無料会員募集中
.政治  投稿日:2017/9/24

非常識な麻生氏武装難民射殺発言


                                                                                                                                                                                                                    

        文谷数重(軍事専門誌ライター)

【まとめ】

・麻生太郎副総理兼財務相が北朝鮮有事に関し「武装難民射殺するのか」発言で波紋広がる。

・実際は、武装難民に対し日本政府各機関は警職法(警察官職務執行法)の範囲で武器使用が可能。

ROERules of Engagement:交戦規定)を定めることで混乱なく実施できる仕組みがある。

 

この記事には複数の写真が含まれています。サイトによって表示されない場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=36307で記事をお読みください) 

 

麻生太郎副総理の「射殺」発言が問題となっている。朝日新聞によれば、麻生副総理は9月23日、宇都宮市の講演で、北朝鮮事変の際に日本に脱出した難民について「『武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない』と語った。」といったものだ。

意外なことに支持する意見も見られる。その中身は「現実に難民が武器を所持していた場合、どうするか?」といった問題意識を反映したものである。そのケーススタディーを考えるべきだとの内容である。根底には、難民がその武器を使用した場合、平和国家である日本はなにもできないといった発想がある。

だが、実際に日本は何もできないのだろうか?

そのようなことはない。仮に武器を使用したとしても現行法の体系で充分対処できるからだ。仮に難民が武器を指向、使用したとしても日本政府の各機関は警職法(警察官職務執行法)の範囲で武器使用が可能である。さらにその実施についてもROERules of Engagement:交戦規定)を定めることで混乱なく実施できる仕組みが揃っているからだ。

なによりも承知しなければならない点は、武器携行そのものは違法ではないという点だ。そして、携行しての脱出も大した問題とはならない。仮に難民が武器を持っていても日本領域内への侵入あるいは上陸時に放棄させればよいからだ。

挑戦戦争

写真)朝鮮戦争時、南方に避難する韓国国民 出典)U.S. Defense Department

■ 攻撃等は警職法により対処可能

まず最初に知るべきは、日本政府各機関は警職法により武器使用に対処できることだ。ちなみに警察官とあるが自治体警察だけが対象ではない。難民対処の場合は海上保安庁、海上自衛隊、自治体警察、税関、入管も職務執行に伴う武器使用には適用あるいは準用される法律である。

その規定により仮に難民が武器を使用しても対処可能となる。何もできないということはない。相手が鉄砲で射撃をしてきた場合、正当防衛および緊急避難の範囲でこちらも射撃が可能となる。また、相手が凶悪な犯罪を犯したと考えられる難民(例えば、漁船に対する海賊行為といったものだろう)が抵抗、逃走を試みようとした場合、やはり射撃可能となるからだ。

現に海保や海自はこの警職法で海賊対処をしている。アデン湾海賊対策での武器使用はこの警職法に依拠したものだ。

仮に、海賊並みに粗暴な難民が来ても対処できるということだ。

横浜海上1

横浜海上2

写真上・下とも)平成26年12月21日 横浜海上保安部により伊豆諸島・鳥島沖の日本領海内で違法操業していた中国のサンゴ漁船の船長を「外国人漁業の規制に関する法律」違反 (領海内違法操業)容疑で現行犯逮捕。出典)海上保安庁平成27年海上保安10大ニュース

もちろん、武器性は「警察比例の原則」の範囲内である。小火器には小火器程度の反撃となる。だが、仮に対戦車ミサイルやロケットランチャーを持ってきても海保と海自は対処できる。海保も20ミリ以上の機関砲をもっている。画像ロック可能であり、小型船は容易に沈める威力を持つ。

海自に至ってはそれ以上の大砲、3インチ、5インチ砲がある。その上、海上警備行動に備えて、命中しても木っ端微塵にしないよう炸薬を抜いた弾まで用意しているほどの準備をしているからだ。

ベトナムボートピーブル

写真)ベトナムのボートピープル (1975年4月30日のサイゴン崩壊により、数十万人のベトナム人が難民となり脱出した。)

