地域医療が育む出会いと成長
上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)
■本稿のポイント
・医学生の岡翼佐氏が福島県相馬市で研修を行い、地域医療の本質と多様な風土を体験。
・関西出身の原田文植医師による、ユーモアを交えた患者との深い対話(ムンテラ)を詳述。
・医師不足の地方で、ベテラン医師が培った対人能力を活かし活躍する新たなキャリアを提示。
・相馬野馬追への参加など、地域文化へ深く溶け込むことが信頼される医療の鍵であると考察。
医療ガバナンス研究所のインターンである医学生・岡翼佐氏は、今春の門出を前に、福島県相馬中央病院で一週間の研修に従事しました。そこで目にしたのは、関西出身の原田文植医師がコテコテの関西弁とユーモアを武器に、患者の心理的壁を溶かしていく「言葉の力」による診療です。本稿では、上昌広理事が、地域医療の現場で再定義される医師の役割と、土地の文化に溶け込み自らを相対化することで開ける、ベテラン医師の新たなキャリアの可能性を綴ります。(Japan In-depth編集部)
岡翼佐君という医学生がいる。今春、医師国家試験に合格し、4月から研修医として歩み始める。兵庫県出身で、私立甲陽学院高校から神戸大学医学部へ進学した。幅広い知見を身につけたいとの思いから、昨年より医療ガバナンス研究所でインターンを続けている。
先日、岡君は福島県相馬市の相馬中央病院で一週間の研修を経験した。浜通りはもちろん、東北地方を訪れること自体が初めてだった。地理的・歴史的背景もあり、関西と東北の結びつきは決して強くない。関西では、東北は寒冷で雪深く、人々は寡黙で実直、忍耐強い――そうした画一的なイメージが先行しがちである。しかし、東北は一様ではない。たとえば浜通りは、沖合で親潮と黒潮が交わる影響もあり、比較的温暖で、冬でも降雪は少ない。私が相馬を訪れる際も、真冬であっても東京とほとんど変わらぬ服装で過ごすことができる。
人々の気質も多様である。相馬の場合でも、漁業が中心の海岸部、勤め人の多い市街地、農業を基盤とする山間部では、生活様式も気風も大きく異なる。一般的には、海沿いでは気性の荒さを感じさせる人がいる一方、農村部では温厚な人が多いとされるが、いずれも地域の歴史や生業の違いを反映したものであろう。このあたり、関西人にはなかなか理解しづらい。結局のところ、土地や人を理解するには、自ら足を運び、自分の目で確かめるほかない。予想外の出会いに触れてこそ、人は思索を深める。そして、その積み重ねが人を成長させる。私が岡君の相馬訪問に期待したのは、まさにその点である。
■なぜ現地経験が重要なのか?出会いが思考を深める理由
相馬中央病院を訪れた岡君がまず驚いたのは、院長代行が関西出身だったことだ。原田文植医師である。大阪の私立星光学院から大阪医科大学(現大阪医科薬科大学)へ進学した内科医で、関西や東京での勤務を経て、2020年11月より同院で診療している。岡君を直接指導したのも、この原田医師であった。岡君は「相馬の人たちの訛りの中で、一人だけコテコテの関西弁で外来をしているのが印象的でした」と語る。
東北の人々と比べると、関西の人々には、開放的で社交的、ユーモアを重んじる傾向があるといわれる。原田医師は、そうした関西的特質を色濃く体現していた。実際、私自身も彼と話す中で、社交性に富み、会話の機微を捉えながら、自然に相手の懐へと入り込む力に驚かされた。その姿勢は診療の場でも変わらない。岡君は、大学病院での実習ではあまり目にすることのなかった、患者との距離の近い対話に強い印象を受けたという。
■なぜ医療にコミュニケーションが不可欠なのか?
高齢患者の多くは自宅に閉じこもりがちで、とりわけ冬場はその傾向が強まり、生活習慣病の悪化を招きやすい。診察中、ある患者が「普段なかなか外に出ない」とぽつりと漏らした際、原田医師は「僕に会いに来てくださいよ。運動にもなるし、笑わせますし、一石二鳥です」と応じたという。
診察の場では、多くの患者が緊張し、限られた時間の中で本来伝えたいことの一部しか語れないことが少なくない。しかし、このような一言によって場の空気は和らぎ、心理的な壁は大きく低くなる。岡君も「患者さんが笑って、雰囲気が一気に和みました」と振り返る。
また別の患者が「最近、物覚えが悪くなって……」と相談した際には、「いいじゃないですか。嫌なこともすぐ忘れられるんですから。病は気の持ちようですよ。きっと長生きできます」と応じたという。原田医師は、この患者に認知症などの重大な基礎疾患はなく、加齢に伴う生理的な記憶力低下に対する過度の不安であると見極めたうえで、あえて前向きな言葉を選んだのであろう。
私自身も外来で同様の訴えを受けることは少なくないが、多くの場合、「年齢相応です」「医学的には問題なく、認知症の心配はありません」といった説明にとどまってしまう。岡君は「あまりにもポジティブな切り返しに驚いた」と語ったが、正直なところ、私には原田医師のような対応はできない。コミュニケーション力が違いすぎるからだ。
原田医師は、診察の場であえてこのような会話を交わすことを心がけているという。その根底には、言葉の力への確信がある。岡君に対しても「ムンテラこそ医療の基本だ」と語ったそうだ。ムンテラとは、ドイツ語の「ムンド・テラピー(Mundtherapie)」に由来するとされる医療界の俗語で、医師が患者や家族に病状や治療方針を口頭で説明することを指す。現在では正式用語ではないが、医療現場では慣用的に用いられている。
