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.政治  投稿日:2018/4/20

イラク日報隠蔽問題の本質


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

【まとめ】

空自イラクPKO日報隠蔽問題、本質を掴んでいない報道が多い。

自衛隊は日報を1年で破棄しているというがあり得ない。

防衛省や自衛隊は機密以外の情報は原則開示の体制構築が必要

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=39534でお読みください。】

 

陸自のみならず、空自のイラクPKOの日報の隠蔽が大きな話題になっているが、本質を掴んでいない報道が多い。

自衛隊は日報を1年で破棄しているというがあり得ない。そもそもこの種の日報はPKOの基礎的な資料であるだけではなく、次に行うPKOの重要な資料でもある。軍隊の常識でいえばこれらの資料を破棄することはあり得ない。これは複数の中央即応集団司令部勤務経験者も明言している。つまり自衛隊内部で保存されていることが当たり前で、それがどこにあるかもはっきり分かっていたはずだ。それが今頃「発見」されるなどあり得ない話だ。恒久的に保管されるのが常識だ。

仮に日報の類いを組織的に抹殺したのであれば、軍事組織としては全くのアマチュアであると言ってもいい。自衛隊は軍隊ではなく、単なる行政機関だからという言い訳は通用しない。

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▲写真 イラク人道復興支援活動・浄水場の施工状況を確認する隊員 出典 防衛省 陸上自衛隊公式HP

恐らく自衛隊はその重要性を理解している。日報は部隊や旧中央即応集団司令、あるいは研究本部などに保存されており、陸幕に提出したものは「破棄」しても、部隊に残しておく。「破棄」したことにすれば外部に公開する必要は無い。そのようして政治家や、国民などの「身内以外」の外部を騙して構わないというモラルハザードが蔓延しているのだろう。防衛省、自衛隊の情報開示に対する姿勢は民主国家の国防省、軍隊よりも独裁国家のそれに近い。

廃棄されているのは日報だけではない。複数の医官がイラクPKO参加隊員の当時のカルテは個人情報保護のためと称して破棄されている可能性が高いという。軍隊では戦時平時を問わず、将兵のカルテは衛生の基礎資料となるのでまず破棄しない。例えば第一次世界大戦の戦死者の研究などにこれらのカルテは必要不可欠だ。防衛省あるいは自衛隊がこれらのカルテを破棄したのであれば極めて奇異である。イラク派遣後に少なく無い派遣隊員が爾後に自殺をしているが、そのような因果関係を調査するための基礎資料を「証拠隠滅」のために破棄したと疑われて仕方あるまい。

ただ防衛省、自衛隊だけを責められない点もある。これらの問題には国会で秘密会議が開催できないことも関係している。委員会などに提出した資料がダダ漏れするのは国会の常識だ。法的に秘密会議が開催できないことはないが、秘密漏洩の処罰が軽く、実際に機能しておらず、このため殆ど秘密会議が開かれることはない。特に防衛や外交で秘密会議が開催できないことは大きな問題だ。日報も機密指定して、秘密会議で議論ができる体制にしておくべきだった。秘密会議が開かれないことは政治の怠慢であるといっていい。

だからといって、防衛省や自衛隊の情報開示の体制を正当化することはできない。彼らは保存されるべき資料の重要性を認識しておらず、また外部の人間は容易に騙せると高をくくっている節がある。その外部の「身内以外」の人間には防衛大臣以下の副大臣、政務官のみならず、事務次官や幕僚長までも含まれる。

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▲写真 富士総合火力演習を視察する小野寺五典防衛大臣 出典 防衛省 自衛隊

トップを騙すいくつかの例を挙げよう。東日本大震災に置いて、メルトダウンを起こした福島第一原発を陸自の保有するヘリ型UAV(無人機)、FFRSによる観測が試みられたが、飛行計画まで作ったが観測は行われず、代わりに民間のフジインバック社の固定翼UAV、B型が使用された。

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▲写真 フジインバックB2 出典 UAV の安全性について(第57回自動制御連合講演会)

この件に関しては当時の防衛事務次官はキャップクラスの防衛記者クラブの記者たちにその理由を「FFRSの搭載カメラの稼働角度が不十分だったため」と説明した。だがこれは事実では無い。フジインバック社の田辺社長は筆者に対して「当社のB型なんて固定カメラですよ」と明確に否定した。実際に後に国会質問で、防衛省はFFRSが飛ばなかったのは信頼性が低かったからだと答弁している。

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▲写真 陸上自衛隊新無人偵察機システム(FFRS)無人機(MA02号機) 出典 クリエイティブ・コモンズ

陸自は東日本大震災後に個人用のファースト・エイド・キットである「個人衛生携行品」を遅ればせながら導入した。イラク派遣部隊はファースト・エイド・キットすら持たされていなかったということになる。ところが防衛省は発表していなかったが、国外用(PKO用)と国内用があった。これは筆者が君塚陸幕長時代に記者会見で質して明らかになった。

「個人衛生携行品」PKO用はポーチ込みで8アイテム、対して国内用はポーチ込みで、止血帯、包帯各1個の3アイテムと非常に貧弱だ。対して米陸軍のIFAK IIはアイテム数が20個と充実している。個々の内容物もより実戦的だ。

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▲写真 個人携行救急品 出典 平成28年度 防衛省行政事業レビュー外部有識者会合

