検察抗告は「全面禁止」すべき──元検事・山尾志桜里弁護士が語る再審法改正案の核心
安倍宏行(Japan In-depth 編集長・ジャーナリスト)
【本稿のポイント】
・自民党は5月13日、再審開始決定への検察の不服申し立てを原則禁止する規定を刑事訴訟法の本則に位置づける改正案を了承した。政府は15日にも閣議決定し、今国会で成立を目指す。
・元検察官の山尾志桜里弁護士は「全面禁止がベスト」と主張。
・改正案に新設される「開示証拠の目的外使用」に1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金を科す規定について、日本新聞協会が2026年1月に反対の見解を表明。
・通常裁判は公開だが再審請求審は非公開。袴田事件は弁護人が共有した「5点の衣類」写真の検証報道が無罪確定の起点となった。罰則は弁護人と報道機関を双方萎縮させかねない。
再審制度を見直す刑事訴訟法改正案をめぐり、自民党の合同会議は5月13日夜、検察による不服申し立ての原則禁止を本則に位置づける改正案を了承した。政府は15日にも閣議決定し、今国会への提出と成立を目指す。冤罪救済の長年の悲願が実現に向かう一方、改正案には報道機関への影響が懸念される条項も組み込まれている。元検察官で元衆議院議員、現在弁護士の山尾志桜里氏が同月12日のJapan In-depthチャンネルで読み解いた論点をたどる。(Japan In-depth編集部)
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【再審法改正】2026年5月12日(火)17:00~ライブ配信。検察抗告は「付則」か「本則」か|法務省と自民の攻防|山尾志桜里弁護士・元衆議院議員が解説
検察組織の内在的論理、法務省・警察と政治家の力学、証拠開示の「裁判官ガチャ」、新設される迅速処理規定(スクリーニング)の問題点など、本記事で触れきれなかった論点について、もっと知りたい場合は動画本編をご覧ください。
検察抗告「本則禁止」、ようやくの転換点
報道によると、自民党の合同会議は5月13日、再審開始の決定に対する検察による不服申し立ての原則禁止を刑事訴訟法の本則に位置づける改正案を了承した模様だ。本則にある検察官の抗告を認める規定を削除した上で、「十分な根拠がある場合に限り」例外的に認めるとする新たな条文を設け、抗告した場合は理由を含めて公表することも明記される。政府は同月15日にも閣議決定し、今国会への提出と成立を目指す。当初案では検察抗告を認める内容だったが、自民党法務部会から強い反発を受け、政府は修正を3回重ねた末に本則での原則禁止に踏み込むかたちとなった。
山尾氏は前日12日のライブ配信で、こうした展開を予測していた。
「『本則』と『附則』では法的効果は同じです。ただ、本則は法律の中身を書く場所、附則は過渡的・次元的な規定を書く場所。今回のように検察抗告を認めるか認めないかという確信そのものを附則に書くのは極めて不自然な話で、しばらく附則に書いておいて、世論の嵐が過ぎ去った頃にまた本則通り戻したい──そういう気配も見え隠れしていました」
続けて山尾氏はこう分析した。
「むしろ附則・本則問題をひとつの論点化して、最後は本則に折れてみせる。一種のテクニックが、一部の法務官僚の中にはあったんじゃないかと思います。だからこそ大事なのは中身。本則であっても附則であっても、結局『十分な理由がある場合』には抗告できるという例外規定が残るんです」と述べ懸念を示した。
なぜ「全面禁止」でなければならないのか
山尾氏の立場は明快だ。「全面禁止がベスト」。
「全面禁止にしても問題は起きません。再審で有罪立証を堂々とすればいいわけですから。地裁、高裁、最高裁、3回チャンスがあります。検事からしても、できないならできないでいい。上司も『やれ』とは言わない。立法府がそう決めたんだから、と。実は検事も助かる面があるんです」
検察官は組織として「やれることは全部やった」と自己正当化する必要がある、と山尾氏は説く。
「やれることは全部やって、それでも自分たちが起訴した事件が無罪になったなら、それは自分たちのせいではない、最後は裁判所の判断だ──このロジックに貫かれているのが検察なんです。だとすると、例外であろうが十分な理由が必要であろうが、抗告できる限りは抗告しなきゃいけないという自縄自縛のプレッシャーから検察官は逃れられません」
「検察抗告がなければ、本来はもっと早くやり直し裁判ができたはずなのに、9年そこで足踏みしたわけです。袴田さんは30歳で逮捕されてから40年以上、刑務所の中で一人、死刑の恐怖に震えながら過ごしてきた。何もやっていないのに、です」
「全面禁止」を求める声は冤罪被害者の側からも上がっている。報道によれば、過去に再審開始決定や再審無罪が確定した事件の当事者からは、原則禁止にとどまる今回の改正案について全面禁止を訴える発言が相次いだ模様だ。
メディアが見落とす「目的外使用への刑事罰」
検察抗告の議論が脚光を浴びる一方、山尾氏が「メディアにこそ聞かせたい」と指摘したのは、改正案に新設される「開示証拠の目的外使用への刑事罰」だ。
