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.国際  投稿日:2019/5/2

ミャンマーに圧力かける中国


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・スー・チー氏が反ダム派と中国の板挟みに。訪中の回答に注目。

・建設中止なら巨額賠償金要求が中国「一帯一路」の常とう手段。

要衝ミャンマーへの援助と見返りの建設再開合意に警戒感。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45596でお読みください。】

 

ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が中断されている北部の水力発電ダム建設の再開を強く求める中国と反対する住民らの間で板挟み状態になっている。

4月末にも中国を訪問して中国が一方的に進める「一帯一路」構想に関する国際協力の会議に参加する予定のスー・チー顧問は、ダム問題に関してこれまで態度を明確にせず沈黙を貫いているだけに、会談予定の習近平・中国国家主席に「ノー」と伝えるのか、それとも「工事再開にゴーサイン」を出すのか、国民や国際社会は固唾を飲んでその対応を見守っている。

米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」などの報道によると、ミャンマーの北部カチン州にあるミッソンダムは2009年に中国国有企業が36億ドル(約4020億円)を投資し、中国とミャンマーの企業により建設工事が始まった。

しかし、軍政から民政に移管したミャンマーのテイン・セイン政権が環境に与える影響などを理由に反対する地元に配慮して建設計画の一時中断を発表、以来建設工事はストップしている。

▲画像 ミッソンダム完成予想図 出典:Wikipedia

▲画像 ミッソンダム建設計画のあるミャンマー北部カチン州 出典:Wikimedia Commons

同ダムは計画当初、発電量6000メガワットの約90%が中国に輸出され、中国は南部雲南省の開発にその電力を使う構想を抱いていたとされる。しかし、ミャンマーでの反対運動の高まりと前政権による建設工事中断を受けて、現在では「中国国内の電気需要は賄えるようになったので、発電所の電気はミャンマー国内で大半が消費される」ということになっているという。

▲写真 習近平国家主席と会談するアウン・サン・スー・チー氏(2017年5月17日北京)出典:Mynmar State Counsellor Office

 

■ 中国は再開に向けて圧力強化

こうしたミャンマー政府の対中政策の転換に中国政府は当初戸惑いと衝撃を受けていたが、スー・チー政権が誕生したことをきっかけに「建設再開」に向けた水面下での交渉を強めている。

中国側は建設工事契約に基づき、中止となれば「契約違約金」「これまでの投資への損害賠償金」など多額を要求する構えをみせてスー・チー政権に圧力をかけているとされる。

こうした手法は中国の「一帯一路」構想の常とう手段で、債務不履行に追い込まれれば所有権、借用権で実質的に中国が運営管理に乗り出し、計画途中での中断や中止は損害賠償要求で窮地に追い込むなど、いずれにしろ中国側が有利な立場に立つことになるのだ。

野党「国民民主連盟(NLD)」時代は環境問題への配慮からダム建設に反対していたスー・チー顧問もミャンマー北部の電力需要への対応策も求められる一方で、住民の反対運動そして圧力をかけてくる中国との間で「板挟み状態」に陥っているのが現状といえる。

 

■ 地元中心に広がる反対運動

北部カチン州で二つの川が合流し、ミャンマーを代表するイラワジ川となる場所で進められていたミッソンダム建設計画は、周囲の豊かな自然環境を破壊し、生態系に深刻な影響を与えること、自然災害への影響、さらに文化遺産が破壊される懸念などから地元住民を中心に建設反対運動が再び大きくなっている。

▲写真 ミッソンダム建設現場に近い下流のエーヤワディー川(旧称 イラワジ川)。カチン州都ミッチーナーで撮影。 出典:Colegota(Wikimedia Commons)

1月27日には中心都市ヤンゴンで数百人規模の反対運動が起きたほか、3月25日にはヤンゴン市内で政治家や活動家、市民による反対集会が開催された。

4月19日には仏教、キリスト教、イスラム教の各宗教の指導者がダム建設計画の完全そして永久放棄を求める集会を開催するなど反対運動はカチン州の住民に留まらず、いまや国民的運動にまで拡大しようとしている。

▲写真 中国資本のエーヤワディー川(旧称 イラワジ川)ダム建設反対デモ(2011年9月27日ロンドン)。この3日後、テイン・セイン大統領がミッソンダム建設計画中断を表明。

反対運動の盛り上がりの背景にはダムそのものの環境破壊問題もあるが、その一方で対中強硬政策から親中政策に舵を切ろうとしているスー・チー政権と、「一帯一路」構想を押し付けてくる中国そのものへの反発が根底にあるとみられている。

政府のタウン・トゥン投資対外経済関係相は2019年1月にネピドーで会見した際に外国メディアの質問などに答えて「環境問題も大事であり、反対する地元民の声は無視できないが、国家開発推進には電力が必要である」との立場を示し、スー・チー政権内で特別委員会を設置して「ミッソンダム建設工事の再開の当否を検討、協議している」ことを明らかにした。

▲写真 阿部外務副大臣と面会するタウン・トゥン投資対外経済関係相(中央右側 2019年1月16日 ネピドー)出典:外務省ホームページ

こうした流れからスー・チー顧問が建設再開に前向きで、中国訪問で「中断している建設工事の再開」を伝える可能性が浮上している。スー・チー顧問自身はこのダム問題に関しては一切コメントをせず、沈黙を守っているが、逆にそれが「ゴーサイン」を伝える証左ではないかとの見方が強まっている。

中国にとってミャンマーはインド洋、南西アジアへの足掛かりという戦略上重要な位置を占めている。それだけにスー・チー顧問が予定する訪中で、中国側から多額の経済援助と見返りに「ダム建設の再開」を要求されることは明らかで、ミャンマー国内では安易な合意への警戒感も高まっている。

トップ写真:ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相(2019年4月6日)出典:Mynmar State Counsellor Office


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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