ASEANでスー・チー氏四面楚歌
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ロヒンギャ族への対応巡り、ASEANでスー・チー氏批判噴出。
・「恐怖へのトラウマ」でロヒンギャ族帰還事業スタートで頓挫。
・スー・チー氏への賞が次々と撤回。ミャンマーへの厳しさ増す。
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シンガポールで開かれていた東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の一連の会議で、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相が会議参加各国の首脳らから少数イスラム教徒ロヒンギャ族に対するミャンマー政府、軍、治安当局による人権侵害問題で厳しい指摘、批判を受け、苦しい立場に立たされた。内政不干渉が原則のASEAN加盟国や他国の人権問題には厳しい姿勢の米政府などから次々と飛び出した「ミャンマー批判」にスー・チー顧問はまさに「四面楚歌」の状態で、普段は絶やさない満面の笑顔を見せることはほとんどなく、トレードマークの鮮やかな生花の髪飾りだけが輝いていた。
シンガポールではASEAN首脳会議、ASEAN加盟国首脳に日米露中韓などの首脳も加わる東アジアサミット(EAS)、ASEANビジネス投資サミットなどが11月12日から15日まで開かれた。ASEAN首脳会議では加盟各国のうち、イスラム教国であるマレーシアのマハティール首相、世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアのジョコ・ウィドド大統領などからロヒンギャ問題への言及が相次ぎ、ミャンマー政府の姿勢に厳しい言葉が発せられた。
このうち歯に衣を着せぬ直言居士でもあるマハティール首相は会議の席や会見で「ミャンマーのロヒンギャ族への対応には憤りを覚える」としたうえで「こうした行為は古代には正当化されたかもしれないが、現代では許されない」「スー・チーさんには非常に失望している」「スー・チーさんは元政治犯としてロヒンギャ族が受けている苦痛を理解するべきである」と、ロヒンギャ問題での人権侵害を黙認しているかのような姿勢を厳しく指弾した。
タイのプラユット首相は厳しい批判の言葉は避けながらも「ASEANとして建設的にロヒンギャ問題に関わる必要性がある」と、加盟各国に訴えた。
▲写真 予防接種を子供に受けさせるロヒンギャ難民(2018年1月17日 )バングラデシュのクタパロン難民キャンプ 出典:DFID – UK Department for International Development(Photo by RusseRussell Watkins)
■ 米副大統領は「理由のない暴力」と指摘
11月14日にスー・チー顧問との首脳会談に臨んだマイク・ペンス米副大統領はロヒンギャ問題に触れて「理由のない暴力であり、迫害である。加害者に対する責任追及に関して進展があることを望む」と、米政府の姿勢を伝えた。会談に臨んだスー・チー顧問は愛想笑いをわずかに浮かべただけで、終始硬い表情を崩すことはなかった。
ペンス副大統領の指摘に対して、スー・チー顧問は「人はそれぞれ異なった意見を持つが、大事なことはその異なった意見を交換して、相互に理解しようとすることだ」「ミャンマーのことは他のどの国より私たちが熟知している。それは米国のことに関し、ペンス副大統領が誰よりよく知っていることと同じである」などと一般論のきれいごとで返答しただけで、米側や報道陣を落胆させた。
スー・チー顧問はASEANの会議では「国際社会の(ロヒンギャ問題への)懸念は分かっている。ミャンマーは問題の解決に取り組んでいる」と説明して理解を求めた。
▲写真 ペンス米副大統領と会談するスー・チー氏(2018年11月14日 シンガポール)出典:Myanma State Counsellor Office Homepage
■ ロヒンギャ族の帰還計画つまずく
スー・チー顧問がシンガポールで繰り返した「問題の解決に取り組んでいる」とは、ロヒンギャ族の約70万人が難民となって逃れた隣国バングラデシュ政府とミャンマー政府の間で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の仲介で進む「帰還事業」が11月15日から本格化することが念頭にあったのは間違いない。
しかし、この帰還事業の第一歩が頓挫してしまった。最初の帰還を予定していた30家族、150人のロヒンギャ難民がミャンマーへの帰還を拒否してしまったためだ。
難民からは「ミャンマーに帰っても安全が保障されている訳ではない」「市民権も得られない状態では戻りたくない」との声が出ており、UNHCRによる一日150人という帰還計画はスタートから問題に直面してしまった。
UNHCRの担当者はミャンマー外務省関係者と事態打開策の協議に入っているが、帰還を告げられたロヒンギャ難民が「恐怖でパニック」になるほどのトラウマがあることから、帰還事業は今後も困難を極めることが確実視されている。
■ 賞の撤回も追い打ち
こんな中11月12日には、国際的な人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は、2009年にスー・チー顧問が自宅軟禁状態にあった際に「その年に人権活動で最も活躍した個人」として贈った「良心の大使賞」を撤回することを発表した。
アムネスティでは「我々はスー・チーさんが希望と勇気、朽ちることのない人権擁護の象徴ではなくなってしまったことに深く失望している」と撤回理由を明らかにしている。
スー・チー顧問を巡っては欧米を中心に「ミャンマー民主化運動の旗手」として授与された名誉市民称号などが次々と撤回され、ノーベル平和賞(1991年)の撤回を求める声さえも国際社会ではでている。
11月14日、ASEANは首脳会議の議長声明でミャンマーのロヒンギャ問題に関し「帰還事業でミャンマーを支援する用意がある」とロヒンギャ族のスムーズな帰還への期待と支援の方針を示した。しかし、その翌日の15日に帰還第一陣が帰還を拒否したことで、ASEANのミャンマー政府に対する対応も今後さらに厳しいものになる可能性も出てきている。
トップ画像:ASEAN首脳会議でのミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相(左から2人目)2018年11月11-15日 出典:ASEAN SINGAPORE 2018 ホームページより
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。