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.経済  投稿日:2016/2/17

こんなに違う「欧・米」の税制(上)〜消費税という迷宮 その2〜


  林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

「欧米か!」

という某お笑いコンビのギャグはいささか古くなったが、日本人がなにかにつけて「欧米では」と口にする傾向は、たしかにあると思う。

しかしながら、税制について論じる際に、これは禁句であると思う。頭をひっぱたく必要まではないが。

とりわけ消費税について言うと、ヨーロッパの多くの国が採り入れているのに対し、米国ではこのような大型間接税は採用されたことがない。「欧」と「米」は真逆なのだ。

もうひとつ、すべての道はローマに通ず、という格言は日本でも有名だが、消費税もその起源はローマに通ず、と言われたら、驚かれるであろうか。

事実である。古代ローマの初代皇帝アウグストゥス(在位紀元前27~紀元17)が導入した「100分の1税」こそが、現在は消費税、売上税、付加価値税などと呼ばれ、不特定多数の商品やサービスにまで課税する大型間接税の先駆けなのだ。

アウグストゥスは、あのユリウス・カエサルの養子で、カエサルの治世下で大いに膨張した軍団の維持費を確保すべく、すべての商人に売上の100分の1を課税することを思いついたのであった。つまりは税率1%であるが、広大なローマの領土、しかも前述の「すべての道はローマに通ず」という言葉に象徴される、インフラが整備された社会における商取引の全体に課税したのであるから、トータルでは莫大な税収がもたらされた。

実際にこの税制は、その覇権が揺らぎはじめる3世紀後半まで、ローマにとって主要な財源となったのである。しかしその後、中世の封建時代から、絶対王政が確立して行く過程では、王権と徴税権が一体で、ひらたく言えば全国から地代という形で直接税を徴収できたため、間接税の必要がなくなった。

さらにその後、一連の市民革命によって、現代ヨーロッパ社会の雛形が生まれてくるわけだが、これは、一般の市民に納税者意識というものが生まれたことを意味する。端的に言えば、大型間接税はタブー視されるようになってきたのだ。

しかし第一次世界大戦が勃発すると、主要な参戦国であるドイツ帝国やフランスにおいて、売上税が導入された。言うまでもなく戦費調達のためであったが、それでも税率は最高4%(第二次大戦中のナチス・ドイツ)に過ぎなかった。

そして第二次大戦後、ヨーロッパは統合に向かうわけだが、この過程で、市場統合による関税収入の激減という問題が起きたのである。読者ご賢察の通り、これを穴埋めする目的で、各国が売上税や付加価値税を導入した。

1970年代に入るとまた、ヨーロッパの多くの国々で社会民主主義が台頭し、充実した福祉のためには巨額の税収が必要だという考え方が認知されるようになる。高福祉・高負担の社会とも大きな政府とも呼ばれるが、これにより、10%台後半から20%台という高額の間接税が課せられることとなった。

英国では医療費が基本的に無料である。また、満60歳以上の国民は、年金の受給に加えて、公共交通機関が全て無料になるなどの恩恵に浴せる。博物館や美術館の多くは、最初から無料だ。

ドイツでは、大学まで学費が無料なので、お金のない家の子供でも、勉強ができれば医者や弁護士への道が開かれる。ベルギーの消費税率は25%に達し、食料品にも課税されているのだが、大声で不平を言う人は実は少ない。福祉が充実し、かつ税金の使い道についての情報公開が進んでいるからだ。

わが国において、消費税の導入が決まったのは、1988年12月24日のことである。もうじき30年になるわけだ。今や消費税を払う行為は、国民生活の中に完全に定着している。しかし、あえて一度立ち止まって、考えてみていただきたい。

消費税とは本来、少子高齢化社会の到来を見据えて、福祉の財源を確保すべく導入されたのではなかったか。だとすれば、この30年近くの年月において、わが国の福祉は多少なりとも改善されるか、少なくとも後退することがあってはならなかったはずだ。果たして現実はどうであろうか。

下に続く (全2回)


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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