韓国レーダ照射への抗議は誤り
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・韓国レーダ照射への抗議は誤りである。
・日本は韓国の言い訳に騙されるべきだ。
・許される対抗策は「仕返し」。海自も韓国海軍を照射あるいはレーダ妨害すべきだった。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43360でお読みください。】
■ レーダ照射問題で日本は騙されるべき
韓国軍艦によるレーダ照射がニュースになっている。20日、公海上で海自機にレーダを向けたといった内容だ。(*1)
写真)広開土大王 今回レーダを照射したと言われる韓国海軍「広開土大王」艦
出典)(撮影:Republic of Korea Armed Forces)CC BY-SA 2.0)
日本政府の反応は強硬である。まず日本政府は外交ルートを通じて抗議した。対して韓国側は偶然の事態であると回答している。哨戒機を追跡したものではない。(*2) 漁船を捜索中であった。(*3)といった内容だ。対して日本はそれに納得せず「回答は納得し難い」と声明を発している。
この対応は正しいのだろうか?
誤りだ。なぜならそこには利益はない。そして不利益だけを引き起こす。その点でレーダ照射への抗議は正しくはない。その理由の第一は現実的危険を伴わないこと。第二は抗議は利益を生まないこと。第三は国民感情を刺激することだ。
今とるべきは韓国の言い訳に騙される対応だ。それを受け入れ再発防止で合意すべきである。あるいは抗議だけを望むならやはり公言せずに「仕返し」をする。韓国軍機にレーダを照射する。あるいは韓国艦にレーダ妨害をしかけることである。
■ レーダ照射は問題ではない
日本政府は抗議するべきではなかった。騒ぐほどの必要性はなかった
第一の理由は現実的危険を伴わないことだ。なによりも損害は起きない。実際にも生じていない。射撃管制用レーダ波とは単なる精密レーダである。照射されても何も起きない。今回の場合は精密距離と方位仰角を測定されただけだ。
敵意も極めて低く反応すべきではない。繰り返すがレーダで距離角度を測定しただけだ。大砲やミサイルを直接向けたわけではない。その点で敵意や脅威度は低い。
なによりレーダ照準への抗議は先例にも反している。冷戦期には大砲を指向されても抗議しなかった。写真撮影で接近した海自飛行機はしばしばソ連艦に砲口を向けられた。だが日本政府は反応していない。
さらにいえば日本政府は米海軍の領海内実弾射撃にも黙っていた。米軍艦は東京湾口の日本領海で日本漁船を仮想の砲撃目標として実弾射撃演習までやっていた。正確にズラしていたので当たらなかっただけだ。日本政府はそれでも黙っていた。(*5)
写真)USSタワーズ
80年代に米海軍は日本漁船や商船を目標に見立てて実弾射撃をしていた。写真のUSSタワーズが巡視船を砲撃した結果、ようやく問題視された。その1年前には米海軍戦闘機がマレーシア商船を目標に見立てて爆撃を行い死傷者1名を出している。その保障は日本政府が行った。
出典)米海軍写真
■ 利益は全く得られない
第二の理由は利益を産まないことだ。
今回の抗議により日本は何かを得られるだろうか?
