イスラムと縁遠い日本 イスラム脅威論の虚構 その1
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・キリスト教社会のイスラム脅威論と一部ムスリムのテロ行為は表裏一体。
・日本でもイスラム信者が増加の一途。
・イスラムを正しく理解し、信者に寛容な社会を築くことがテロの抑止力となる。
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日本出身の大リーガーで、イラン人の父を持つダルビッシュ有投手は、ムスリムであるとも、すでに棄教したとも伝えられる。日本人読者になじみ深い名前で、イスラムに関わる人と言われると、まず思い浮かぶのは彼で、あと、元・朝日新聞記者で、定年退職後は『週間金曜日』の編集人となった本田勝一氏くらいなものである。
写真)ダルビッシュ有投手
出典)Flickr Keith Allison
この二人の対比は面白い。ムスリムになる条件とは、出生もしくは改宗とされているからだ。出生は読んで字のごとく、両親がムスリムであった場合、子供はムスリムとされる。
キリスト教のような洗礼はない代わり、幼い頃からクルアーン(コーランは英語読みの訛り)の言葉を教え込まれるので、当然ムスリムと定義される。前述のようにイラン人を父として生まれたダルビッシュ有投手は、まさにこのケースだ。
写真)コーラン
出典)Pixabay フリー画像
いま少し具体的に述べると、ムスリムの男性は、啓典の民と呼ばれるユダヤ教やキリスト教の信者(ゾロアスター教なども含むとする解釈もある)との結婚が認められるが、ムスリマ(女性形)、すなわちイスラム信者の女性は、異教徒の男性と結婚してはならず、男性が改宗しなくてはならない。
どう考えても男女平等でなく、現代の欧米社会においてイスラムが敵視される傾向にある、ひとつの理由がこれだとも言われるが、この問題については稿をあらためる。
ただし最近の傾向として、イスラム圏の出身者でも、教育程度の高い層はリベラルな考え方をするようになり、結婚や子供の教育については、旧来の考え方に固執しない人が増えているようではある。ダルビッシュ有投手の父上の人となりは存じ上げないが、そもそも息子をムスリムとして育てていない可能性もゼロではないと思う。
もうひとつの改宗だが、イスラムの世界観では、前述のムスリムの両親から生まれた子供以外は、無神論者も含めて異教徒なので、そもそも「入信」という概念がないらしい。
本多氏は『アラビア遊牧民』という著作のためにかの地を取材した際、イスラムの教義への関心を深め、改宗に至ったと自ら述べている。
写真)アラビア遊牧民 (朝日文庫) 文庫 – 1984/11
出典)amazon
氏も会員であるという、宗教法人日本ムスリム教会のホームページには、改宗の手続きが述べられているが、二人以上のムスリムを証人としてシャハーダ(信仰告白の句)を唱えれば、それで改宗したと認められるそうだ。
このように改宗した日本人ムスリムがどれくらいいるのか、あれこれ検索をかけてみたのだが、よく分からなかった。ただ、公式フェイスブックのフォロアー数が、2018年1月の時点で3438人にとどまっているので、さほど大きな組織でないことは確実である。
その一方で、中東諸国やアジアのイスラム圏(バングラデシュやインドネシア)からの移民が増える昨今、日本国内のイスラム信者の数が増加の一途をたどっていることも、また事実だ。もちろん、欧米に比べれば絶対数・増加率ともに格段に少ない。
イングランドでは、同地で生まれた二世・三世を含めたイスラム系住民の数が、そろそろカトリックを凌駕し、イスラムが英国国教会に続く二番目に信者の多い宗教になるだろうとさえ言われている。
ニューヨークでは、イエローキャブとして有名なタクシーの運転手のうち、今やおよそ80パーセントを、中東系移民のムスリムが占めているそうだ。こうした背景もあり、欧米では近年「イスラマフォビア=イスラム恐怖症」と呼ばれる現象が広まり、深刻な差別問題に発展しつつある。
9.11=2001年9月11日に米国で発生した同時多発テロ事件がきっかけだと見る向きが多かったが、実際には1990年代からこうしたことが言われていた。旧ソ連ではもう少し早く、1980年代からイスラム系の人口増加が著しいことを背景に、将来のイスラム化を憂える声があった。
日本に話を戻すと、憲法で信教の自由が保障されており、行政が宗教について調査することはないわけだが、推計で国内のムスリムは5万人くらいとも8万人ほどだとも言われている。
写真)東京ジャーミイ
出典)photo by Wiiii
今後、欧米でイスラム過激派によるテロが繰り返されたような場合、日本にも差別感情のバイアスがかかった「イスラム脅威論」が伝播しないとも限らない。
詳しくは本シリーズを通じておいおい述べて行くが、欧米キリスト教社会におけるイスラマフォビアの問題と、一部のムスリムがテロ行為に走る問題は、表裏一体なのである。
言い換えれば、我々日本人ができるだけイスラムを正しく理解し、その信者たちにも寛容な社会を築いてゆくことが、テロへの抑止力ともなり得るのだ。
トップ写真)メッカのカーバ神殿
出典)Flickr photo by Al Jazeera English
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。