しかし原田医師の実践は、単なる説明にとどまらない。言葉を通じて患者との信頼関係を築き、その後の継続的なコミュニケーションへとつなげていく――まさにプライマリ・ケアの本質に根ざした営みである。私は、原田医師が相馬に行って良かったと思う。その高いコミュニケーション能力が、東北では、いっそう際立つからだ。相馬での診療を通じて、彼自身もそれを実感したはずだ。私は、原田医師は、相馬という異なる文化に身を置くことで自己を相対化し、自らの強みを活かした新たな診療のかたちを模索していると考えている。

写真1 診療室にて。原田医師と岡君
■都市医療の限界と地方で活きる医師の価値
実は、原田医師を相馬中央病院に紹介したのは、私である。共通の知人を介して知り合い、その後も交流を続けていた。ある時、原田医師から「現在勤務している都内の病院で、自分の立ち位置に行き詰まりを感じている」と相談を受けた。
近年、医療機関の経営環境は厳しさを増している。経営側からは売上増加を求める指示が日常的に下され、医師は患者に不利益を与えない範囲とはいえ、必ずしも臨床的必要性が高くない検査や治療を求められる場面もある。また、経費削減を重視する経営において、しばしば年配医師が人件費の観点から見直しの対象となる。とりわけ東京では医師数が多く、卓越した管理能力や高度に専門化された技能がない限り、年齢を理由に退職を促されるケースも少なくない。
こうした状況の中で、多くの年配医師が自らの将来に悩むことになる。原田医師もまた、その一人であった。幸いにも、相馬市は医師不足の地域であり、医師として担うべき役割は数多く残されている。相馬中央病院には、立谷秀清理事長(前相馬市長)をはじめ、経営陣や幹部に優れた人材が揃っており、私は原田医師にとって最適な環境であると考えた。後日、立谷理事長からも「素晴らしい人物を紹介してくれてありがとう」と感謝の言葉をいただいた。現在では、原田医師は同院にとって欠くことのできない存在となり、昨年7月、前院長が病気療養のため休職した際には院長代行に就任している。岡君が出会い、強い刺激を受けたのは、まさにこのような経験を積んだ原田医師である。相馬という地で、彼は大きく成長を遂げた。
原田医師の活躍は目覚ましく、その活動の場は病院内にとどまらない。患者を深く理解するためには地域社会に溶け込むことが不可欠であると考え、その実践として相馬野馬追に騎馬武者として参加している。野馬追は地域の誇りであり、生半可な覚悟で関われるものではない。原田医師は新入りの騎馬武者として先輩武者たちに受け入れられ、相馬市の宇多郷騎馬隊の一員として稽古を重ねる中で地域文化を身体的に理解し、それを診療にも生かしている。
私は、こうした原田医師の姿勢こそ、医師の一つの理想形であると考えている。だからこそ岡君に彼の存在を知ってほしかった。東日本大震災は不幸な出来事であったが、その後の歩みの中で、この地域に原田医師のような志ある人材が集ってきたことも、また紛れもない事実である。人口減少が進む我が国において地方の衰退が叫ばれる中、いかにして地域で活動する人材を呼び込むかは多くの自治体が直面する課題である。原田医師の経験は、その問いを考える上で重要な示唆を与えている。
■ FAQ
Q1:医学生が地方研修を受ける意義は何ですか?
A1: 土地の多様性を肌で感じ、画一的な先入観を払拭するためです。現地に足を運び、予期せぬ出会いを経験することで、医師としての思索を深め、成長の糧にすることができます。
Q2:医療現場で使われる「ムンテラ」とはどのような意味ですか?
A2: ドイツ語の「ムンド・テラピー(口頭療法)」に由来する医療俗語で、医師による病状や治療方針の説明を指します。本稿では単なる説明を超え、言葉の力で患者との信頼関係を築く対話の本質として定義しています。
Q3:関西出身の医師が東北の診療現場で活躍できる理由は何ですか?
A3: 関西特有の開放的で社交的な気質やユーモアが、緊張しがちな診察の場を和ませるからです。ポジティブな言葉がけによって患者の心理的障壁を下げ、密なコミュニケーションを可能にします。
Q4:都市部の医師が地方病院へ赴任することにどのようなメリットがありますか?
A4: 過当競争や経営効率が優先される都市部の病院と違い、医師不足の地方では、医師本来の役割や高い対人能力がより必要とされ、正当に評価されます。自己を相対化し、新たな診療スタイルを確立する機会となります。
Q5:医師が地域社会に溶け込むための具体的な方法はありますか?
A5: 診療だけでなく、地域の伝統行事や文化に深く関わることが有効です。例えば、相馬中央病院の原田医師は「相馬野馬追」に騎馬武者として参加しており、地域文化を身体的に理解することが患者への深い理解と信頼に繋がっています。
■ シリーズ・アーカイブの紹介
本稿は、医療ガバナンス研究所理事長・上昌広氏による、現場の視点から地域医療と人材育成を問い直す連載シリーズです。過去の記事も併せてお読みいただくことで、福島が歩んできた復興の軌跡と、医療供給体制が抱える課題への理解がいっそう深まります。
トップ写真:原田医師の野馬追の騎馬武者姿
出典:筆者提供
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この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長
1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

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