「弁護士が再審請求審で開示された資料を目的外使用してはいけない、しかも目的外使用と認定されたら罰金どころか、1年以下の拘禁刑もある。日本新聞協会も2026年1月に反対の見解を出していますが、刑事罰がつくんですよ、これ」
日本新聞協会の見解によれば、法務省が法制審議会刑事法(再審関係)部会に示した検討資料では、再審請求者が再審請求の手続きに使う目的以外で第三者に証拠の写しを提供したり示したりすることを禁じ、違反すると1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金を科すとされている。
──通常の刑事裁判には同じ規定があるという議論もあるが。
「警察・検察の言い分はそうです。通常の裁判でも同じ刑事罰付きの目的外使用があるでしょう、と。だから今回も再審請求審でつけるべきだと。でも、全然違うんです」
決定的な違いは、審理の公開・非公開だ。
「通常の裁判は公開です。でも、再審開始するかどうかを決める再審請求審は非公開なんです。非公開だからこそ、そこで得られた証拠をメディアに公開していくことで世論に訴え、物事が動いていく。それなのに目的外使用に罰則がついたら、これどれだけ弁護士さんにリスクを取らせるんですか、と。萎縮しますよ」
日本新聞協会も同じ点を問題視している。見解は、罰則を科せば再審請求者や弁護士を萎縮させ、証拠を検証のため外部に開示するといった公益目的の行為も阻害され、再審請求審をさらに不透明にしかねないと指摘した上で、袴田事件の再審請求審では検察が開示した「5点の衣類」のカラー写真を弁護士が支援者らに共有して血痕の変色に関する実験が行われ、その報道もされて結果的に袴田巌さんの再審無罪につながったと述べている。
報道機関が問われる「自分事」
山尾氏はここで、報道機関の側にも問題が及ぶことを強調する。
「メディアも萎縮するんじゃないですか、受け取る側も。だってこれってもしかしたら目的外使用にあたって、その証拠を見せてくれた弁護士さんのリスクになるんじゃないかと思いませんか。それに加担することになりますよね」
仮に弁護士が「自分はどうなってもいいから出してくれ」と言っても、報道する側がそこまで責任を持てるか──取材側にとって極めて重い問いだ。報道規制や表現規制は、規制対象の外側まで事実上規制してしまう。「目的外使用」が何かが曖昧なグレーゾーンに置かれれば、報道は実質的に縛られる。
「弁護士だって萎縮することを、私は責められないと思います。目的外使用の刑事罰は、本当にやめた方がいいです」
検察抗告の本則化という「目に見える勝利」に焦点が集まる陰で、報道機関を密かに縛りつける条項が組み込まれようとしている。法案は今後、国会で審議される。「シャンシャン」で済ませず、実効性のある改正につなげられるかどうか。そのカギの一端は、報道側の自覚にもかかっている。そして野党もどう問題点をあぶり出すかが問われることになる。後半国会に注目だ。
(Japan In-depth編集部)
【よくある質問(FAQ)】
Q1. そもそも「再審法」とは何ですか?
A1. 「再審法」という独立の法律はなく、刑事訴訟法第4編「再審」の条文を一般にそう呼んでいます。日本弁護士連合会によれば、現行の再審規定はわずか19条しかなく、再審請求審における具体的審理の在り方は裁判所の裁量に委ねられており、証拠開示の基準や手続が明確でないため、いわゆる「再審格差」が生じてきたと指摘されています。
Q2. 議員立法による再審法改正案は別にあるのですか?
A2. あります。2025年6月18日に立憲民主党・国民民主党・れいわ新選組・日本共産党・参政党・社会民主党の野党6党共同で「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」が衆議院に提出され、衆議院法務委員会で継続審議となっています。証拠開示の規定、検察官の不服申立ての禁止、裁判官の除斥・忌避、再審請求審の期日指定など事務的な手続きが盛り込まれています。
Q3. 再審法改正を求める動きは超党派なのですか?
A3. 2024年3月11日に超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が発足しました。会長は自民党の柴山昌彦衆議院議員、幹事長は立憲民主党の逢坂誠二衆議院議員、事務局長は自民党の井出庸生衆議院議員が務めています。最高顧問には麻生太郎・自民党副総裁が就任しています。
Q4. 法案成立に向けた今後のスケジュールは?
A4. 自民党は5月13日の合同会議で改正案を了承し、政府は15日に閣議決定して今国会への提出を目指す方針です。与党は7月17日の会期末までの成立を目指しています。
関連リンク
「袴田事件」再審無罪判決確定に関する会長声明(東京弁護士会)
再審法改正に向けた取組(再審法改正実現本部)(日本弁護士連合会)
トップ写真:山尾志桜里氏 ⒸJapan In-depth編集部
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。












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