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▲写真 米陸軍のIFAK II 出典 U.S.ARMY

この「個人衛生携行品」、特に国内用が貧弱な件について当初陸幕は、国内は病院が多くあるので問題ないとしていた。だが止血は米軍では通常1分以内に行うように指導している。出血多量で死んだ隊員を病院に担ぎ込んでも生き返らない。

その次の岩田陸幕長時代も筆者はこの問題を追及したが、2016年に中谷大臣、岩田幕僚長は、国内用「個人衛生携行品」は有事に際して全ての隊員にではないが、内容物を補填する計画があると説明した。これは衛生部の説明と同じだが、備蓄はなく、業者の流通在庫を当てにしているという。だがそんなものは「計画」ではない。

しかも当の複数の業者に確認したがそのような話は聞いたことがないと断言した。つまり陸幕衛生部は大臣や、幕僚長を騙して嘘の説明をさせたことになる。これには内局の衛生監も関わっていた疑いがある。いずれにしても組織ぐるみでトップを騙していたことには変わりがない。

そして、平成29年度の補正予算で、陸自はこっそりと国内用の「個人衛生携行品」のアイテムの補充を行っている。

防衛省、自衛隊の隠蔽体質は極めて陰湿であり、内向きだ。筆者は「防衛破綻」(中公新書)を2010年に上梓した。これについて陸自の装備調達の要である陸幕装備部が内部資料としてこの本の「正誤表」を作成した。

筆者はこの「正誤表」の一部分を入手した。ところが正誤の「正」の指摘が間違いだらけだったのだ。恐らくはウィキペディア、下手をすると素人のブログや「2ちゃんねる」あたりを参照としたとしか思えない内容で、軍事のプロによるものとは信じられない内容だった。

【参考:自衛隊の情報源はウィキペディアや2ちゃんねる?(その1その2)(その3

そこで陸幕広報室を通じて抗議を申し入れた。その結果54カ所の「正誤」の指摘の内、誤りは3カ所だけだったと広報室から謝罪があった(だが、そのうち2カ所は単に国交省との見解の相違であった)。その時に正誤表の全文を公開することを求めたが、拒否された。

その後2013年、この全文を公開することを小野寺大臣に記者会見で求めた。当時は特定機密保護法成立以前であり、機密でも何でもない、ウィキペディアあたりを参照にした文書すら公開しないのであれば、特定機密保護法が成立したら防衛省、自衛隊の秘密主義は一層悪化すると思ったからだ。

ところが内局の辰巳報道官はこれが内部文書であり、情報公開の対象では無いからという理由で公開の要求を退けた。現在のイラクや南スーダンの日報問題は当時の筆者の心配がまさに現実だった証左と言えるだろう。

このような胡乱な内部文書の公開を拒否したということは作成者及び、その上司も処罰をされなかったということだろう。この文書は関係する各部署にばらまかれていたが問題とならなかったようだ。だれもおかしいと思わなかった、思っていても黙っていたということだ。

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▲写真 陸上総隊の司令官旗授与式等に出席した小野寺大臣(2018年4月) 出典 防衛省・自衛隊

恐らくは現在も防衛省や自衛隊ではウィキペディア等の怪しげなソースを参照にした、怪しげな書類が作成され、それに基づいて装備の調達や政策が策定され、また政治家に対する説明が行われている可能性は否定できない。この件で文書を公開して、関係者の処罰を行っていればそれが防げただろう。

これが防衛省、自衛隊の情報公開に対する態度である。これを助長しているのが実は記者クラブだ。我々フリーランスの記者などを記者会見は勿論、多くの取材機会から排除している記者クラブは国民の知る権利を阻害しており、むしろ国民の知る権利から当局を守るバリアーとなっている。筆者が一時期記者会見に参加できたのは外国のプレスの代表として外務省のプレスパスを持っていたからだが、やり過ぎたせいか2016年以降更新されなかった。

この「正誤表」の問題で防衛省を庇おうとした記者がいる。当時のNHK記者クラブキャップの鈴木徹也記者である。会見後、鈴木記者は筆者のこの質問を個人的な質問だ、このような質問をするなと恫喝した。ことの詳細は以下のリンクを参照されたい。

『記者クラブ』というシステム〜防衛省大臣記者会見後で非記者クラブ会員に圧力をかけるNHK記者の存在その1)(その2

【続報】「皆様のNHK」の誠意に疑問〜問題が発生したら無視を決め込む公共放送は許されるのか。(その1)(その2

記者クラブは会見で、具体的な証拠を突き付けて、大臣や幕僚長が回答に困るような質問をしない。そのような質問をすると後で意趣返しされることがあるからだ。つまり官側と持ちつ持たれつのなれ合いの質問しかしない。更に申せば軍事の知識があるわけでもなく、単に防衛省の担当として張り付いているだけだ。

このような事案を防ぐためには、まず国会で秘密会議を開催できるような体制を作ることが重要だ。併せて防衛省や自衛隊には機密以外の情報は原則開示するという情報開示の体制の構築が必要だ。

また、今回の件に関わった関係者の処分を厳正に行うべきである。懲戒解雇や降格も含めて厳しい処分を行うべきだ。そうでないとモラルハザードを引き起こす。また併せて、本来権力を監視するための記者クラブが当局を守るバリアーとなっている現状を変えるために、フリーランスや雑誌などの専門記者を含む外部のジャーナリストに記者クラブを開放するべきだ。

トップ画像:陸上自衛隊 出典 陸上自衛隊 第一師団


この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

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清谷信一

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