裁政権が崩壊するという蓋然性はさほど高くはないと思われるが、長い目で見て、後世の歴史家たちは、2025年こそは金王朝の崩壊に至る序曲が始まった年であると総括するのではないか。

 

 私がそのように考えざるを得ない要素はふたつある。

 ひとつは「平壌文化語保護法」で、いまひとつはロシアによるウクライナ侵攻への加担である。とうとう派兵に至ったことは、すでに大きく報じられている。

 

 話の順序として、まずは「平壌文化語保護法(以下、保護法)」から見て行こう。

 

 朝鮮中央通信が2023年1月19日付で伝えたところによると、北朝鮮の国会に当たる最高人民会議において、

「革命に仇なす非規範的な言語要素を排撃する」

 事を目的に、同保護法が採択されたという。

 数年前から、密かに入手した韓国のドラマなどを視聴し、わが国で言う韓流スターたちの台詞を通じて、韓国の若者言葉を真似る若者が増えている。これに業を煮やした金王朝が、韓国文化の排撃に乗り出したものと見られている。

 

 韓国ドラマやKポップが北朝鮮に持ち込まれること自体は、ずいぶん前から見られた現象なのだが、USBメモリーが普及したことにより、密かに持ち込むことが容易になった。

 

この結果、パソコンを持てる中間層やエリート層の間に、韓国の若者文化が浸透しはじめたのである。

24年12月のシリーズで、戦時下のわが国においては、野球やジャズまでが「敵性スポーツ」「敵性音楽」などと見なされた話をしたが、と言って、たとえ隠れてジャズを聴こうが(ヘッドホンなどなかったから、そもそも無理ではあったが)、刑務所に送られるまでには至らなかった。

 

 歌手の淡谷のり子が生前、こう語っていた。

戦時であろうが関係なく、豪華なドレスを着て歌声を披露していた彼女は、時局に合わない行為であるとして、幾度となく当局から呼び出しを受けた。しかしその都度、

「ドレスは歌手の戦闘服」「立派に死んで来いなどとは、歌に対する冒涜」

 などと反論したものだから、始末書を何百枚書かされたか分からない、と。

 

 本当に、そのような時代に生まれなくてよかった、と思える話だが、逆に言えば、始末書で済んでよかった。当時から人気のある歌手だったから、という要素もあるだろうが。

 

 これに引き換え、というのも妙なものだが、2024年夏に韓国情報筋がリークしたところによると、北朝鮮でスポーツ合宿中だった女子高生数名が、前述の保護法に違反したとして逮捕され、最終的には労働教化所(=収容所)送りになった可能性が高いという。

 

 彼女たちが具体的になにをしたのかと言うと、合宿の合間にしりとり遊びをしていたが、その際、うっかり「オッパ」などと口にしたのだとか。それで発言した当人だけでなく、仲間全員、拘束されたのである。

 

 オッパとは「お兄さん」くらいの意味で、韓国では親しい男性に対して呼びかける言葉だが、北朝鮮では必ず「同務(トンム。同志の意味)」と言わねばならないらしい。

 

 夏休みにスポーツ活動の合宿に行くというのは。北朝鮮では党幹部などを親に持つ「良家の子女」でもないと考えにくい。そうした女の子たちが処罰されたということは、見せしめの効果を狙ったものであろうと、前出の韓国情報筋などは見ている。

 

 しかし私の見るところでは、これはまず間違いなく逆効果になる。

 いや、私の個人的な感想ではなく現実問題として、ここ数年、農民などの脱北は漸減傾向にあるのだが、いわゆるエリート層の脱北は加速度的に増加しているという。

 

 農民らの脱北が減っているのは、国境の監視が強化されたことと、金正恩体制になってから、食糧事情に多少の改善が見られたという、複合的な理由があると思われるが、一方、エリート層の脱北が急増したとは、どういうことか。

 

 これはやはり、韓国のドラマが与えた影響を見逃せない。北朝鮮は極度に情報が統制されている国なので、これまでは外交官などごく一部の人を除いて、国外の状況を知ることは不可能に近かった。

 

 ところが前述のように、韓国のドラマを視聴できるようになってみると、どうだろう。「米帝の植民地」では、かっこいい若者たちが、なにごとも自由闊達に話し合い、青春を謳歌しているではないか!

 

 前にも述べたように、韓国のドラマやKポップを密かに視聴する行為は、だいぶ前からあって、北朝鮮の政権内部では、

「このままでは共和国(=北朝鮮)が南朝鮮(=韓国)に呑み込まれてしまう」

 との危機感が囁かれていたと聞く。

 

 実は問題の保護法ができる以前は、密かに持ち込んだUSBメモリーなどについては、

「自発的に提出し自己批判した者は、刑罰を軽減あるいは免除する」

 などと呼びかけていた。そのような形で取り締まりの効率化を図ったのだが、これだと「自首」すれば重罪に問われることはない、ということで、同じ事を繰り返す若者が増えたらしい。そこで今次の保護法が採択されて、いわば厳罰主義に舵を切ったわけだ。このように対応が迷走してきたということも、当局が国民統合について自信を喪失しつつあることを暗示してはいないだろうか。

 

 しかし、保護法でタガをはめることに成功したかというと、事実は逆であった。前述の女子高生たちの問題が象徴的な一件だが、これまで優遇されていたはずのエリート層をして、

「こんな国にいたら、命がいくつあっても足りない」

 といった考えを抱かせるに至ったのである。

 国を支えてきたエリートたちが国を見限るようになっては、遠からず国は傾く。

 

 2025年に、エリート層が雪崩を打って脱北する傾向に歯止めがかかると考え得る要素はなく、やはり「終わりの始まり」になるだろうと考えざるを得ないのだ。

 

(下につづく)

 

トップ写真)外交訪問のため北朝鮮に訪れたプーチン大統領と北朝鮮の金正恩最高指導者(2024年6月19日 北朝鮮・平壌

出典)Photo by Contributor/Getty Images

 




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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