出典)Vietnamese Boat People Monument – Westminster, California

■ 実務上も対処可能

さらに、その実施についてもROEで解決する。これは「交戦規定」といわれる軍隊固有のルールだが、それを海保や自治体警察、税関、入管に使わせることで射撃事件程度であればスムースに対処できるようになる。

簡単にいえば「どの場合はどの程度まで武器を使っていいか」を明示的に許可するリストである。

仮に、例として書くと次のような中身になる

【警戒レベル1の場合】

1 相手が拳銃の場合は危険が低いので先制発砲するな

2 拳銃以上の小火器の場合

 A 所持だけであれば武器を指向してはならない

 B 指向された場合、機関銃以下による対抗的な武器指向警告射撃が許可される

 C 自己に向けて単発射撃を行った場合、機関銃以下で反撃を許可される

 D 自己に向けて全自動射撃を行った場合、

   相手が射撃中にはすべての武器の使用を許可される

3 ロケットランチャー、対戦車ミサイルの場合

 2によるほか、自己に向けて発射した場合、すべての武器を使用と反撃が許可される

4 砲塔付の艦艇の脱出があった場合、停船を命じ上級部隊の指示を仰ぐこと。

だいたいはこういった形である。

このリストがあれば現場は混乱しない。撃つべきでない凶暴犯を撃つ必要はないし、過剰な武器使用も行われないためだ。

根拠法規となる警職法とROEによって、難民からの攻撃は処理できる。そういうことだその点で混乱するような中身ではない。

せっつ

写真)海上保安庁 巡視船 PLH07「せっつ」 第51回海上保安庁観閲式にて Photo by Sizuru

■ 武器そのものは問題とはならない

そして最後に付け加える点は、武器携行そのものはさほどの問題ではないことだ。

武器は日本入域に際して放棄すれば問題とはならない。日本領域外で武器を所持してもそれは犯罪とはならない。さらに日本権力下に入る段階で放棄させれば解決する話だからだ。海上で放棄させ、上陸時に再チェックすればよい。

そもそも、難民の武器は日本に向けられるわけではない。携行する必要があるとすれば、それは北朝鮮の官憲に抵抗するためであり、船内治安維持のためである。日本人に向けるためではない。

それを一律して、敵対行為であるかのように敵視するのは適切ではない。海保や海自、税関の艦船、上陸港に朝鮮語の通訳を用意する。人が足りなければ民団・総連に協力してもらってでも配置し、安全が確保された旨、日本の法律上の問題を告げればほぼ素直に放棄する。

むしろ、実務上の厄介は覚醒剤だろう。北朝鮮では覚醒剤を常用するとされている。特に難民となると船員や漁民は長時間の航海に耐えるために使用し、あるいはタバコ等と同様に一種の通貨として持ち込む可能性がある。

覚せい剤

写真)門司税関博多税関支署が摘発した覚醒剤 平成28年10月26日、犯則嫌疑者1名が韓国釜山から博多港に入国する際、覚醒剤を密輸入しようとしたところを入国時の税関検査で発見、関税法違反事件として摘発したもの。【犯則物件】覚醒剤 1,059.65グラム(末端価格7,400万円相当、薬物乱用者の通常使用量約35,300回分)出典)税関「各税関の摘発事件発表(平成29年)

正統な所持品と考えられると放棄は揉める。武器放棄は相手の権力下に入る象徴として理解できる。だが、嗜好品を捨てろとは理解され難いためだ。仮に全面禁煙の国に救助された時、ポケットを弄られてタバコを奪われたらどう感じるかといったものだ。その点で武器の放棄よりも厄介があるだろう。

さらには、上陸以降に関しても常用者の中毒症状やそれによる危険行動も問題となるだろう。

* 「麻生副総理『警察か防衛出動か射殺か』 武装難民対策」『朝日新聞デジタル』(2017年9月24日)http://www.asahi.com/articles/ASK9R6DCPK9RUTFK00J.html

トップ画像:麻生太郎衆議院議員 2009年1月31日 flickr : World Economic Forum


この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."