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.社会  投稿日:2026/4/22

「一兵卒」として踏み出す地域医療の最前線――福島・相馬で交差する薩摩の精神と「剣縁」の絆


 

上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

 

【この記事のポイント】

・福島医療界の重鎮による異例の転身: 福島県立医科大の前理事長・竹之下誠一氏が、退任後に民間病院の院長として診療の第一線へ。

・薩摩の「郷中教育」が育んだリーダー像: 名誉職に安住せず、行動で示す竹之下氏の決断の背景にある、鹿児島出身者特有の精神性。

・「剣道」が繋ぐ人と人の信頼関係: 竹之下氏、新浪博士氏、中西和人氏ら、武道を通じて形成された信念と「剣縁」によるネットワーク。

・支援と教育が織りなす復興の形: 星槎グループの福島支援や剣道を通じた育成が、新たな人材の合流によりさらに深化。

 

新年度、福島県の医療体制は大きな転換点を迎えました。長年、県の医療再建と相馬の地域医療を牽引してきた二人のリーダー、竹之下誠一氏と立谷秀清氏が第一線を退いたからです。しかし、その歩みは止まりません。竹之下氏は、相馬中央病院の院長として「一兵卒」に戻るという、異例とも言える決断を下しました。本稿では、この人事の背景にある薩摩藩由来の教育精神や、武道を通じて結ばれた「剣縁」が、いかにして福島の地域医療や復興支援の新たな力となっていくかを紐解きます。(Japan In-depth 編集部)



■大学トップから診療の第一線へ

 新年度が始まった。福島県の医療は、大きな節目を迎えている。8年間にわたり福島県立医科大学の理事長を務めた竹之下誠一氏、そして24年にわたり相馬市長として地域を率いてきた立谷秀清氏が、ともに第一線を退いたからだ。二人はいずれも医師であり、専門は竹之下氏が消化器外科、立谷氏が内科である。原発事故後の医療再建、新型コロナ対応、慢性的な医師不足への対策など、福島が直面してきた難題に対し、両者は歩調を合わせながら取り組んできた。その役割の大きさは、以前、本連載でも触れた通りである。

 こうした中、4月1日、竹之下氏は相馬中央病院の院長に就任した。同院は立谷氏が運営に関わる民間病院で、1983年に開設、約230床を擁し、内科や外科、整形外科、脳神経外科などを備える地域医療の要だ。今回の人事の背景には、昨年、長年院長を務めてきた標葉隆三郎氏の逝去したことがある。後任を探していた立谷氏にとって、竹之下氏の退任はまさに時機を得たものだった。復興を支えてきた二人の軌跡は、形を変えてなお、地域医療の現場で続いていくことになった。

 4月16日、相馬市で竹之下氏の院長就任を祝う会が開かれ、私も出席した。当日、福島県や地元医師会の幹部らと話すと、誰もが「あれほどの経歴の医師が相馬に来るとは思わなかった」と口を揃えた。大学トップを務めた医師の多くは、退任後、名誉職に就く。私の知る限り、地方の民間病院で院長として診療の第一線に立つ例はほとんどない。大病院であれば、院長は管理業務に専念する選択もあるが、相馬中央病院では事情が異なる。竹之下氏は週4日、外来診療を担うという。祝賀会で本人は「現場の一兵卒として、残された医師人生を過ごしたい」と語った。

 この言葉を聞き、私はいかにも竹之下氏らしい選択だと感じた。名誉職などの肩書に拘らず、現場に身を置き続ける人物である。おそらく彼は、ひな壇に座り、医療を外から論じるだけの立場をよしとしなかったのだろう。

 

■優れたリーダーを生んだ「郷中教育」とは?

 この決断の背景には、彼の生い立ちがある。鹿児島に生まれ、幼少期から郷中教育の影響を受けてきた点だ。郷中教育とは、年長者が年少者を導く薩摩藩の伝統的教育であり、理屈を語るのではなく、行動を通じて規律と責任を身につけさせるものだ。明治維新を担った薩摩の下級武士たちも、この教育の中で育った。その精神は、時代を超えて受け継がれている。竹之下氏をはじめとする鹿児島出身のリーダーたちの中に、いまも息づいている。

 優れたリーダーのもとには、人が集まる。祝賀会の会場にも、竹之下氏の「弟子」と呼ぶべき医師たちも出席していた。その一人が新浪博士医師である(写真1)。両者は群馬大学の出身で、同氏は「若い頃から医師としての生き方を指導いただいている」と語る。新浪氏は心臓外科医で、現在は東京女子医科大学の教授を務めるとともに、理事として不祥事後の再建にも携わっている。兄はサントリーホールディングス元会長の新浪剛史氏だ。

 私が新浪氏と知り合ったのは数年前、竹之下氏の紹介がきっかけだった。初対面にもかかわらず、不思議な親近感を覚えたのを覚えている。礼儀正しく飾らない人柄の奥に、揺るぎない信念がにじんだ。その佇まいは、師である竹之下氏とどこか通じるものがあった。会話の中で、私は新浪氏が剣道家であることを知った。「横浜翠嵐高校時代は剣道に明け暮れた」という。その一言を聞き、どこか腑に落ちた。新浪氏の人格形成には、剣道の精神が深く関わっているのだろう。竹之下氏と気が合う理由も、そこにあるに違いない。

