ミャンマー、軍vs仏教徒戦闘激化
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ミャンマー西部で紛争激化。政治への関与主張する軍に好材料。
・憲法改正巡る民主化勢力と軍の駆け引き、攻防激化も背景か。
・スー・チー氏、軍部と正面から向き合い民主化遂行できるか。
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ミャンマー西部ラカイン州で2019年の年明けから政府軍と同州の仏教徒過激組織「アラカン軍(AA)」による衝突、戦闘が激化している。同州では少数派イスラム教徒の「ロヒンギャ族」の武装組織がやはり政府軍と戦闘状態を続けており、隣国バングラデシュに避難した約70万人といわれるロヒンギャ族のミャンマー帰還事業は、ラカイン州でのイスラム教徒、仏教徒という2つの勢力と政府軍の紛争が継続していることもあり、遅々として進んでいないのが現状だ。
同州での戦闘ではしばしば政府軍による「深刻な人権侵害事案」が指摘されており、憲法改正で軍の政治関与の度合いを薄めようとするアウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相と軍による「改正案での駆け引き」も絡み、ミャンマー政府は厳しい局面に立たされようとしている。
▲写真 国軍と戦闘を続ける仏教徒過激組織アラカン軍(AA)(2017年2月) 出典:Arakan Army facebook
米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」が2月27日に伝えたところによると、ミャンマー国軍は「AAの戦闘員がミャンマー政府軍の兵士の服装、記章ワッペンを着用して一般市民を拘束、暴力行為を行うケースが増加している」「国軍に人権侵害の責任をなすりつけるこうした偽装工作は何年も前から行われているが、最近特に激しくなっている」とする軍情報部の報告をゾー・ミン・トン准将がRFAに対して明らかにした。同准将は「国軍が確保したAAのメンバーから正規軍の制服、記章などが発見されたためである」と根拠を挙げて説明したという。
その上で一般住民に対し「政府軍の制服を着用した人物による違法行為は軍に報告するように」と求めている。
▲写真 ミャンマー国軍。反政府軍が国軍の制服を着て住民弾圧をしていると国軍側は主張。(写真は2015年2月。本文内容とは直接関係ありません) 出典:Myanmar Ministry of Defence facebook
■ AA側は偽装工作を全面否定
こうした軍の発表に対しAAのモン・トゥ・カ報道官は「AAは自分たちの制服を着用してやるべきことをやっており、国軍兵士に偽装したことなどない」と全面的に否定している。
2月21日にはラカイン州で17歳の学生が政府軍兵士に身柄を拘束されて暴行を受けた後に解放される事件が起きている。また2月26日には同州ブティダウンに着任した新任の国軍幹部が新居に家具を搬入中に爆弾が爆発し、一緒にいた妻が死亡する事件も起きている。RFAによると家具を運んでいたトラックが途中で正体不明の6人に停車を求められて積み荷を検査されたとして、この際にパイプ爆弾が家具の中に隠蔽された可能性を示唆している。
さらにヤンゴンに拠点を置くオンラインニュースメディア「ミッツィマ・ニュース」によると、1月に少数派民族の3人が遺体で発見されたほか、2月27日にはミャンマー警察の警察官が乗った車列が地雷を踏んで爆発、待ち伏せしていたAA部隊と銃撃戦になる事案も起きるなど年明けとともにAA と政府軍の衝突、戦闘が急増しているという。
■ 偽装工作は軍の人権侵害の隠ぺいか
こうした事態に国軍側は「国軍兵士の制服を着たAAによる人権侵害事案」を強調することで、AA側に地域住民、国民ひいては国際社会の関心を向かせようとしているようである。しかしAA 側は「地元住民や市民団体はAA側が政府軍の偽装をする必要がないことを熟知している。なぜなら多数派仏教徒の住民はAAを支持しているからだ」との見解を示している。
AA側は「国軍の制服を着た偽装工作」があくまで国軍側の「責任転嫁」に過ぎないとみており、人権侵害事案は政府軍兵士の制服や記章で偽装したAAの仕業と見せかける「陰謀」に過ぎず、逆に政府軍による残虐な行為を示すものとの見方を示している。
■ ラカイン州で国軍は2正面作戦
ラカイン州ではロヒンギャ族の武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」も政府軍との間で戦闘を継続しており、政府軍は同州では少数イスラム教徒の武装勢力とともにミャンマー全体では多数派ではあるもののラカイン州の自治権拡大を求めて政府と対立する仏教徒の武装勢力であるAAと2正面作戦を強いられている。
▲写真 ミャンマー国軍と戦闘を続けるロヒンギャ族の武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」 出典:ARSA twitter
さすがにARSA とAAが対政府軍という立場は同じながら、共同戦線を組むことは現時点では双方が否定しているためないものの、政府軍にとっては治安維持が最も困難な州となっている。
■ 憲法改正を巡る軍と政府の駆け引き
こうした中、スー・チー顧問が率いる与党「国民民主連盟(NLD)」は1月29日に議会に対し憲法改正を検討する委員会の設置を求める動議を提出。委員会はその後正式に設置され、今後憲法改正に関して議論を重ねることになった。
現行憲法では議会の25%を国軍議席が占めており、軍の政治への影響力が依然残っており、与党や国際社会からは「憲法を改正してこそ真の民主化が実現する」と速やかな憲法改正を求める声が根強かった。憲法改正には議会の75%を超える賛成が必要で、国軍議席以外の全員と軍人1人の賛成が必要となる。
このため「現状のミャンマー政治と社会の安定には国軍の政治参加は必要である」とする国軍と政治や議会での国軍勢力の排除を求めるNLDを中心とする民主化勢力の駆け引き、攻防が激しさを増しているのが現在のミャンマーといえる。
▲写真 ミャンマー連邦議会。国軍が一定数の議席を占める 出典:HtooTayZar(Wikimedia Commons)
そうした状況でラカイン州での治安悪化は軍に「治安維持、社会安定には国軍の存在が必要不可欠」との役割を国民に印象付ける「絶好の機会」であることから、人権侵害を「AAの仕業」に見せかけるための「AAによる偽装工作宣伝」を展開している、との見方も強くなっている。
政権を担って以来これまで国の治安維持と社会の安定を優先させるため軍に対して必要以上に気を使ってきたとされるスー・チー顧問がかつて「民主化運動の旗手」と称された時代の「勇気と決断力」で軍部と正面から向き合い、民主化の最後の仕上げをやり遂げることができるのかどうか、与党関係者や国際社会はじっと見守っている。
トップ写真:ラカイン州の投資フェア開幕式に出席したスー・チー顧問(中央)2019年2月23日 出典:The Republic of the Union of Myanmar State Counsellor Office Homepage
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。