宮古島に弾薬庫は必要なのか
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・ 宮古島の陸自配置では弾薬庫が問題となっている。
・ 平時・緊張時・有事において弾薬庫は必須ではない。
・ 地元住民と対立してまで作る必要はない。
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地元と揉めてまで宮古島に弾薬庫を作る必要はあるのだろうか?
防衛省は先島諸島に陸自の配置を進めている。これは安全保障における中国との対立の結果である。先島は中国に間近ながらも陸兵は未配置であった。その戦力空白区を埋め、同時に住民不安を解消させるため警備部隊を配置するものだ。
そのうち宮古島では弾薬庫が問題となっている。陸自は住民説明で「弾薬庫は作らない」「ライフル等の小火器用弾薬を保管するだけ」と説明した。しかし実際には炸薬が入ったミサイルを弾薬庫に収容した。発覚後は島外に搬出したものの、陸自は別の場所に弾薬庫を作ろうとしている。
この弾薬庫は嘘をついてまで作る必要はない。まず平時には弾薬庫を設置するほどの弾薬保管は必要はない。また緊張時には逆に保管可能量が不足する。そして戦時には弾薬庫は使われない。この点でさほどの価値もない。住民と揉めた上で無理に作るほどの施設ではない。
▲写真 警備隊の整列:警備隊はあくまでも警戒用の戦力である。戦力の空白区を埋め、住民に安心感を与えることが目的である。上陸戦に対応するための守備隊ではない。実際に中国による侵攻の可能性は低く無視してよい。 出典:防衛省「岩屋防衛大臣の動静」「2019(平成31)年4月」より。
■ 平時:弾薬ロッカーで足りる
宮古島の弾薬庫は必須ではない。平時、緊張時、戦時のいずれでもそうだ。
平時所要なら弾薬庫は必須ではない。警備配置かつ増強中隊規模なら保管数はそれなりである。弾薬ロッカーで対応できる。
宮古島の陸自は警戒用である。部隊も宮古警備隊であり守備隊ではない。その配置目的も戦力未配置地域の解消である。実際にも陸上戦場となる可能性も低い。中国の先島侵攻はない。確かに防衛体制は厚くはない。だが、有人島であり侵攻すればなによりも回避したい日米安保の発動を確実にしてしまう。
その上、宮古警備隊の規模も小さい。正味は増強中隊に過ぎない。
つまり必要な弾薬保管量はさほどでもない。警備隊の趣旨からすれば武器は機関銃と小銃で十分である。しかも中隊規模だ。必要な小銃弾数も限定的だ。数的には庁舎への弾薬ロッカー設置で代替できる。今なら知事承認で1棹で5000発まで保管できる。駐屯地所在部隊や編制にあわせてロッカーを4棹準備すれば2万発まで準備できるのだ。
これは他基地で実施した例がある。普通の事務用鋼製ロッカーで承認を受け、当時の上限2000発を保管した例だ。なお筆者はその知事認定を担当したが、その際には調整先から「警察署はそうしている」と言われた。
■ 緊迫時:所要を満たせない
逆に、緊迫時においては弾薬庫は所要を満たせない。宮古島は地積が狭く土地利用が進んでいる。設置できる弾薬庫の能力は成約される。そのため本格的展開に伴う大量の弾薬は保管できない。
例えば対中戦に備える状況だ。対中緊張の段階となれば宮古島ほかに本格的戦力が配置される。繰り返すが上陸侵攻の可能性はほぼない。だが空襲や艦砲射撃への警戒や中国海軍の活動を掣肘(せいちゅう)する必要は生まれる。その際には本格的な対空ミサイルや対艦ミサイルは展開する。
だが、その際には宮古島弾薬庫の収容能力では対応できなくなる。ミサイルの予備弾やミサイル部隊を防護するための弾薬は収容しきれない。少なくない弾薬は一般の倉庫や車庫での保管、あるいは上屋の下や露天での野積となる。