写真1)左から 立谷氏、新浪氏

■現代に通じる薩摩の伝統

 剣道の精神の底流には、薩摩藩の伝統がある。その礎を築いたのが薩摩であるからだ。郷中教育の中核の一つが自顕流だ。柞の木(ゆすのき)で作られた木刀を用い、気合と一撃必殺を体得させる苛烈な修練で知られる。実戦を重んじるこの剣術は、明治以降、警察武道の中核として継承され、特に警視庁では薩摩出身者が指導的役割を担い、警察剣道の体系化を主導した。この流れは、その後も続き、昭和には公式戦69連勝を記録し「昭和の武蔵」と称された中倉清氏をはじめ、数多くの名選手を生み出した。皇宮警察などで活躍するともに、一橋大学、中央大学、防衛医科大学の剣道師範として後進の育成に尽力した。

現在も剣道界における鹿児島の影響力は大きい。昨年、全日本剣道選手権を制した警視庁の星子啓太氏は鹿児島県姶良市出身であり、私が学生時代に在籍した東京大学運動会剣道部の寺地種寿師範も鹿児島県阿久根市出身だ。全国警察選手権大会で二度の優勝を果たし、警視庁剣道首席師範を務めた。

 剣道の世界には「剣縁」という言葉がある。剣を通じて人と人が結ばれ、師弟や仲間との絆が育まれるという意味だ。剣道に携わる者同士は、不思議なほど信頼関係を築きやすい。それは、剣道では、単なる技の鍛錬にとどまらず、精神の在り方を重んじる文化が共有されているからだろう。こうした価値観の源流には、薩摩の教育や風土がある。今回の経験を通じて、私はそのことをあらためて実感した。

 

■教育・スポーツ・復興の架け橋に

 新浪氏の横浜翠嵐高校時代の2年後輩に中西和人氏がいる。東京大学文科2類に進み、大学でも運動会剣道部に所属した。私の同期にあたる。中西氏の母親は鹿児島県出身で、彼が大学まで剣道を続けたことに影響を与えているのだろう。

 その中西氏が5月から星槎グループに転じる。星槎グループは、神奈川県大磯町に拠点を置く学校法人・社会福祉法人・NPO法人・農業生産法人などで構成されるグループだ。もともとは1972年、神奈川県下の私立高校の教員だった宮澤会長が、小さなアパートの一部屋に鶴ヶ峰セミナー(現ツルセミ)という塾を始めたのがきっかけだ。

 実は星槎グループは、東日本大震災直後から現在に至るまで、福島県浜通りの子どもたちを継続的に支援している。我々のグループも多大な支援を受けている。このことは、以前、ご紹介した。星槎グループは、スポーツにも力をいれており、フィギュアスケートの鍵山優真氏、女子サッカーの宮澤ひなた氏ら、国内外で活躍するアスリートを輩出している。

 近年、星槎が力を注ぐのが剣道だ。国士舘大学剣道部OBの岩部広志氏が率いる星槎国際高校高松の剣道部は、いまや全国有数の強豪に成長し、昨年のインターハイでベスト8に進出した。創部からわずか6年での快挙である。

 福島での活動を通じ、私と星槎グループは信頼関係を構築した。そして、第二の人生を模索している中西氏を星槎に紹介した。彼は、星槎が本拠を置く神奈川県出身だし、その価値観が星槎と合うと考えたからだ。中西氏は本務に加え、星槎の剣道を支える役割も担うことになるだろう。浜通りの支援に関わるかもしれない。今後の展開が楽しみである。

 

■武士道の共鳴――相馬と薩摩が重なる新たなステージ

 福島は尚武の土地だ。会津藩をはじめとした武家文化の記憶は、形を変えながら現代にも受け継がれている。相馬藩も例外ではない。毎年5月には相馬野馬追が行われ、甲冑に身を包んだ騎馬武者が疾走する姿は、往時の武の精神を今に伝えている。相馬と鹿児島、一見すると交流の少ない地域だが、武士道に由来する価値観を深いところで共有している。竹之下氏が「一兵卒」として相馬の地に身を置くのも、そうした美学の表れなのだろう。今後のさらなる活躍を期待したい。

 

【FAQ(よくある質問)】

Q1:竹之下誠一氏が就任した相馬中央病院とはどのような病院ですか? 

A:1983年に開設された約230床を擁する民間の総合病院です。内科、外科、整形外科などを備え、相馬地域の医療を支える重要な拠点となっています。

Q2:本文にある「郷中教育(ごじゅうきょういく)」とは何ですか? 

A:薩摩藩独自の教育制度で、地域ごとに年長者が年少者を指導する仕組みです。座学よりも、行動や規律、責任感を重んじ、明治維新を支えた多くの逸材を輩出しました。

Q3:竹之下氏が「一兵卒として過ごしたい」と語った真意は何でしょうか?

A:大学理事長を務めた後も、名誉職に留まるのではなく、医師としての原点である「患者と向き合う診療の現場」に身を置き、行動で地域に貢献したいという強い意志の表れです。

Q4:「剣縁(けんえん)」とはどのような意味で使われていますか? 

A:剣道の修行を通じて育まれた、師弟や仲間との深い絆を指します。単なる競技仲間ではなく、共通の精神性や礼節を重んじる文化を共有していることから生まれる、強い信頼関係のことです。

Q5:星槎グループは福島とどのような関わりがあるのですか?

A:東日本大震災直後から浜通りの子どもたちへの学習・スポーツ支援を継続して行っています。今回の人事により、剣道の専門性を持つ人材が加わることで、教育や地域支援のさらなる充実が期待されています。

 

トップ写真:竹之下氏の院長就任を祝う会の様子

出典:筆者提供




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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