そこに利益はなにもない。強いて挙げれば今後韓国海軍が自衛隊機をレーダ照射しなくなる程度だ。あるいは一部愛国者の溜飲を下げる効果があるだけだ。
逆に損は大きい。それにより韓国政府との関係は悪化する。今は請求権問題で協力関係が必要な時期にある。日本の不正義の露呈を隠すためには協力してウヤムヤにできる解決法を模索しなければならない。それに水をさす効果しかない。
■ 国民感情を刺激する
第三の理由は相互の国民感情を刺戟することだ。
照射の公表は日本の対韓感情を刺激する。日本国民の韓国への感情を悪化させ、日本世論に対韓強硬主張を惹起させる。
そして韓国の対日感情も刺激する。日本政府や日本世論の韓国批判は韓国国民の対日感情を悪化させ、韓国世論において対日強硬主張を引き起こす。
あとは負のスパイラルだ。国民感情での衝突は両国間にある利益の多くを吹き飛ばす。これは尖閣問題で日中ナショナリズムが衝突した際に示されたとおりだ。
影響は政治だけではなく経済にも及ぶ。韓国はかつてのような経済小国ではない。「日本が風邪を引けば韓国は肺炎」は30年も前の話だ。仮に日本ボイコットが起きれば日本経済にも影響を生む。これは貿易や投資だけではない。インバウンドにも影響がおおきい。訪日観光客の半分は韓国、残り半分は中国であるからだ。
■ 外交機能の不全
なによりも不可解な点は外交的な配慮が全くなされない点だ。
従来であれば第一、第二、第三の理由から内閣は防衛省を抑止した。そもそも防衛大臣や内局が発表を止めさせた。それが政府が果たすべき外交機能だからだ。
外交の目的はなにより相互対立の抑制にある。自国政府の主張と相手国政府の主張を対立させない。それによる摩擦や衝突、とりわけ国民感情の爆発を避けることが仕事だ。
必要に応じて自国政府や国民すら騙さなければならない。それが外交機能あるいは外交当局の役割である。例えば、日中漁業協定による尖閣領有権棚上げはその好例だ。それぞれの政府が責任をもって自国民を騙す形になっている。
だが、今回は国務大臣が先頭に立って韓国を非難している。また外交当局の抑制も見られない。
おそらくは日本の外交機能は不全状態にあるということだ。これは既に報道された国際捕鯨機構IWC脱退を含めてそれは伺えるのである。
■ 日本は韓国の言い訳に騙されるべき
日本は抗議せず、あるいは言い訳に騙されるべきであった。そういうことだ。
本当に問題解決を図りたいなら秘密裏にすべきであった。海軍同士、国防省同士あるいは外務当局で内々に解決する。特に相互の国民感情を刺激しないためにはそうするべきであった。
いまなら韓国の言い訳に騙されることだ。
あるいは「仕返し」である。レーダ照射が気に食わない上、交渉ができないなら内々にそれをすべきである。韓国軍艦や航空機にレーダを照射する。あるいはレーダ妨害といった水準の電子攻撃を行う。そのようなやり方がある。それなら不利益も生じないゲームで終わる。
*1 朝日新聞デジタルによると次のとおりである。「能登半島沖の海上で、20日午後3時ごろ、海上自衛隊のP1哨戒機が、韓国海軍の駆逐艦から射撃用の火器管制レーダーを照射された」
古城博隆「韓国駆逐艦が海自機にレーダー照射 日本政府が抗議」『朝日新聞デジタル』(2018年12月21日19時28分)https://www.asahi.com/articles/ASLDP65TLLDPUTIL05Z.html
*2 時事通信は韓国国防省の反応を伝えている。「韓国国防省報道官室は『通常の作戦活動中だった。(海自)哨戒機を追跡する目的で運用した事実はない』と説明」
」「韓国艦、海自機にレーダー照射」『時事ドットコムニュース』(2018年12月21日22時31分)https://www.jiji.com/jc/article?k=2018122106819&g=pol
*3 TBSによれば韓国は漁船捜索中と主張している「韓国の海軍関係者は、『遭難した北朝鮮籍の船の捜索のため艦艇の全てのレーダーを作動させたところ、その範囲内に哨戒機がいるのを把握した』と説明」
「韓国の「火器管制レーダー」使用“不適当”」『TBS NEWS』(2018年12月22日)https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3556144.html
*4 共同通信は防衛省による声明として次のように伝えている。
「改めて『極めて遺憾であり、韓国側に再発防止を強く求める』との声明を発表」し「遭難船捜索なら水上捜索レーダーが適当」と韓国主張を公然と批判している。」
「レーダー照射に改めて遺憾の意」『KYODO』(2018/12/22 12:49)https://this.kiji.is/449052808102265953
*5 日本政府は政府公船が射撃されるまでは緘黙していた。1988年11月にUSSタワーズが野島埼南の日本領海で巡視船「うらが」後方に5インチ砲を17発発射し、何発かが1000m内外に弾着して初めて抗議した。
トップ写真:P-1 照射を受けたP-1。おそらくは写真撮影等で韓国艦の周囲を周り、韓国艦も何らかの敵意を感じ訓練を兼ねる間隔でレーダを指向したのだろう。公海上(この件にEEZは関係しない)であり問題視すべきでもない。
出典:海上自衛隊ホームページ
あわせて読みたい
この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。