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.社会  投稿日:2026/5/5

科学としてのカウンセリング


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

本稿のポイント

・協同して問題を解決するためには「客体を共有する三角形構造」が不可欠である。

・日常の相談は「二者関係のラリー」に留まりやすく、助言や解決志向が強まると心理的圧迫・依存関係・支配関係を生むリスクがある。

・カウンセリングの本質は、「語る自分」と「問題を抱える自分」を分離し、カウンセラーと共に、問題を抱える自分を対象とする「三角形構造」を形成することにある。

・カウンセリングは客体化と構造化に基づく「科学」である一方、個人の固有の人生や物語を扱う点で、科学では捉えきれない側面も併せ持つ。

 

本稿では、心理カウンセリングの実践的枠組みについて、医療や現代文読解の例を手がかりに、「語る自分」と「問題を抱える自分」を分離し、カウンセラーとともに対象へ向かう「三角形構造」が自律的な問題解決の鍵であることを明らかにする。さらに、日常的な相談との構造的な違いや科学性、個人の物語に向き合う独自性について、医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏が解説する。  Japan In-depth編集部)

 

 私はこの4月に、私設の心理カウンセリングオフィスを開室いたしました。

カウンセリング――なかには「信頼し難い」という印象をお持ちの方もいらっしゃると思います。たしかに、守秘義務のベールに覆われ、内容の詳細も聞きづらく、心理職(カウンセラー)側からも十分な説明がされてこなかった…という歴史がありました。そこで、カウンセリングについて私たち心理職がどのような仕事をしているのか、ここで少しだけお伝えできればと思います。

 

「三角形」構造が支える問題解決

 ある朝、Aさんは目覚めると、いつもより身体がだるいことに気づきます。身体が明らかに熱っぽい。これはいけない、病院に行かないと。 待合室で名前を呼ばれ、診察室に入室。医師から「今日はどうされました?」と聞かれ、Aさんは「今朝起きると身体がだるくて、熱が〇℃で…」と応えます。

 

 この時、Aさんは、自分の「身体症状」を説明し、医師から処方を受け、指示を守ります。つまり、Aさんは医師と協働して「身体」の治療に当たるわけです。ここに、Aさんと医師という二つの異なる立場に居る者が、「身体」という対象の治療に向くという「治療の三角形」が成立します。

 

 ここで一つ、学生時代、現代文の問題を解いた時のことを思い出してください。「次の文章を読み、以下の問いに答えよ。」に続いて、文章と問いが現れます。文章にはたくさん傍線が引かれていたり、( )が空いていたりします。その後の出題者からの問いに、たとえばAさんが答えていく時、そこには「出題者」と「解答者Aさん」という二つの異なる立場に居る者が、「文章(作者)」という対象の理解に向く、という「現代文理解の三角形」が成立しています。

 

 そうです。この「三角形」が、我々が「問題」に取り組む際の基本形なのです。私たちが誰かと何かに取り組む時、あるいは協働で何かを理解しようとする時、そこには対象(客体)を頂点とする「三角形」の構造が必要になります。そして重要なポイントは、その行動の主体は医師でもなく出題者でもなく、いつも「Aさん本人」である、ということです。

 

 改めて、先の治療の話に戻ります。医師の質問に答えているAさんをA①とします。この時、治療の対象を「身体」ではなく、「身体がだるく、熱を出しているAさん」と考えて、A②とします。A①は、A②の症状を説明し、医師から処方を受け、指示を守る――やはり、A①と医師という二者がA②の治療に向くという「治療の三角形」が成立し、その主体はA①です。医療における客体(身体)は、客観的な指標で示されるものが多く、比較的スムーズに三角形を形成することができます。

 

なぜ日常の「相談」には限界があるのか?二者関係が生むリスク

 ただ対象が人の気持ち、心配事や気になることだった場合、この「三角形」は自然には形成されづらくなります。それらは一人ひとりの内側にあって、体温計やレントゲン写真、血液検査等のように、誰の目にも分かる形に取り出すツールもないからです(限定的な心理テストはあるものの)。

 

 すると何が起きるでしょうか。私たちは生来等しく、他者に「わかってもらいたい」という切なる願いを抱く存在です。気持ちや心配事を解ってもらいたい。伝えたい。その思いは通常、「二者関係のラリー」の中で示されることになります。たとえば、こんな感じです。

 

「わたし、上司とうまくいっていないんだよね」

「え、どんな上司?」

「・・・っていう感じ」

「そっか。もっと上の人に相談してみたら?」

「うーん、そうよねえ・・・」

 

 このように公園で行われるバトミントンのような「ゆるやかなラリー」が繰り返される中で、人は大抵のことをやり過ごすことができます。二人の間に、少なくとも事象の一部が共有されるからです。しかし、問題の深刻度が大きい場合や、解決思考が先行する場では、二者関係のラリーにおいて「スマッシュで打ち崩される」ことがあります。

 

「こうした方がよくない?」

「そんなの、こうすればいいんだよ」

「それで結局どうしたいの?」・・・

 

 「二者関係のラリー」では、相手に良かれという思いが先行するほど、返す球に強さが加わり、相手の心は追い詰められ、居場所を失っていくものなのです。 

 

「語る自分」と「問題を抱える自分」はどう分かれるのか?