これは法的安全距離の制約による。火薬類の貯蔵量は保安距離の制限も受ける。宮古島ではその安全距離があまりとれない。弾薬庫と周辺住宅・交通路との間に確保できる距離は短い。だから貯蔵量は小さくなる。仮に施設として爆薬換算量25トンの弾薬庫を作ったとしても意味はない。保安距離が短ければ2トンも入れられない。
これも弾薬庫整備が必須ではない理由である。
▲写真 練馬駐屯地弾薬庫:弾薬庫の能力は保安距離の影響も受ける。例えば練馬駐屯地の場合、市街地の中にあり住宅・道路と隣接している。1棟あたりの上限貯蔵量は換爆量で100kgだろう。 出典:グーグルマップから入手した写真を筆者加工
■ 戦時:弾薬庫は使用しない
そして戦時は弾薬庫はほぼ無用となる。宮古島の場合、戦争が始まれば弾薬庫は使わない。砲爆撃を受ける可能性は大きい。そのリスクから弾薬は島内各地に分散される。
弾薬庫は脆弱かつ周知である。構造はあくまでも爆発事故が起きた際の被害限定を目的としている。砲爆撃に耐える力はない。配置場所も公表される。そもそも位置は空中写真等で一目瞭然である。
だから戦闘区域では弾薬庫に弾薬は置かない。先島諸島は中国に間近い。戦時には攻撃を受ける可能性は高い。そう判断する。そして弾薬を島内各地に分散配置する。戦闘被害を局限するため地下や半地下に収容され厳重な擬装隠蔽が施される。
▲写真 半地下と擬装:戦時あるいは開戦必至となれば弾薬は発射武器を含めて地下や半地下に分散収容される。その際には弾薬庫どころか駐屯地も空になる。 出典:陸自11旅団HPの「隊の活動状況」「平成26年度旅団防御演習」から 「火砲掩体築城中」
つまり戦時に弾薬庫は使わない。本来は平時や安全な後方で利用する施設である。機能も保安・管理用なのだ。
この点でも弾薬庫は必須ではない。戦時の所要を考慮すればむしろ不要である。
■ 周辺住民との対立は回避すべき
平時、緊張時、戦時において弾薬庫は必須ではない。そういうことだ。
その程度の弾薬庫を住民と対立してまで整備すべきだろうか?少なくとも嘘をついてまで作る必要はない。
作るなら地元との合意形成がなった後だ。地元にとって弾薬庫は厄介施設そのものである。反対にも充分な道理はあり配慮は求められる。仮に反対派を押し切るにしてもその意見を聞き、懸念に対し設計や運用でなんらかの配慮しなければならない。当然だが、その際には最低でも自治体としての理解を得る必要はある。
そうしなければ円滑利用は期待できない。輸送や港湾利用を含む段階で各種の協力は得られない。例えば一々に交渉しなければ市道や県道の利用ができない事態も生じる。
無理をすれば妨害側に弾薬庫機能を阻害される可能性もある。弾薬庫は保安距離内に家屋等の保安物件を建てられれば終わる。既存弾薬庫でも保管量は減らされる。
横須賀にあった大矢部弾庫は保安距離問題で機能を喪失した例だ。民間の土地開発により弾庫の至近距離に建物を作られた。結果、保管上限は換爆量25トンから0.2トンに激減し機能を失った。砲弾やミサイルの保管は不可能となり末期は無炸薬の20ミリ機関砲弾しか収容できなくなった。そのため廃止された。
▲写真 大矢部弾庫:大矢部弾薬庫は保安距離規定がクリアできないため廃止された。トンネル式火薬庫の直上にマンションが建設された結果、換爆量が0.2トンに激減した。無理な弾薬庫建設を進めれば対抗策として意図して保安距離を削減する動きも出てくるだろう。 出典:グーグルマップから入手した写真を筆者加工
この点でも今のやり方はよくない。弾薬庫は作ってしまえば勝ちではない。防衛省や現内閣の力で押し切る発想は通用しない。
トップ写真:宮古警備隊:宮古警備隊の編制と大臣による隊旗授与。弾薬庫の配置とミサイルの収容が問題となっている。出典;防衛省「岩屋防衛大臣の動静」「2019(平成31)年4月」より。
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。