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.国際  投稿日:2019/4/30

ベトナム報道自由度最低水準


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・「世界報道の自由度ランキング」でベトナムはASEAN内最悪。

・ベトナムでは共産党独裁政権下で非官製メディアへの弾圧激化。

・民主化の進展、自由な報道の実現が、ASEAN各国の課題。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45526でお読みください。】

 

世界180の国と地域を対象にした調査で最下位に近い176位にランク付けされたのがベトナムでその後ろには中国177位北朝鮮179位などが続く。ちなみに日本は67位米国は48位と一応2桁台である。

これはパリに本拠を置く「国境なき記者団(RSF)」が4月18日に発表した2019年版「世界報道の自由度ランキング」でその国・地域の報道の自由度を示す指標となっている。1位はノルウェーで次いでフィンランド、スウェーデンと上位3カ国は北欧勢が独占し、最下位180位はトルクメニスタンとなっている。

▲写真 「世界報道の自由度ランキング」(2019) 出典:国境なき記者団HP

東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国では報道の自由度が最も高いと評価されたのがマレーシアで123位、次いでインドネシアの124位、以下フィリピン(134位)、タイ(136位)、ミャンマー(138位)カンボジア(143位)、シンガポール(151位)、ブルネイ(152位)、ラオス(171位)となり域内最下位がベトナムの176位となっている。

 

■ 公式には官製メディア以外存在せず

ベトナムは「中国と同じく共産党独裁政権の支配階層による国営メディアがメディアを支配し、市民ジャーナリストなど国民の声を伝えるメディアを弾圧している」と厳しい状況が低い評価の根拠となっている。

▲写真 グエン・フー・チョンベトナム共産党中央委員会書記長 出典:Wikipedia

米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」などによると、ベトナム政府は市民ジャーナリストやブロガーなど30人が現在賃当局の拘束下にあり、中国はその倍の人数を拘束しており、両国は共に共産党支配の下でアジアの「報道のブラックホール」となっているなどと伝えている。

「ブラックホール」とは自由で検閲なき報道が保証されていない状況を示している。特にベトナムに関しては「全てのメディアは共産党の指導下にあり、独立したメディアは存在することが許されていない」としたうえで「自由な報道はブロガーや市民ジャーナリストに限定されているが、彼らは私服警察官をはじめとする治安当局者の暴力など厳しい対応が待っている」と報道の自由が大幅に制限され、抑圧されている現状に憂慮を示している。

ベトナムでは刑法の規定により「政府転覆容疑」「反国家プロパガンダ容疑」「国家を脅かし自由と民主主義の政権への侮辱容疑」などが自由な報道を求める人々に適用されて、裁判の結果長期の刑期の有罪判決が下されるケースが多くなっている。特に過去2年間には30人が拘束されて、不当な扱いを受けている。

ベトナム当局の身柄拘束の危険を逃れてタイで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に政治亡命を申請した直後の1月26日にバンコク近郊で行方不明となり、その後ベトナム治安当局者によって身柄を拘束されてベトナムに引き戻され拘束されていることがわかったベトナム人権活動家のトゥルオン・ドゥイ・ナット氏のケースは第3国ですら安全でないことが浮き彫りになり、海外で活動する民主活動家、反政府運動関係者の間に衝撃を与えた。

▲写真 トゥルオン・ドゥイ・ナット氏 出典:国境なき記者団HP

さらにRFAに情報を寄せていたビデオ制作者でブロガーのグエン・ヴァン・ホー氏は2018年11月に禁固7年の実刑判決を受けて収監された。ホー氏は2016年にベトナムで有毒物質の流出事故を起こした台湾企業に抗議する住民の様子をビデオ撮影中に逮捕されていた。

▲写真 グエン・ヴァン・ホー氏 出典:国境なき記者団HP

 

■ 報道の自由度が低いASEAN各国

共産党一党独裁政権下のベトナムのほかにASEANで報道の自由度が比較的低いのはラオスブルネイシンガポールカンボジアである。

ラオスは人民革命党の1党独裁支配で新聞、テレビ、通信などの報道機関は全て政府系で報道の自由はほとんど存在しない。ブルネイは絶対的権力者のボルキア国王の支配で、シンガポールはリー・クアンユー首相率いる与党による報道管制とそれに迎合する官製メディアの存在しか許されない体制下で、中国の強い影響かにあるカンボジアでは2018年の総選挙時にフン・セン政権に批判的な30社の新聞社やラジオ局が閉鎖に追い込まれたり政府系のビジネスマンに買収されたりするなどそれぞれ報道の自由が制限あるいは弾圧される状況が続いている。

これに対しASEAN域内では比較的自由度があると評価されたのがマレーシア(123位)、インドネシア(124位)、フィリピン(134位)、タイ(136位)の各国。

マレーシアは2018年にマハティール首相が返り咲いてナジブ前政権の汚職体質に政府を挙げて取り組んでいることから、メディアも堂々と自由な論陣を張ることが以前に比べてできるようになったことがASEANで最も自由度が高いとの評価に繋がったとみられている。

▲写真 マハティール首相 出典:Wikipedia

インドネシアは1998年の民主化実現後は玉石混交のメディア乱立時代が続いているが、世界最大のイスラム教徒人口への多少の宗教的配慮、国軍や警察という治安組織との微妙な関係以外は自由で闊達な報道が政府の検閲もなく続いている。

フィリピンは国民の高い支持を背景にドゥテルテ大統領や政権に批判的なメディアへの圧力が目立ち始めているが、ASEANで最も進んだ民主主義国という伝統から政府と対立し、弾圧を受けながらも戦うメディアが存続しており、いい意味での政府、権力との緊張関係が維持されている。

同様の状況は軍政による政権運営が続いているタイも同じだが、民政移管の投票が行われその開票結果の正式発表を待つ現在の状況で、今後の政権次第では報道の自由度が進む可能性もある。

このようにASEAN各国は程度の差こそあれ、基本的に報道の自由は何らかの制約、検閲、迫害の少なからず直面しており、民主化の進展とともにさらなる自由な報道の実現が大きな課題となる。

 

トップ写真:トゥルオン・ドゥイ・ナット氏 出典:トゥルオン・ドゥイ・ナット氏Facebook


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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