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.国際  投稿日:2019/6/18

中国船、比漁船沈没させ逃走


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比政府は中国を強く非難、中政府は衝突は認めるも逃走は否定。

・比政府は中国の対応いかんで国交断交も示唆。

・中国に柔軟な姿勢をとってきたドゥテルテ大統領にも非難の声。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46349でお読みください。】

 

フィリピンや中国などが領有権を争っている南シナ海で停泊中のフィリピン漁船に中国船のトロール船が衝突、比漁船が沈没する事故が6月9日に起きた。フィリピン政府や海軍当局は、沈没漁船の乗組員22人が海上で救助を求めたものの中国船は一切の救助活動をせずに現場から逃走したとして「許されない行為」と中国を激しく非難する事態になっている。

事件は6月12日にフィリピン国防省が明らかにしたもので、9日夜に南シナ海のリード堆(フィリピン名レクト環礁)の沖合、フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内で発生した。

▲写真 スプラトリー諸島の占有状況 出典:Wikipedia; アメリカ中央情報局

ミンドロ島から出港して同海域で操業していた漁船「ギンバー1」が錨を下ろして停泊中、中国のトロール船がいきなり衝突し、漁船は沈没。22人のフィリピン人乗組員が海上で救助を求めるにも関わらず、一路逃走したという。乗組員22人は約6時間後に付近を航行中のベトナム船に全員が無事救助された。

フィリピン大統領府は「救助を求める乗組員を身捨てる行為は野蛮である」と中国を非難し、外交ルートで中国に抗議したことを明らかにした。

デルフィン・ロレンザーナ国防相も「中国船の行動は臆病な行為であり、我々は最も強い表現で中国船とその乗組員を厳しく非難する」と中国を指弾した。

▲写真 デルフィン・ロレンザーナ国防相 出典:REPUBLIC OF THE PHILIPPINES DEPARTMENT OF NATIONAL DEFENSE

その一方で22人の乗組員を救助したベトナム船籍の船についてフィリピン側はベトナムに対して感謝の意を伝えている。

フィリピンの独立記念日にあたる6月12日にはマニラ市内の中国領事館前で中国に抗議するデモが行われ、市民が南シナ海の地図が描かれた中国国旗を燃やして当て逃げ事件に関する怒りを露わにした。

 

■ 「一般的海上交通事故」と中国報道官

こうしたフィリピン側の批判に対して中国外務省の耿爽報道官は13日に「一般的な海上交通事故である」との見方を示し、中国当局が事故に関して調査中であるとした。

その上で同日の時点ではフィリピン漁船に衝突して沈没させたトロール船が中国船籍の船とは確認されていないとして「事実を立証もせずにこの衝突事故を政治化することは無責任である」と逆にフィリピンを批判する態度を示した。

ところが中国政府は15日になって態度を一変、衝突したトロール船が中国の船であることを認めた。

しかし、フィリピンが主張する「当て逃げ」については「中国船の船長はフィリピン人乗組員らを救助しようとしたが他のフィリピン漁船に包囲されることを恐れた。他の船が乗組員を救助するのを確認した」と否定した。AFP通信が伝えた。

フィリピン側はこうした中国側の主張に対し、当時周辺に他のフィリピン漁船はほとんどいなかった、故意の衝突でなければ他のフィリピン漁船に囲まれる懸念も救助活動を妨害される心配もないはず、衝突から救助まで約6時間経過している、などとして中国側の主張に深い疑念を抱いている。

そもそも中国側の「一般的海上交通事故」であり「停泊船に衝突した」というのであればまずはあるべき公式の謝罪がないことが中国の当て逃げが確信犯であるとの見方を裏付けているとフィリピン側ではみている。

中国の態度に対してフィリピン側は「もし衝突が意図的であれば国交断行もありうる」(大統領府サルバドル・パネロ報道官)と強く反発。

フィリピン海軍司令官のロバート・エンベドラド中将は14日「フィリピン漁船は錨を下ろして停泊中に衝突されたものであり、これは(中国側が主張する)一般的な海上交通事故などではなく、一方的にぶつけられたものである。停泊中の船に衝突する船舶などありえず、もし何らかの過ちで衝突しても、海上の乗組員を放置したことも問題である」と中国側を厳しく批判していた。

海軍内部には未確認情報としてトロール船が中国の海上民兵組織所属の船舶との見方も浮上しているという。

海軍によると国際的なルールで停泊中の船舶への衝突を避ける義務が航行中の船舶にはあるという。さらに海上の要救助者を無視して逃走した行為は「犯罪行為であるとの指摘を免れることはできない」(パンフィロ・ラクソン上院議員)とも指摘している。

▲写真 パンフィロ・ラクソン上院議員 出典:Senate of the Philippines

 

■ 周辺海域は天然資源の宝庫

リード堆周辺海域は天然ガスや石油といった天然資源が豊富に埋蔵している海域といわれ、中国がその権益を主張してフィリピンと激しく対立している。

中国は今回事故のあったリード堆以外にパグアサ島周辺での漁業活動も活発化させており、フィリピン当局によると2019年1月以来、パグアサ島周辺海域で600隻以上の中国船の活動を確認したとしている。

中国側が衝突したトロール船が中国船籍とは確認されていないと当初は主張していたことについてフィリピン西方管区軍司令部の報道官ステファン・ペネトランセ中尉は地元メディアに対して「夜間の出来事とはいえ、意図的に減速、停船や方向転換をせずに衝突してきた相手の船を近距離から目撃した漁船の船長や乗組員が中国船であったと証言している」と述べ、中国船であるとの認識を示したことなどが中国側の「知らぬ存ぜぬ」という姿勢を改めざるを得ない状況に追い込んだともいえる。

▲写真 ドゥテルテ大統領(左) 出典:ロシア大統領府

南シナ海の領有権問題を巡ってはドゥテルテ大統領がフィリピンの強い姿勢を国民には示す一方で、中国政府からの経済支援にも配慮して対中国では是々非々あるいは柔軟な姿勢をみせることもある。

このためフィリピン国内ではドゥテルテ大統領に対して「対中外交が軟弱だ」との不満が高まっていることも事実で、相手側が中国船と確認された今回の当て逃げ事件に政府として沈没漁船の補償や公式謝罪など今後どう対処していくのかが問われている。

トップ写真:沈没する船(イメージ) 出典:pxhere


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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