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.社会  投稿日:2018/12/9

バチカン、依存症問題解決に本腰


田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)

【まとめ】

バチカンが「薬物と依存症」という国際会議を主催。

合法化を検討しようというのが現在の世界の潮流.

・教皇、バチカンに依存症部門を作る意向。

 

【注:この原稿には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合、Japan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43163でお読みください。】

 

日本では全く話題になっていないが、2018.11.292018.12.13日間、バチカンが「Drug and Addictions(薬物と依存症)」という国際会議を主催した

これは2013年より就任されたフランシスコ ローマ教皇によりバチカンに新設されたIntegral Human Developmentという部署が企画したもので、特に社会的に弱い人達に心を寄せたいという教皇の意向を反映したものと思われる。

会議は、ヨーロッパはもちろんのこと、北米、南米、オセアニア、アジア、アフリカからおよそ500名の参加があり、文字通り国際的な会議となった。テーマの中心は薬物依存症問題であったが、薬物以外にも、インターネット、SEX、ギャンブルの依存症が取り上げられた。ありがたいことに、バチカンが日本のトピックとして「ギャンブル依存症」を選んで下さり、そのスピーカーとして私が任命された。突然のことで驚いたが、このような経緯でバチカン主催の国際会議に出席する機会を得たので、今回はこの国際会議についてレポートしたいと思う。

会議は大別すると、「薬物をめぐる法的な問題」「薬物以外の依存症問題」「予防教育と回復への取り組み」という3本柱で構成された。スピーカーが選出された国は、オーストリア、ポルトガル、イタリア、台湾、アイルランド、日本、アメリカ、インド、スペイン、ウガンダ、ペルー、スウェーデン、ブラジル、アルゼンチン、ガーナ、フィリピン、オーストラリアの17カ国であった。参加国の全ては把握しきれていないが、スピーカー国以外に韓国やスワジランドなどの参加者とも出会うことができた。

会議は、国連の機関の一つであるUNODC(united nations office on drugs and crime 国連薬物・犯罪事務所)のオーストリア支局長より最近の薬物を取り巻く現象と、国際条約に関する報告から始まった。

これら「薬物をめぐる法的な問題」のセッションで最も関心を集めたのは、大麻合法化問題についてであった。日本でも、話題となったのでご存知の方も多いかと思うが、2018年10月17日にカナダで嗜好用大麻が解禁となった。これまで嗜好用大麻を解禁しているのは、南米ウルグアイと米国ではカリフォルニア州他9と首都ワシントンD.Cであったが、カナダは先進国初の国をあげての試みということで賛否両論が今も渦巻いている。

▲写真 大麻草 出典:pixabay; chrisbeez

またポルトガルでは、合法化ではなく「非犯罪化」がすすめられ、違法薬物の少量の所持や使用は、刑罰で罰し刑務所へ入れるのではなく、治療に繋げるという方針がとられ、大きな成果をあげている。

この度の会議では、登壇者のうち特にヨーロッパの薬物政策を取りまとめている機関の代表者が合法化に賛成の姿勢を示し、「ただ合法化するのではなく、バランスアプローチ=総合的な取組みが大事。」と答えた。

このあたり一般の方々には分かりにくいと思うので、私なりの解説を少し加えたい。合法化賛成派は、非合法化では依存症問題は解決しないことと、非合法化によるデメリットも大きいと考えている。例えばこの後、台湾の医師が、国内とアジアの薬物問題に触れたのだが、アジア諸国の中で、「日本は最も多くの薬物が規制されており、規制の少ない台湾や中国では薬物問題で病院に運ばれてくる人が多いが、日本では病院に入院する人は非常に少ない。」と発言した。これはもちろん規制していないために総体数が多いともとれるが、逆に言えば顕在化してくるというメリットがある。

そもそも日本の場合はなんでもかんでも規制が入り非合法化されているために、「患者」ではなく「犯罪者」とみなされ、診療を病院が受付けないという大問題がある。また、非合法化しているために、当事者・家族は困っていても誰にも相談できず問題が潜在化しているのである。

そして日本では人体に殆ど害がないとされているRushの個人使用ですら逮捕されるが、逮捕によって職場を懲戒解雇されるなど、重すぎる処分を受け社会から排斥されている。これは決して良い結果にはなっておらず、むしろ居場所を失った人達が、薬物依存症になってしまう危険性が増すばかりである。

