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.社会  投稿日:2018/10/11

利権と化した五輪なら、いらない スポーツの秋雑感 その1


 

林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・猛暑期の五輪開会はスポーツ「夏枯れ」でTV放映権に高値がつくため。

・選手やボランティアを熱中症の危険にさらす日程は大会の趣旨に反す。

・主催者側に五輪を利権ととらえる者は1人もいないと言えるか。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42438でお読みください。】

 

本年10月8日は「体育の日」であった。ある年代以上の読者はご存じであろうが、もともとは10月10日と決められていたものが、2002年に、世に言うハッピーマンデー法が成立し、10月の第2月曜日と変わって、いわゆる移動祝日となった。連休を増やすための方便である。

もとはと言えば1964年の東京オリンピック(以下、五輪)の開会式にちなんで、1966年より国民の祝日と定められたものだ。どうして1964年東京五輪が10月10日に開会式を迎えたのかと言うと、統計上、この日が1年でもっとも降水確率が低い、つまりは雨中の開会式となるリスクが低いと判断されたからであると言われてきた。

しかし、今回この記事を書くために色々と調べてみたところ、上記のような確たるデータは存在しないことが分かった。秋雨前線が去った後で、統計的に雨が少ないといった程度の、アバウトな話であったらしい。ただ、スポーツをするのに適した涼しい季節であることは確かで、スケジュールの決定に際して気候が大きく関係していたことは、まず間違いないだろう。

ご承知のように、2020年には2度目の東京五輪開催となるが、これにともない、その名も「スポーツの日」と改められ、開会式当日=7月24日(金曜日)に移行する。さらには、7月の第3月曜日と定められている「海の日」も、特例措置として23日の木曜日に移動するので、土日を合わせた4連休となるそうだ。

五輪を盛り上げようという努力の表れだと評価はできるが、猛暑の中で開催して、選手やボランティアは大丈夫か、といった心配の声は、ついに無視されるままとなった。

▲写真 五輪開会式は猛暑の時期 出典:flickr(Takashi Hososhima)

たしかに現在、五輪の開会式は7、8月に行われることが多い。たとえばロンドン五輪は2012年7月27日(現地時間)に開幕した。しかし、私はあの街で暮らしていたのでよく知っているが、7月のロンドンは日本で言えば初秋の気候といった感じだ。なにしろ北緯51度。日本列島の最北端よりもだいぶ北で、サハリン島の真ん中あたりの街なのである。夏など、夕食を食べ終えても(午後8時近く)まだ外が明るく、一方、冬になると午後3時には車がヘッドライトをつけて走っていた。

▲写真 ロンドンスタジアム 2012年7月27日開会式 出典:Alexander Kachkaev

その前の北京五輪も8月に開催されたが、これは理由があってのことだ。

中国や韓国では、8というのが大変に縁起がよい数字とされているので、2008年8月8日午後8時からの開会式となったのである。

わが国でも漢数字の八は「末広がり」と言ってありがたがられていたが、昨今では「ラッキーセブン」の方が浸透しているように思われる(パチンコのおかげか……笑)。それで2020年の東京五輪は7月に開幕と決まったのだ、というのは今思いついた冗談で、本当は、この時期がTV放映権にもっとも高値がつくからであるらしい。

これが10月ともなると、まず日米ともに野球がクライマックスを迎えるし、ヨーロッパでは、おおむねどこの国でもサッカーのリーグ戦が秋から翌春にかけての開催となるため、ちょうど開幕戦の時期となる。そうしたわけで、五輪の中継をしても視聴者が分散してしまい、数字が伸び悩むリスクが大であるとされ、放映権料を売るにしても高値でとは言えない。

この点、スポーツ界も「夏枯れ」となる7、8月であるならば、欧米ではバカンスで自宅やリゾート地にいる人が多いという事情もあって、数字が見込める。したがって放映権も高値で売れる、というわけだ。そうまでして金をかき集めねばならないほど、五輪の開催というのは経済的負担が大きいものなのか。直接的な答えは、イエスでもありノーでもある、ということになる。

そもそも東京への五輪誘致に成功したのは、強固な財政基盤や治安の良さをアピールできたからであり、巨額の投資や工期の問題もクリアできるだろう、との評価を得たからではなかったのか。逆に言えば、巨額の費用を要するイベントであることは、最初から分かっていたことだ。

しかしながら、東京にはもともと整備されたインフラがあるので、国民の負担にならないレベルの「コンパクトな大会」が実現できる、とアピールしていたことも、忘れてはならないだろう。

TV放映権を高く売るために、選手やボランティアを熱中症の危険にさらしてもよいと言わんばかりの日程を組むのは、大会の趣旨に反していると言わざるを得ない

しかも、そうして稼いだ金は、一体どこに還元されるのか。大会組織委員会のホームページによれば、開会式のチケットは1万2000円から30万円くらいで売り出される見込みだという。入場料を安く抑えて、その分を放映権料などで稼ごうという考えでないことは、まず分かった。

そして、相当な数のボランティアが必要となるわけだが、前述の猛暑の問題などもあって、思うように人手が集まらないことから、最近、交通費を支給することに決まったという。その額、1日1000円。一方で、組織委員に名を連ねている「名士」ともなると、2400万円もの報酬が支払われると聞く。

お国のためだからタダで働け、などとまで言うつもりはないが、公務員給与なみの常識的な額にまで切り下げて、浮いた分を熱中症対策に回したり、遠方から手助けに来るボランティアに対しては、せめて実費くらいは支払っても、バチは当たらないのではないか。

無償で働くことをボランティアと言うのだと思っておられる向きもあるやも知れぬが、それは違う。自ら名乗り出て仕事をする、という意味で、志願兵も英語ではボランティアと言うのだ。いずれにせよ、巨額の費用を要する東京五輪は、その分、一部の人々にとって巨額の利権が生じることに他ならない。

折から、築地市場がいよいよ豊洲に移転したニュースが流れた。ご案内の通り、五輪のための道路整備などが移転の眼目である。その豊洲の土壌汚染問題が表面化した時に私は、「食の安全を犠牲にしてまで開催せねばならない東京五輪など、いっそ返上してしまえ」と主張した。今もこの主張を変えるつもりはないし、主催者側=組織委員会に、五輪を利権ととらえるような人間が一人でもいるのであれば、「参加する意義が一体どこにあるのか」と言わざるを得ないのだ。

トップ画像:東京五輪開催まで2年を切った。写真は東京タワー 出典 flickr(by t-mizo)


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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