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.社会  投稿日:2019/3/31

依存症叩きで自縄自縛のTV


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・地上波テレビ情報番組、ピエール瀧氏の薬物問題取り上げ。

・支援団体「自粛は行き過ぎ」との意見受け入れずネット上で炎上。

・地上波テレビには社会の在り方に一石を投じる番組作り望む。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44962でお読みください。】

 

■ワイドショーから情報番組へ

かつてワイドショーと呼ばれていた地上波テレビの番組は、いつしか情報番組と名前を変え、政治や経済、社会問題などを扱うようになった。芸能ネタも扱うが、社会的に関心の高い問題についても取り上げることに一定の意味はあった。

特に政治のニュースなどは、有権者の投票行動に影響力が大きいだけに、政党や政治家に緊張感を与えるという意味において社会的意義は大きいと考える。また、経済ニュースも視聴者の生活に直結するだけに、わかりやすく解説することに強いニーズがあろう。

ただし、情報番組でこうした問題を取り扱うことはテレビ局にとって“もろ刃の剣”でもある。どういうことかというと、世論が割れている時に一方的な論調を放送すると、一気に番組批判が高まるからだ。

「そんなことは前からだ」、「批判を恐れていたら番組など作れるか」、という声も局内から聞こえてきそうだ。しかし、時代は変わった。今はインターネット社会だ。SNSが世論を形成する。テレビが唯一の情報源だった時代はとうの昔に終わっている。問題はテレビの番組制作者がそれを自覚していないのでは、と思われる案件が多い事だ。

 

■ピエール瀧報道を巡る炎上問題

ミュージシャンで俳優のピエール瀧さんを巡る薬物依存症問題では、徹底した音楽作品回収や、出演映像作品公開停止などは行きすぎなのではないか、との意見に対し、ある情報番組のコメンテーターやゲストのタレント達が異を唱えた。すると、そうした意見に対しネット上でバッシングが始まった。この問題に対する意見は一様ではない。番組制作者はこうした社会の動きに対し敏感にすぐに反応することが重要だ。しかし、その動きは驚くほど遅い。

まず、依存症は病であり、治療が可能である、という認識が欠けている。とにかく「依存症は社会悪であり、徹底的に叩けば良い」、と思っているように見える。法に触れることはしていけないに決まっている。しかし、法ですべての犯罪を0にすることはできない。犯罪を未然に防ぐ社会を作ることが重要なのだ。

何らかの理由で依存症になってしまった人に対しては、社会復帰の道筋をつけてあげることが結局社会の為になる、という認識を広めることが必要だと考える。

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんと俳優でタレントの高知東生さんを私のインターネット番組に呼びこの問題を取り上げた。依存症から脱却し、社会復帰する道を閉ざすことは結局社会の為にならない、という議論が展開された。(記事:薬物問題 回復への道 高知東生氏」、高知東生氏が自分を語る意義・動画「Japan In-depthチャンネル:薬物問題を知ろう!」)

▲写真 Japan In-depthチャンネルより  出典 ©Japan In-depth編集部

 

アーティストならきちんと治療して社会復帰し、またクリエイティブな活動を再開して多くに人に夢と希望を与えてもらいたい。何より、依存症という苦しみから脱却したその人の努力と勇気を讃える社会であってほしい。そう思うのは筆者だけであろうか?

行き過ぎた自粛に対しては、「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」が、「電気グルーヴ ピエール瀧氏の出演作品に対する撤収・放映及び公開自粛・取り直し等の措置の撤回を求める要望書」を3月25日、関連各社に提出している。しかし、テレビの番組制作者はこうした依存症支援団体の意見には耳を貸そうとしていないようだ。

フジテレビ系列の情報番組「バイキング」(3月28日放送)では、上記の要望書についてスタジオ内のゲストは否定的な意見一色だったという。さらに、ライブストリーミングサイト「DOMMUNE」が5時間にわたり、電気グルーヴの楽曲を5時間にわたり流した問題について出演者の発言も炎上した。これについては様々なネットメディアが記事を掲載している。

▲写真 ©フジテレビ

 

