米軍事圧力が効かぬ北朝鮮
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・米の軍事圧力に慣れ切っている北朝鮮。
・むしろ圧力は核・弾道弾開発を加速させる。
・経済援助による資本主義化が体制崩壊の近道。
北朝鮮の核・弾道弾開発が注目されている。核実験や発射試験の兆しを見てのことだ。
それに対し、米中ともに圧力を加えようとしている。米国は新政権が関与に舵を切った。中国も北に影響を及ぼせなくなったため、圧力でその行動を制約しようとしている。
だが、北朝鮮は圧力で言うことを聞くのだろうか?
核・弾道弾の開発に圧力は効かない。北は既に慣れており、むしろ支配体制の安定化にも利用している。その上で圧力を積みましてもむしろ核・弾道弾開発を進める結果に終わる。
北朝鮮問題を改善させるには援助しかない。資本主義の毒を入れ、金の力で心を汚すことだ。短期的な効果は見込めないが、戦争で北を滅ぼす選択肢がない以上、そうするしかない。
■北は圧力に慣れている
北朝鮮の慣れのため、圧力は効かない。北朝鮮は今までも圧力をかけられ続けているが、それに慣れた結果なんとも感じていない。この状況でさらに圧力をかけても北朝鮮には効かない。
米軍事圧力は朝鮮戦争から継続している。プエブロ号事件が示すようにかつては米艦は沿岸ギリギリまで接近していた。その後も米韓軍事演習では、北からすればいつも侵攻寸前の圧力をかけられている。
また、80年代以降は国際社会からの孤立にも耐久している。83年のラングーンでのテロや、その後の民主化と経済成長により、北は第三世界から距離を置かれている。91年には国連に南北同時加盟できたものの、これはむしろ韓国の地位向上の結果であり、北朝鮮はそのおこぼれにあずかったにすぎない。そして直後にはソ連崩壊と東側ブロック解体により、ほぼ味方はない。つまり指導者、政府・党・軍部、国民は圧力に耐え慣れている。いまさらそのレベルが上っても体制が倒れるとは感じていない。
そして、その経済・社会システムや政治も圧力を織り込んでいる。経済封鎖や国境封鎖があっても耐えられる、あるいは体制は倒れない仕組みができている。
つまり、圧力をかけられても北朝鮮は痛痒と感じないのである。
■圧力は利用される
そして圧力は国内支配体制の安定化にも利用されている。これも対北強硬政策が意味を持たない理由である。
現在の支配体制・統治政策は「外敵に対抗するため」に正当化されている。米国、韓国、日本、いずれは中国による侵略から国を守るため、強力な指導力が必要とされ、強大な軍事力を維持する必要があり、経済的困難は辛抱しなければならない。現体制や政策はそのような論理により成立し、維持されている。
つまり、圧力をかけても北朝鮮支配体制を強固する効果しか産まない。準戦時体制であることを理由に、独裁体制や軍事力は強化される。その点では現体制を温存する結果となる。
当然ながら、圧力程度で対外関係の調整は図らない。最大のアキレス腱、食糧問題についても今の北朝鮮は一応なりとも解決している。かつてのように飢饉が発生する状態ではない。いま圧力を加えられても米中に腰を曲げる必要はないのである。
この点でも、圧力政策は意味がないものである。
■今まで以上に核と弾道弾を作る
最後が、むしろ核と弾道弾生産に傾倒する点だ。圧力は間逆な効果しか産まない。特に米国が圧力をかければかけるほど、北朝鮮は実戦力化を加速させ、多数を生産し配備しようとするからだ。
圧力政策は北朝鮮に「米国は核弾道弾をおそれている」といった確信を与える。北は「米国は本土への核攻撃をおそれている。だから圧力をかけ、やめさせようとしている」と認識している。そして、実際にはそれは誤りではない。
これは「核開発戦略は正しかった」ことを証明するものだ。核弾道弾を実用化し、さらに米本土を攻撃できるようにすれば米国は北朝鮮には手を出せない。また現体制も倒せなくなる。その目論見の正しさを示すものとしかならない。
結果、どうなるか? 北は核と弾道弾の開発・生産を今以上に急ぐ。核弾道の弾道弾搭載と弾道弾の米本土到達能力の証明ができれば、体制も指導者も絶対的に安泰となるからだ。
その点からすれば、圧力政策は全く適していないのである。
■資本主義の毒を飲ませるしかない
つまり、圧力では北朝鮮問題は解決しないということだ。効果が見込めないどころか体制を温存させ、核・弾道弾開発を促進させる効果しかない。
強制的に核・弾道弾開発を止めさせるなら、圧力ではなく実力行使しかない。北朝鮮核・弾道弾関連設備、さらには電力網・交通網をすべて吹き飛ばし、あるいは飢餓作戦により体制が倒れるまで餓死者をださせる。
だが、その選択肢はない。それは中韓日露は許容しない。むしろ妨害をするだろう。米国も人道上、膨大な民間被害が発生する攻撃は実施できない。
では、何ができるか? 一番確実な方法は資本主義の毒を飲ませることだ。経済援助で体制や国民士気を腐らせる。国民に贅沢な暮らしを求めさせ、あるいは一人一人にスマホを与えて体制を批判させることだ。
実際に中国はそれで俗化した。70年代末から80年代初頭は準戦時状態の締め付けが残っていた。だが80年代後半から他国同様に国民は拝金主義に走っている。反体制活動家は00年ころから公然出現しており、時期による緩和と締付のゆらぎはあるものの、特に華南ではほぼ自由報道も行われている。政府や党もその批判を無視できなくなっている。
北朝鮮も同じ効果が期待できる。経済援助は漢方薬のようなものだ。短期間的な効果は見込めないかもしれない。だが長期的にはその体質を改善させ、体制の病的部分を駆逐する。結果、北を馴致されるだろう。
ちなみに、北は東アジア最後の経済成長エンジンとなる。内容はともかく教育は充分なされており、儒教や旧日本支配の影響から勤労の精神は存在している。鉱物やエネルギーの一次資源は充分であり、海に面しているため安価な海上輸送が利用できる。この点でも援助手法は注目すべきものである。
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。