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.国際  投稿日:2018/6/24

ロヒンギャ族の知られざる顔


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・世界に6850万人の難民、ロヒンギャ族約70万人も。

・アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)によるヒンズー教徒虐殺の情報も。

・ロヒンギャ問題に対するアウンサンスーチー顧問の姿勢に批判。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40611でお読み下さい。】

 

6月12日は国連総会が制定した「世界難民の日」である。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると2017年末時点で世界には6850万人の難民と言われる人々が母国やもともとの居住地を離れて不自由な生活を送ることを余儀なくされている。

2017年に新たに国内外で避難を余儀なくされた人々は1620万人に上り、東南アジア地域ではミャンマーの少数派イスラム教徒のロヒンギャ族約70万人がバングラデシュに逃れ、難民生活を送っている。ロヒンギャの人々は、昨年8月にロヒンギャの武装組織がミャンマー警察の施設を襲撃した事件をきっかけにミャンマー軍の掃討作戦で暴行、放火、略奪、殺害という人権侵害を受け、国境を越えてバングラデシュに逃れ、難民となった。

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▲写真 Cox’s Bazarの近くに広がるKutupalong難民キャンプ 2017年11月25日 flickr : DFID – UK Department for International Development

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▲写真 Kutapalong Refugee Camp in Bangladesh 2016年12月22日 出典:Maaz Hussain (VOA)

国際社会はミャンマー軍による過剰な人権侵害を厳しく指弾「民族浄化」作戦であるとしてノーベル平和賞受賞者であるミャンマーの実質的国家指導者、アウンサンスーチー国家最高顧問兼外相に「ノーベル賞を返上せよ」と迫るなど非難が集中している。

しかし、難民問題のきっかけとなったロヒンギャ族の武装集団の詳細についてはなかなか事実関係が伝わってこないが、同集団は別の少数民族であるヒンズー教徒の村を襲撃、村人をイスラム教徒からみて「異教徒」であるとの理由で虐殺していたことがわかった。さらにバングラデシュの難民キャンプ内でもこの武装集団への賛否を巡る意見の対立から衝突や暴力事件まで起きているという。

こうしたロヒンギャ族の実態、特に武装集団の動きについてはほとんど報道されていないのが現状だ。

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▲写真 アウンサンスーチー国家最高顧問兼外相 出典:アウンサンスーチーFacebook

 

 ヒンズー教徒を異教徒として殺害

国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は5月23日、ロヒンギャの武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」が2017年8月25日にラカイン州北部マウンド-郊外の村でヒンズー教徒の女性や子供を含めた99人を虐殺していた、との報告書を公表した。この日はミャンマー警察施設がARSAによって襲撃された日でもある。

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▲写真 ARSAのロゴ 出典:twitter : @ARSA_Official

報告書によると黒装束のARSAメンバーはヒンズー教徒多数が住むカ・マウン・セイク村にナイフや鉄の棒で武装して侵入、住民を後ろ手で縛り、目隠しをして村の一角に集め装飾品などを奪った。その後イスラム教に改宗することを約束した16人を村外に連れ出し、残ったヒンズー教徒男性20人、女性10人、子供23人(内14人は8歳以下)の計53人の喉を切るなどして次々と殺害したという。付近のバウ・キャル村でも同日女性子供を含むヒンズー教徒46人が行方不明になっており、ARSAによって虐殺されたとアムネスティではみている。

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▲写真 ミャンマー・マウンド―で警戒するミャンマー警察 2017年9月21日 出典:Steve Sandford (VOA)

虐殺を逃れ、バングラデシュにたどり着いた生存者などによると、ARSAは「お前たち(ヒンズー教徒)は仏教徒(ミャンマーの多数派)と同じ異教徒であり、我々と共に暮らすことはできない」とロヒンギャ語で話をしていたという。さらにイスラム教への改宗を約束して解放したヒンズー教徒には「何か聞かれたらミャンマー国軍に攻撃されたと言え、さもないと殺す」と脅迫したという。

 

 一向に進まないロヒンギャの帰還事業

バングラデシュ東部のコックスバザールにはロヒンギャ族のための難民収容施設が設けられ、バングラデシュ政府や国際社会からの援助に支えられ避難生活が続いている。

ミャンマーとバングラデシュ両国政府による難民帰還プロセスも始まり、第一陣は帰国したものの、定住地域が制限され移動の自由が保証されなかったり、住民登録手続きが煩雑過ぎたりするなど問題点も多く、帰還は一向に進んでいないなにより「戻れば再びミャンマー軍による人権侵害が心配」というロヒンギャ族の心理的要因も大きいとされている。

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▲写真 Cox’s Bazar近くに広がるKutapalong 難民キャンプのロヒンギャ民族の男性(2017年11月25日)flickr : DFID – UK Department for International Development

一方で同じラカイン州に住むヒンズー教徒たちの間からは「ARSAによる虐殺の真相も解明されておらず、この状態でロヒンギャには戻ってきてほしくない」と懸念の声が上がっているとされ、状況は複雑化しているのが現実だ。

そのコックスバザールの難民キャンプでは意見の対立するグループ同士による衝突で負傷者が出る事態も起きている。現地からの情報では「ARSAの支持派と反対派」の対立が背景にあるという。

アウンサンスーチー顧問は国際社会の批判も関わらず、ロヒンギャ問題で一歩も譲らない姿勢を続けている。その背景にはARSAという武装組織の存在とそのミャンマー治安組織や「異教徒」のヒンズー教徒さらにはロヒンギャ族の穏健派に対する残虐な攻撃、行動を許さないとの強い意志があるためとみられている。

多数派の仏教徒、さらに強い発言力を維持している国軍への配慮だけではなく、こうした現実を踏まえた上でロヒンギャ問題に対するアウンサンスーチー顧問の姿勢は論じられるべきだろう。

 

【訂正】2018年6月25日

本記事(初掲載日2018年6月24日)を下記のとおり訂正致しました。

誤:アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)によるヒンズー教徒虐の情報も。

正:アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)によるヒンズー教徒虐殺の情報も。

 

トップ画像/ロヒンギャ族の難民 35歳の母親と子供 2017年11月25 flickr : DFID – UK Department for International Development

 

 

 


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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