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.国際  投稿日:2019/7/2

演出された「米朝首脳会談」


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・ツイッター発の首脳会談は相互利害から演出されていた可能性。

・崔善姫第1外務次官とビーガン北朝鮮特別代表の周到な準備。

・米メディア、板門店サプライズは「トランプの選挙用ショー」。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46542でお読みください。】

 

ドナルド・トランプ米国大統領が歴史上初めて休戦ラインを越え北朝鮮側地域に足を踏み入れた。そして金正恩委員長と6月30日午後4時から4時53分まで板門店非武装地帯(DMZ)韓国側「自由の家」で首脳会談を行った。昨年のシンガポールでの会談と今年2月のベトナム・ハノイでの会談に次ぐもので、2-3週間内の実務会談スタートを合意しただけの「ミニ首脳会談」だった。

この「板門店米朝首脳会談」が、トランプ大統領のツイッターから始まったとして世界を驚かせたが、それはトランプの選挙対策と金正恩の権威回復というお互いの利害から、事前に準備して演出された会談である可能性が高い。

 

■ ツイッター打診だけで金正恩が動くことはない

この会談のいきさつは、6月28~29日の20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)に出席するために来日中、トランプ米大統領が29日朝ツイッター上で、30日にDMZ(休戦ライン)板門店JSA(共同警備区域)のオ・ウォレット警戒所を訪問する際、金正恩委員長と面会する用意があると呼び掛けたのを、金正恩委員長が応じて実現したことになっている。金正恩はツイッターを見て驚き準備に入り、一日で決定したとしながら「トランプ大統領と私の間の良好な関係がなかった場合、このような再会が一日で電撃的に行われてなかっただろう」とトランプの演出に歩調を合わせた

だが取り換えがきくトランプ大統領はとは違い、取り換えが効かない金正恩委員長の場合警護の面だけを見ても「ツイッターを見て驚き準備に入った」などとの軽薄な行動は許されない。そのようなことが可能であれば文在寅大統領と約束したソウル訪問はすでに実現しているはずだ。そうした即興的行動で金正恩の権威に少しでも傷ついた時、北朝鮮体制にどのような影響をもたらすかは、ハノイ米朝首脳会談決裂後に北朝鮮内部が揺れ動いた過程を見れば明らかだ。ハノイ会談の後遺症を回復するのに金正恩政権が費やしたエネルギーには計り知れないものがある。

金正恩の権威が高まり、それなりの「手土産」がない限り動かないのが北朝鮮の首領独裁体制だ。呼びかけられたからと言って、何の見返りもなく、友達に会うような気分で気楽に出てこられる金正恩ではない。

▲写真 トランプ大統領と文大統領の共同記者会見 出典:Flickr; The White House

 

■ 米朝の親書交換で「枠組み」固まる

このサプライズショーは、トランプ大統領が、シンガポール米朝会談1周年を前にして、金正恩委員長から「素晴らしい手紙をもらった。非常に前向きなことが起きるだろう」と明らかにした(6月11日)ところから始まったと見られる。文在寅大統領は、この親書の中身を見ていたのか、ノルウェーを国賓訪問中の13日(現地時間)、「(金正恩)親書の内容にはトランプ大統領が発表しなかった非常に興味深い部分もあるが、トランプ大統領が発表した内容以上のことを先に申し上げることはできない」と意味深長な発言をしていた。

そして10日ほどの後、今度はトランプ大統領が金委員長に「親書」を送ったが、この親書に対して金正恩は「立派な内容が含まれている。トランプ大統領の政治的判断力と格別な勇気に謝意を表する。興味深い内容を慎重に考えてみる」(6月23日、朝鮮中央通信報道)と反応した。今回の板門店イベントの具体的枠組みはこの時にほぼ固まったと推測される

このトランプ大統領の親書については、ポンペオ米国務長官が6月23日、北朝鮮の非核化に向けた協議再開に道を開くものとの期待を示していた(ロイター6月24日)。

 

■ ビーガン・崔善姫で最終調整?

板門店会談のイベントが行われる前日の29日、北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)第1外務次官が「トランプのツイッター」に対して「興味深い提案だ」との談話を素早く発表した。「ツイッター」を受けただけで、その内容も確かめずに、北朝鮮の第1外務次官が即刻前向き談話を発表した事例はこれまでにはない。

韓国からの情報によると、韓米首脳会談準備のために訪韓中のスティーブン・ビーガン北朝鮮特別代表が29日の「トランプ歓迎晩さん会」にも参加せず、午後3時半から10時までどこかに姿を消していたという。国連軍司令部のホットラインを利用して北朝鮮側と綿密に打ち合わせを行ったか、もしくは秘密裏に崔善姫?と会い、水面下で具体的手順の調整を行ったのではないかと見られている。その時に米国側の何らかの譲歩、たとえば段階的同時並行的交渉方式を米国側が受け入れるといった譲歩が行われた可能性もある。

そのことはビーガン北朝鮮特別代表が、すでに6月19日(現地時間)、ワシントンのアトランティック・カウンシルと東アジア財団が主催する戦略対話の基調演説で「(米国は)金正恩委員長の重大政策発表と公式声明を慎重に検討し、実務交渉再開時に進展を容易なものにする建設的な構想に注目している」と話し、「両国は柔軟なアプローチが必要だという点を認識している」と微妙な発言を行っていたことからも伺える。

▲写真 ビーガン北朝鮮特別代表(右)とポンペオ国務長官(左)出典:Flickr; U.S. Department of State

 

■ ワシントンポストがすで板門店会談をに予測していた

ポンペオ国務長官発言やビーガン特別代表のこうした発言から「トランプ親書」にはさまざまな憶測が生まれていたが、米紙ワシントン・ポスト(WP)は6月22日(現地時間)、一部の専門家が、トランプ大統領が29-30日に韓国を訪問した際、「板門店で金正恩委員長との会談を試みる可能性がある」との見方を示していると伝えた。

この報道に対して、24日、韓国大統領府の当局者が、南北首脳会談も米朝韓3カ国首脳会談も行う計画はないと明らかにしたため、ワシントン・ポスト報道が否定されたものと解釈されたが、韓国政府が否定したのは南北首脳会談と米朝韓3カ国首脳会談であって米朝首脳の会合を否定したものではなかった。ワシントンポストの報道は正しかったのだ。

69年前の戦争の三当事国首脳が戦争を休止した境界線で会合したのは、それ自体歴史的である。しかし、この日の出会いは、その象徴性を除けば、どのような成果があったのか不透明だ(朝鮮日報2019・7・1社説)。また稀代の独裁者と共に北朝鮮に足を踏み入れて「光栄」と言ったトランプの価値観は民主主義国家のリーダーとして尋常ではない。

多くの米国メディアは今回の板門店サプライズを「トランプの選挙用ショー」と切り捨てた。またある韓国の保守系知識人は、北朝鮮非核化実現で「トランプ、金正恩、文在寅の組み合わせは最悪だ」と吐露した。

トップ写真:DMZで握手をする金委員長とトランプ大統領 出典:Flickr; The White House


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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