 それでは、カウンセリングでの会話はどういうものでしょうか。

 

 「上司とうまくいっていないんです」

「もう少し詳しく教えていただけますか」

「たとえば・・・、そんな感じです」

「・・・な感じだと、面喰いますね」

「そうなんです、本当にこの人終わってるなって」

「上司に対してネガティブな感情を抱かれたんですね。それで、その後どんなふうにされたんですか」

「腹は立ったけど、そこで言い返すこともできなくて…」・・・

 

 これが続いていくと、自然に「カウンセラーと話しているA①」と「現実生活で苦しんでいるA②」が分離していきます。そして、A①とカウンセラーが、A②の置かれた状況を理解し、打開のための策を練る、という「カウンセリングの三角形」が少しずつ醸成されます。そのため、カウンセリングの初期はAさんの中にA①を形成していく作業が中心に行われます。

 

 これは、幼い子どもが養育者との間に「共同注視」を行う段階と似ているかもしれません。

「あの花きれいだね。」「オテテがどろんこになっちゃったね。」

 養育者と子どもが「花」や「汚れた手」という共通の事象を眺めて語り合う。この「共同注視」が繰り返し行われる三角形の構造において、子ども自身の中に花を愛でる心、汚れた手を洗おうとする行動が生まれてきます。

 

自律を促すコーチとしてのカウンセラーの役割

 まとめます。心理職(カウンセラー)の仕事は、丁寧に話を聴きながら、まずAさんの中の主体(A①)と客体(A②)の分離を図り、「カウンセリングの三角形」の構造を作ることです。そして、その構造の中に立ち現れるA②に対するA①の自律的行動を促進することです。この協働チームはA①が選手で、カウンセラーはコーチ役に過ぎないという認識を大前提としています。つまりカウンセラーはA①と適切な心理的距離を取り、主体となるA①を支えるという域を超えることはありません(危機対応等の例外はあります)。ですからカウンセリングには必ず終結があり、優れたカウンセラーは「忘れられる存在」と言われるのです。

 

 このように、対象を客体化し、ユーザーが主体となって問題に対峙するというフレームワークの中で専門性が発揮されること。これが、カウンセリングが「科学」である所以です。他方、三角形とならず二者関係に留まる「相談」は、そのラリーが穏やかなうちは平和裏に機能するものの、客体が不在であるためにその構造は安定性を欠き、心理的な侵入も起こりやすく、依存関係や支配・被支配の関係に陥る危険をも孕みます。そのために、「非科学」とされるのです。

 

 しかし最後に。カウンセリングでは時に、科学では説明できないことにも遭遇します。共通性や普遍性を超越した、ひとりの人間の極めて個人的な歴史や物語を扱う以上、それは職業的宿命であり、そこに心理職の独自性と醍醐味がある、と私は思います。

 いかがでしたでしょうか。少しでも、心理領域にご興味を抱いていただければ幸甚です。お読みいただき、ありがとうございました。

 

参考文献:神田橋條治(1997)  「対話精神療法の初心者への手引き」 花クリニック神田橋研究会

 

よくある質問(FAQ

Q1. 「カウンセリング」とは何をするものですか?

A. 対話を通じて自分の状態や問題を整理し、自分自身で向き合い方や行動を見出していくための支援です。助言よりも「理解を深めること」が重視されます。

 

Q2. 「客体化」とは何ですか?

A. 自分の感情や問題を、自分自身から切り離して「対象」として捉えることです。これにより、状況を冷静かつ客観的に理解しやすくなります。

 

Q3. 「共同注視」とはどのような概念ですか?

A. 二人以上が同じ対象に注意を向け、それについて共有する状態のことです。子どもの発達やカウンセリングにおいて、理解を深める基盤となります。

 

Q4. 「自律的行動」とは何ですか?

A. 他者に指示されるのではなく、自分で考え判断したうえで行動することです。カウンセリングではこの力を高めることが重視されます。

 

 

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

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出典:Photo by Chris McGrath/Getty Images




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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