.国際  投稿日:2016/12/3

インドネシアでクーデター未遂? 大規模デモ当日著名人逮捕

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大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

インドネシアの首都ジャカルタで12月2日、イスラム強硬派によるジャカルタ特別州知事の即時逮捕を求める大規模デモが行われ、約20万人が参加した。しかしその一方で同日未明から元大統領の親族や著名な民主活動家、人気歌手など10人が相次いで逮捕された。その容疑は「反逆罪」つまり国家の転覆をはかろうとしていたというもので、地元テレビ局などは「12月2日のクーデター未遂事件」として大々的に報道するなど激震が走っている。

大規模デモはそもそもキリスト教徒であるジャカルタ州のバスキ・チャハヤ・プルナマ知事が「イスラム教を冒涜した」として11月4日に続いてイスラム教強硬派が呼びかけたもので、スマトラやジャワ島中部などジャカルタ以外の都市から多くのイスラム教徒がジャカルタに集結した。

この日、治安当局は早朝午前3時過ぎ関係容疑者の逮捕に動いた。大規模デモに乗じて国家転覆を図る動きがあるとして午前5時にはスカルノ初代大統領の長女で現在のジョコ・ウィドド大統領の実質的な後ろ盾でもあるメガワティ・スカルノプトリ元大統領の妹でブンカルノ大学学長のラフマワティ女史の逮捕に踏み切った。そのほかに人気歌手のアフマッド・ダニ氏、民主化運動の指導者だったスリビンタン・パムンカス氏などが次々と逮捕された。

 

■数日前からの不穏な動きを警戒

逮捕された10人のうち、パムンカス氏はジャカルタ南郊チブブールの自宅で機動警察隊によって逮捕されたが、連行される様子が家族によってビデオ撮影されてマスコミを通じて公開された。パムンカス氏は1998年のスハルト長期独裁政権崩壊時は反政府運動の容疑で拘留されており、民主化の実現とともに釈放され一時は時の人となった経緯がある。

しかしその後政治活動を再開するも支持基盤が拡大せず、ネットを通じた活動を強めていた。11月下旬からは特別議会の開催を求めてジョコ・ウィドド現政権の正当性を問うべき大衆運動を2日のデモに合わせて呼びかけていたとされ、これが「クーデター容疑」に問われたとみられている。

ラフマワティ学長やダニ氏も現政権に批判的な発言を繰り返す一方で、イスラム強硬派による大規模デモを利用して反政府運動につなげようとしたと指摘されている。

 

■一連の動きの背後にいるのは

イスラム教徒の金曜礼拝を終えたイスラム教徒強硬派とその呼びかけに応じた約20万人のイスラム教徒はジャカルタ中心部の独立記念広場を埋め尽くし、イスラム教を冒涜したとされるバスキ知事の即時逮捕などを訴えた。隣接する大統領官邸から雨の中独立記念広場赴いたジョコ・ウィドド大統領は「みなさん、平穏にデモを終えて家路につこう」と呼びかけ、デモ自体は混乱もなく終了した。

11月4日のデモでは夜になってデモ隊の一部が暴徒化して治安部隊と激しく衝突、騒乱状態となった。その後警察などにより衝突を扇動した容疑者らが逮捕されている。

一連のイスラム教強硬派による反知事運動を背後で扇動していると指摘を受けている一人のグリンドラ党プラボウォ党首は報道陣に対し「インドネシアが平穏であることを望まない外国勢力がいるようだ」と述べ、インドネシアの社会的混乱は外国勢力の仕業との見方を示したが、「風向きが変わったことで外国に責任転嫁しようとしているだけ」(地元紙記者)との見方が強い。

 

■風向きを変えたのはトゥンク・ウマル

バスキ知事のイスラム教徒冒涜発言に端を発したジャカルタの混乱は警察当局が知事を容疑者指定したこと、さらに起訴したことで沈静化に向かうと思われていた。しかし、起訴では満足しないイスラム教強硬派は「即時逮捕」とさらに要求を強めてこの日のデモを呼びかけていた。

特に自らの政党支持候補や親族が知事選に立候補しているプラボゥオ党首やスシロ・バンバン・ユドヨノ前大統領らがバスキ打倒のこの動きを利用して知事選を有利にしようと画策。その運動が知事選だけに留まらず、与党の闘争民主党との政争、さらに闘争民主党出身のジョコ・ウィドド大統領への批判と反政府運動に盛り上がる勢いを見せ始めていた。

この間、善後策を模索する各政党幹部、イスラム教団体幹部らが相次いでジョコ・ウィドド大統領と会談、インドネシアが掲げる「多様性の中の統一」という国是に従った平和的問題解決の道を見出そうと努力し続けていた。政党幹部、国会関係者らは大統領と同時にメガワティ元大統領の私邸を訪問して会談、意見交換を繰り返した。

単なるジャカルタの問題を政権打倒につなげようとする動きにメガワティ元大統領は危機感を抱いていた。ジョコ・ウィドド政権の屋台骨である闘争民主党の党首でもあるメガワティ元大統領の発言、意向が大統領に大きな影響を与えていることは周知の事実でもある。そのメガワティ元大統領は会談した誰に対しても「デモで意思を表明することは民主主義国家には当然あるべきことである。しかしアナーキー(無政府状態)は許さない」との姿勢で一貫していたという。

こうしたメガワティ元大統領、そしてジョコ・ウィドド大統領の「平穏で民主的デモ」以外を断じて許さないという強い姿勢が一時政権の危機に向かおうとしていた風向きを変え、国軍、国家警察がそれに応える形で不穏な動きや発言を繰り返す人物を「政権転覆容疑」で一気に逮捕することに踏み切らせたといわれている。

現在のインドネシアの政治は、メガワティ元大統領の私邸がある「メンテン地区のトゥンク・ウマル通り」にちなんで「トゥンク・ウマルの意向を無視しては進まない」といわれている。ジョコ・ウィドド政権に批判的な野党などからは「トゥンク・ウマルの院政だ」

「大統領はトゥンク・ウマルの操り人形だ」と批判が出ているが、国民の絶大な人気と支持のある独立の父スカルノ大統領の長女としてカリスマ的な存在でもあるメガワティ元大統領の政治力はいまだに大きいと言わざるを得ないのが実状だ。

そのメガワティ元大統領は2日から始まったインドネシア物産展を訪れ、参加者と談笑したのち市内の日本料理レストランに移動、国軍・国家警察を通じて逐次デモの様子、大統領の動静を聞きながら食事を楽しんだという。

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この記事を書いた人
大塚智彦Pan Asia News 記者

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1884年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。

 

大塚智彦

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