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スポーツ  投稿日:2017/4/7

「圧倒的に勝つ」アイスホッケー女子日本代表その5


神津伸子(ジャーナリスト・元産経新聞記者)

■勝者が、五輪へ

ドイツには前回のソチ五輪で、2回負けていた。
グループリーグ、その後の順位決定戦でも。ドイツの選手は、とにかく大きい。壁のように立ちはだかる。平均身長でも10センチ以上上回られている。その宿敵に何としても今回は勝たなければならなかった。

2月上旬、北海道・苫小牧の白鳥王子アイスアリーナで行われた平昌冬季五輪最終予選、最終戦日本VSドイツには、立ち見客も出る3,200人の観衆が集まった。
男子のアジアリーグのプレイオフでも、ここまで人が集まることは、なかなかない。

先制点が欲しい。

0−0で迎えた第2ピリオド開始7分、きっかけを作ったのは、ベテランFW・足立友里恵だった。156センチ51キロの小さな身体で敵陣にパックを持って切り込んだ。ゴール裏から、DF堀珠花らに繋ぎ、最後はFW藤本もえこが決めた。

「ゴール前に、一人いたので、出しました。絶対決めてくれと。もえこだとは気が付きませんでしたが」(足立)

「たまたま、最後にパックにさわったのが私だっただけで、皆が繋いで決めさせてくれた」(藤本)

これで、勢いに乗った日本は、3分後、チーム最年長小野粧子が決める。その後に、ドイツに入れられ、しばらく苦しい1−2の時間帯が続いた。第3ピリオドに入って絶対エースFW久保英恵が、貴重な追加点を叩き出し、ゲームを決した。リンク内は、氷が溶けそうなほどの興奮のるつぼと化した。

久保は、全3試合でゴールを決め、5得点。1アシストも。決めるべき人が決めれば、必ず勝つ。

この試合は、守りも素晴らしく相手に打たれたシュートは15本以内という、監督・山中武司が“圧倒的”と定義する要件の、大きな1つは満たす事となった。

「いい試合だった。ありがとう」

山中は、試合後のロッカールームで選手たちを前に、こう述べた。

■その先へ!3足のワラジ、女性として選手として

ドイツ戦でも活躍したチャーミング過ぎる新妻スマイルジャパン、足立友里恵。
「いつも、こうしてプレー出来てることを後押ししてくれているのは、夫。おかげで頑張れます。最終予選前もこんな言葉で送り出してくれました」足立は照れ臭そうに話す。

「ここまで来ている選手は限られた人間。こういう勝負の場に立てるのは、本当に素晴らしいことだよ!」(夫・拓史)

2月初旬の世界最終予選に向けての最終合宿直前のことだった。

拓史自身も「結婚したからと言って、パフォーマンスが悪くなったと言われないよう、しっかりサポートしたい」と、気持ちを引き締める。

足立は、一昨年、結婚して現在はプリンスホテルでの会社員としての仕事、スマイルジャパン、西武プリンセスラビッツのアイスホッケー選手、新妻としての家事と、3足のワラジを履きこなすスーパーウーマン。

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もちろん、足立だけではなく、アイスホッケーという過酷なスポーツを続けていく人並み離れた努力と根性を持ち、そして、それでも笑っていられるスマイルジャパンの選手たちは、本当に素晴らしい。日本オリンピック委員会が推し進める就活プロジェクト“アスナビ”でも、スマイルジャパンのメンバーの内定率は、他の競技を圧倒する。多くの選手たちが競技者として、また、一人の女性としての生き様を模索する。

足立もパートナーへの感謝の気持ちをしっかりと口にする。小野も既婚だ。少しずつ選手個人を取り巻く状況も変化していく。

今後、結婚、出産、子育てと、競技の両立を目指すための環境整備も重要になって来る。現在、子育てと両立させながら全日本レベルで選手生活を続ける何かしらのシステムがあるのは、国内ではサッカーとラグビーのみ。
今後は、日本アイスホッケー連盟にも検討して欲しい重要なポイントだ。

そして、もう1つ。次世代へのバトン―。

■バトンを繋いでいく

五輪出場を賭けた戦いには、多くのスマイルジャパンの卵たちも駆け付けていた。目を輝かせ、自分と同じポジションの選手や憧れの選手を、必死に目で追いかけていた。彼女たちの瞳は常に輝き、お腹の底からスマイルジャパンに声援を送っていた。
現在のメンバーの活躍、五輪出場、世界選手権トップディビジョン復活などは、全て、次世代の夢を乗せている。

「負けられない。負けられたら、アイスホッケーから皆が離れていってしまう」(主将・大澤ちほ)

誰よりも、今のスマイルジャパンのメンバーたちが、その事を自覚し、負けられない戦いにのぞんでいる。

フランス戦に観戦に来た、一人の少女の作文の一部を紹介する。

二月十一日
わたしは、日本代ひょうチームのしあいを見ました。ほっかいどうのとまこまい市にいきました。
あいての国は、フランスでした。日本のおうえんだんが、とってももり上がっていました。日本のせめは、パスがとてもはやくて、ゴールキーパーはかまえがかっこよかったです。しあいは、1−4でかちました。
とってもかっこよかったです。またかってほしいです。

大澤たち、現在のスマイルジャパンたちの勝利は、彼女たちだけのものではない。多くの先輩が、主催国とはいえ、長野五輪で初出場を果たした、いや、その前からひたむきにプレーを続けて来た。その先輩プレーヤーから受け継いだ多くの伝統を守りながら、更にパワーアップを図っているのが、今のメンバー。

そして、遠くない将来に、また、そのバトンを受け取って、飛躍していく未来のスマイルジャパンたちに、夢を繋いでいかなければならない。

上の作文を書いた7歳の少女は、この試合後、ゴーリー(注:ゴールキーパーのこと)に転向した。

平昌五輪まで10ケ月。
彼女たちの闘いは、終わることはない。           

(文中敬称略 このシリーズ了。その1その2その3その4

トップ画像:大人と子供のような体格差がある日本とドイツの選手 (公益財団法人苫小牧市体育協会 提供)
文中画像:夫の協力が嬉しいとはにかむ足立選手 ©神津伸子


この記事を書いた人
神津伸子ジャーナリスト・元産経新聞記者

1983年慶應義塾大学文学部卒業。同年4月シャープ株式会社入社東京広報室勤務。1987年2月産経新聞社入社。多摩支局、社会部、文化部取材記者として活動。警視庁方面担当、遊軍、気象庁記者クラブ、演劇記者会などに所属。1994年にカナダ・トロントに移り住む。フリーランスとして独立。朝日新聞出版「AERA」にて「女子アイスホッケー・スマイルJAPAN」「CAP女子増殖中」「アイスホッケー日本女子ソチ五輪代表床亜矢可選手インタビュー」「SAYONARA国立競技場}」など取材・執筆

神津伸子

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