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.国際  投稿日:2019/6/17

金正恩、軍需工場視察の魂胆


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・軍需工場視察はミサイル発射の可能性を米に伝達する狙い。

・守りを固める為、中国へと繋がる脱出用地下トンネルの点検も。

・米大統領選等の“弱点”狙い譲歩獲得へ。続くトランプ・リスク。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46337でお読みください。】

 

北朝鮮の金正恩委員長は、ハノイ会談で失った権威の回復のために国内での体制を立て直しと「自力更生」の耐乏生活で長期戦に備える一方、来年に大統領選挙を迎えるトランプ大統領の弱点を利用した譲歩獲得に方針を固めたようだ。

それは包括的で完全な核廃棄ではなく、同時並行的段階的取引、すなわち核を保有したままの制裁解除獲得だ。5月初旬に、米韓軍迎撃体制の無力化を企図する核弾道搭載可能な「偏心弾道短距離ミサイル」の発射を強行したのも、この方針に一切妥協はないとの意思表示だった。

▲写真 飛翔体発射を視察する金正恩委員長(2019年5月5日にツイッターに掲載) 出典:DPRK twitter

金正恩は、短距離ミサイル発射の延長線上で、6月に入ると軍事工場の視察も行った。朝鮮中央通信は6月1日、金委員長が慈江道(チャガンドウ)の江界(カンゲ)市にある複数の工場と満浦(マンポ)市への「現地指導」を行ったと報じた。しかし視察がいつ行われたかは触れなかった。 

 

■ 軍需工場群視察で米国へ送ったメッセージ

この金正恩の軍需工場視察の狙いは、今後、新型ミサイル(SLBMを含む)の挑発もありうるとのシグナルを、トランプ大統領に送ることにあった。米朝交渉におけるトランプ氏の唯一の功績が、北朝鮮の核実験とICBM発射を止めていることだからだ。こうした行動は、米国とイランとの対立激化、米国と中国との対立拡大をにらんでのものと推測される。

▲写真 金正恩委員長による江界トラクター総合工場視察とされる写真(2019年6月1日ツイッターに掲載) 出典:DPRK twitter

 

6月1日に報道された金正恩視察の工場は次の通りだ。

①江界トラクター総合工場

戦車やキャタピラ式移動発射台を生産している。

②江界精密機械総合工場

ミサイル及び巡航ミサイル部品を生産している。

また濃縮ウラン生産も行っている。

③将子江(チャンジャガン)工作機械工場

地対空、空対地ミサイル工場。この工場の手前に今回報道されなかったが1016号工場があるが、そこでは、240mm、300mmロケット砲などを生産している。この工場の下手にあるのが2.8機械総合工場だ。

④2.8機械総合工場

ここでは軍需用精密機械を生産している。戦後の復興期にこの工場から「工作機械子供生み運動」が展開された(工作機械で工作機械を作る運動)。

 

■ 満浦市への視察―逃走地下トンネルの点検?

だがより注目しなければならないのは、もう一つの視察場所である満浦市視察だ。満浦市視察については詳細な報道がなされず、都市建設の問題点指摘だけが報道された。

▲写真 金正恩委員長が模型を前に江界市と満浦市の幹部に対し都市建設について指導しているとされる写真(2019年6月1日ツイッターに掲載) 出典:DPRK twitter

江界市から満浦市へは直行する鉄道路線はない。あるのは両市をつなぐ金正恩専用の「脱出用地下トンネル」だけだとされている。満浦市視察はこのトンネルの点検が主要な目的だったと推測される。攻めの視察が江界市だったと知れば、守りの視察が満浦市だったようだ。

満浦市は、有事の際に避難・指揮する後方拠点であるために、ここには金正恩の特閣(専用別荘)、専用農場、巨大な地下防護施設と江界市の護衛司令部施設から繋がる逃走用地下トンネルがある。そしてそれらの施設に電力供給する地方都市には見られない規模の大きな変電所もある。地下トンネルには鉄道が敷かれており、満浦駅を経て鴨緑江(アムノッカン)へとつながっている。地下トンネルから出て鴨緑江にかかる鉄橋を渡るだけで中国側の集安にたどり着くのだ。

今回金正恩はこの脱出路の点検を兼ねて、江界市から地下トンネルを使って満浦市に入った可能性が高い。だから満浦市での行動は詳細に報道されなかったと思われる。

▲写真 米朝首脳会談(2019年2月27-28日 ベトナム・ハノイ) 出典:Donald J. Trump facebook

 

■ 金正恩が描くロードマップ

金正恩が描いている今後のロードマップは、次のようなものと思われる。

トランプ大統領の関心が大統領選挙と中国に傾いている今年を準備期間とし、「親書」などで関係の維持をはかる一方、さまざまな揺さぶりで牽制を続け、来年の米大統領選挙の山場に合わせて一気に第3回米朝首脳会談に持ち込み、譲歩を勝ち取ろうとするものだ。

この思惑がそのまま実現できるかどうかは分からない。米国はいま軍事圧力と制裁を強化している。しかし金正恩は、なぜかしらトランプ大統領が譲歩に応じてくるだろうと踏んでいる。北朝鮮の完全な非核化はやはりトランプ大統領次第ということになりそうだ。われわれはこれからも当分の間「トランプリスク」から離れられそうにない。

トップ写真:金正恩委員長が2.8機械総合工場を視察したとされる写真
(2019年6月1日ツイッターに掲載) 出典:DPRK twitter


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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