さらに数年前に日本中で騒がれた危険ドラッグの害について考えてみて頂きたい。当初「合法ハーブ」と呼ばれたものは、成分がどんどん規制されていったことからイタチごっことなり、何が入っているか分からないものが出回るようになっていった。そのため人体への害や周囲への危険が増し、事故が多発、一般市民も巻き込まれ多くの被害者が出ることになった。我々依存症の世界に身をおく者の間では、「覚せい剤をやめようと合法ハーブに移ったが、あまりに危険が増したため、覚せい剤に戻った人が多い。」という笑えない話がまことしやかに流布されたものである。

これら非合法化のデメリットを鑑みて、合法化の流れを検討しようというのが現在の世界の潮流である。ヨーロッパでは、今のところ大麻の生産は禁止されているが、国内で大麻を生産しクオリティを保とうという試みも検討されているそうである。

もちろんこの合法化の流れに対しては、反対意見も根強くある。会場からもカナダの出席者から「自分たちは大麻解禁に反対である。反対意見の根拠及び援護射撃となるような説を教えて欲しい。」との質問があり、先述のUNODCオーストリア支局長は、「アメリカやカナダの動きは、国連条約に反している。」と発言され、一部で拍手が起きていた。

あやうく合法化、非合法化でバトルになりそうな気配であったが、座長を務める司祭様が「ここはそういう場ではない」と止めに入り、合法・非合法双方の意見を述べるにとどまった。

次に、薬物以外の依存症問題に関するセッションが行われ、ここに私も登壇した。まずイタリアの医師により、依存症の根幹をなす「渇望現象」に関する説明があり、その後インターネット、ギャンブル、SEX依存に関する発表が続いた。インターネットやSEX依存症については、これらも病気であり予防教育が重要であることなどが述べられた。

さて私の発表だが、私は自分の得意分野である「回復コミュニティの重要性」「回復者の役割」「日本の現状と文化的背景」について語った。具体的には、自分の自己紹介を兼ね回復までの道のりを語った後、日本のギャンブルを取り巻く現状、つまりギャンブル産業は多いがこれまで対策がなされなかったこと、ギャンブル依存症罹患者が諸外国に比べ突出して多いことなどを示し、日本には「恥の文化」があり、家族の問題は家族でなんとかしようと隠してしまうこと、依存症問題に対するスティグマの強さなどについて語った。そして回復支援が殆どない中、回復者同士がコミュニティを形成し、支え合って回復の手助けをしてきたこと、またそこからさらに実名顔出しで活動しはじめたことから、ギャンブル等依存症対策基本法の法案成立までこぎつけたことをスピーチした。

これは手前味噌になるが、会場で好評を博し大きな拍手を頂いた。このセッションは比較的新しく注目された分野でもあるためか会場の興味関心を惹き、地元のTV局で放映されたのでご覧いただければ会場の雰囲気もお分かりいただけるかと思う。

ちなみにバチカンはギャンブルの合法化にも、ギャンブル産業から税金をとるようなやり方にも反対の意向を示している。

会議2日目は、各国から薬物問題の予防教育への取組み、メディアのあり方、治療や回復への方法が紹介された。発表者は、国もしくはそれに準じる薬物専門機関と民間団体に大別された。

国もしくはそれに準じる機関の取り組みは、日本でも国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部が行っているように、プログラムの開発や、介入から治療までの流れの紹介、さらには地域との連携や、就労支援などが紹介された。

しかしなんといっても驚いたのは、世界各国では教会関係者が回復支援を積極的に行っていたことである。もちろん日本でも、依存症支援団体に対し寄付金や会場提供などで協力をして頂いている教会もあるが、多くの教会関係者は依存症者との関わりを避けておられるのが現実ではないだろうか。私も自助グループの活動で、ミーティング会場をお借りしたく教会にお願いにまわったことがあるが、軒並み断られてしまった経験がある。

ところがバチカンの国際会議で発表されたアルゼンチンやフィリピン、ブラジルの教会では、回復支援に直接関わり、プログラムを実施し、さらには牧場などを経営しながらそこで就労支援までおこなっているというのである。また、ボストンのカトリック団体は、我々のような役割を担っており、24時間のヘルプラインを運営したり、予防教育や調査、啓発、家族支援などを行っていた。これだけ地域住民の尊敬を得、発信力のある教会関係者が、依存症に対しこんなにも理解があることには驚きとともに羨ましく感じた。