・リアルライブ

「『バイキング』の電気グルーヴ特集が炎上 『DOMMUNE』の“売名行為”でトレンド入りと扱った?」

・J-castニュース

「DOMMUNE知ってる人っています?」 バイキング出演者らの冷笑に「知らないなら取り上げなきゃ…」

・AbemaTIMES

「DOMMUNEを番組で扱うも「知らない」、『バイキング』出演者のコメントが炎上」

・日刊サイゾー

「『バイキング』坂上忍「DOMMUNE売名行為」発言でブーメラン! ワイドショーの低能ぶりが露呈……」

・LITERA

「ピエール瀧報道で『バイキング』坂上忍「ドミューン知らない」だけが問題じゃない! 自分を棚に上げ逸脱を許さない道徳ファシズム」

・BuzzFeed Japan

「ピエール瀧さんを私がバッシングしない理由 深澤真紀さん、松本俊彦さん薬物報道を斬る(1)」

・ギャンブル依存症を考える会田中紀子代表ブログ

「バイキングの取材方法と番組構成に対する疑問です」

 

地上波テレビに求められるもの

これらのネットメディアの記事の中には、「バイキング」がネットでの炎上を狙っているのかと勘繰る論調もあるが、そのネットメディアも地上波テレビ番組を叩いてPVを稼いでいるのだからどっちもどっちだという気がしないでもない。

それはともかく、問題は地上波テレビが“放送法の遵守を求められている”ということだ。放送法には「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」とある。

出演者が勝手な意見を言うのは構わないが、それが一方的になってはいけない。回復治療に懸命に取り組んでいる依存症患者がいて、その支援に日夜奮闘している医療関係者・支援団体の人々がいる。逮捕された芸能人の作品をこよなく愛し、その作品に触れることが出来なくなることを心から悲しんでいる人がいる。視聴者に社会には多様な意見があることを紹介する責務が地上波テレビには、ある。依存症を反社会的な犯罪だ、と断罪することは簡単だが、ことはそう単純ではない。

社会にはあらゆる依存症が「病」として存在する。身近なアルコール依存、ニコチン(タバコ)依存に始まり、ゲーム依存、ギャンブル依存、セックス依存・・・あらゆる依存症に悩んでいる人がいる。彼らすべてを「依存症になるのは意思が弱いからだ」と非難し、「社会に存在すべきではない」と排除していいのだろうか?

それより、依存症は治すことができる病だということを知ってもらい、治療から回復へと導くことの方が、社会的により意義のあることなのではないだろうか。

依存症をバッシングすることだけで、社会は決して良くはならないと筆者は考える。池に落ちた犬を棒で叩くような社会、匿名で人をバッシングし、貶め、留飲を下げる社会より、寛容・赦しがある社会。排除ではなく包摂のある社会に私はいたい、そう強く願う。

地上波テレビには一方的な断罪ではなく、そうした社会の在り方に一石を投じる番組作りを強く望む。幸い、フジテレビには4月からの新ニュース番組でこの問題を扱う動きがあるようだ。情報番組に対する批判をどう受け止め、今度はどのような意見を視聴者に提供してくれるのか、注目している人は多い。こうした問題にネットメディアに先駆けて、正面から向き合うことが、今、地上波テレビに求められている。

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参考)「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」からの提案(2017.2.1)

【望ましいこと】

・薬物依存症の当事者、治療中の患者、支援者およびその家族や子供などが、報道から強い影響を受けることを意識すること

・依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること

・相談窓口を紹介し、警察や病院以外の「出口」が複数あることを伝えること

・友人・知人・家族がまず専門機関に相談することが重要であることを強調すること

・「犯罪からの更生」という文脈だけでなく、「病気からの回復」という文脈で取り扱うこと

・薬物依存症に詳しい専門家の意見を取り上げること

・依存症の危険性、および回復という道を伝えるため、回復した当事者の発言を紹介すること

・依存症の背景には、貧困や虐待など、社会的な問題が根深く関わっていることを伝えること

【避けるべきこと】

・「白い粉」や「注射器」といったイメージカットを用いないこと

・薬物への興味を煽る結果になるような報道を行わないこと

・「人間やめますか」のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと

・薬物依存症であることが発覚したからと言って、その者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと

・逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと

・「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと

・ヘリを飛ばして車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと

・「薬物使用疑惑」をスクープとして取り扱わないこと

・家族の支えで回復するかのような、美談に仕立て上げないこと

 

トップ写真:電気グルーLIVE 出典:twitter : @DENKI_GROOVE_

 

 

 


この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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