ではなぜ日本と諸外国で地域の理解にこのような差があるのか?それはひとえに依存症からの回復プログラム「12ステッププログラム」への理解の差だといえよう。ご存知の方もおられるかもしれないが、世界中で用いられ最も多くの回復者を輩出している回復プログラムといえば「12ステッププログラム」である。これはアルコール、薬物、ギャンブルなどの依存症者及びその家族の回復にも効果があり、現在140カ国以上の国で使われ、200種類以上の依存症やそれに伴う諸問題のグループで取り入れられている。

私もこの12ステッププログラムで回復した一人であるが、このプログラムはただ単に「依存行為が止まる」ということを目標にするのではなく、「依存症の背景にある生き方や考え方を変える」というところに主眼がおかれているため、依存行為が止まった後の抜け殻感や、やめるための必死の我慢といったものがなく、結果として非常に楽になれる。

ところがこの「12ステッププログラム」は、自分の過去を徹底的に見直すプログラムなので、その過程が苦しく、取り組むことに恐れが生じ躊躇してしまったり、途中で挫折してしまう人も多い。また12ステッププログラムは、もともとプロテスタントの一会派が使用していたプログラムを依存症者用に改善したものであるために、言葉の中に「神」とか「ハイヤーパワー: higer power」といった宗教的な言葉があるので、日本人には馴染みが悪いとされている。

実際は、特定の宗教で回復するわけではなく、あくまでも生き方、考え方が変化するわけだが、「自分を超えた大きな力を信じることで、自分の小ささや謙遜を学ぶ。」などと言われると、欧米社会を始めとする宗教が当たり前にある国では、「良いこと」「当たり前のこと」とされていても、日本では「得体のしれない」「カルト教団」「恐ろしいこと」と思われ理解されにくい。日本の医学界も「12ステップ以外のプログラムの開発」に力を入れていて、良さをあまり分かってもらえていないと感じている。

ところが特にクリスチャンの多い国では、この12ステッププログラムと親和性があり、理解されやすいためか、バチカンの国際会議ではこの12ステッププログラムという言葉が頻繁に登場した。そして教会関係者が積極的に関わりを持つことに躊躇していない理由は、この回復プログラムで実際に回復している人を多く見ていること、日本の様に薬物依存症者のスティグマを強め、「人間やめますか?」のようなおどろおどろしいモンスターに仕立て上げたりせず、薬物依存症という病気にかかった人との理解が格段に進んでいるためと感じた。この辺の偏見のなさが、回復者の数の違いに現れているように思われ、日本ではまだまだ我々の広報活動も足りていないことを痛感した。

第3日目は、この国際会議のまとめとなった。大麻の合法化問題などでは賛否が分かれたが、この3日間の国際会議で終始一貫揺らぐことなく言われていたテーマは、25年前は薬物依存症者に対し刑法で罰を与えることが多かった。しかし人に罰を与えることは回復には効果がない。人をゴミの様に扱うのではなく、ローマ教皇の言葉にもあるように、人はみな全て神の子であり、神に愛され一人一人が必要とされている。つまり一人一人の必要性を説くことで、回復に向かうことができるのだ。」という主題であった。

最終日に登壇したオーストラリアの医師からは、「薬物問題は刑法ではなく、メンタルヘルスで解決するべきである。薬物の所持で罰することはやめなくてはならない。小さな薬物を持ったことでの逮捕は、犯した罪に対し失うものがあまりに大きすぎる。」というものであった。

そしてこの会議の最後には、ローマ教皇との謁見の場が設けられた。教皇はおよそ6分間に渡りスピーチされ「カトリック教会は、予防、治療、リハビリテーションおよび再統合プロジェクトを通じて依存症の広がりに対処し、個人の尊厳を回復させるために、市民、国家、国際機関および様々な教育機関と協力していく。薬物や依存症問題を解決していくためにも、バチカンに依存症部門を作りたいと思っている。」とのお言葉があり、ローマ教皇が依存症者のために心を砕いて下さっていることに改めて感謝の念を抱いた。是非、この構想が実現し、依存症問題で世界が連携できることを願っている。

トップ画像:フランシスコ・ローマ教皇 2014 出典:Wikimedia Commons


この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表

1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。

 

田中紀子

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