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.社会  投稿日:2019/7/12

「国際薬物乱用・不正取引防止デー」悪意感じる国の取組み


田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)

【まとめ】

・国連のコンセプトと真逆の広報をする厚労省。

・薬物問題を言葉でなく具体的な「回復」や「再起」への道示すべき。

・厚労省の対応は、薬物依存者の家族を失望させている。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46819でお読みください。】

 

皆さまは、国連により626日が「国際薬物乱用・不正取引防止デー」に定められていることをご存じだろうか?

国連のホームページの中に、今年の「国際薬物乱用・不正取引防止デー」に対する、国連事務総長アントニオ・グテレス氏のメッセージが書かれているので、是非ご一読頂きたい。中でも重要と思われる箇所を抜粋すると、

今年初め、麻薬委員会で、加盟国は「人々が安全、繁栄しながら健康、尊厳、そして平和に暮らせるように、権利と健康に基づいた薬物への対応のために共に取り組む」ことを約束しました。

私はすべての政府にこの誓約を守るよう呼びかけます。(中略)人権に基づく、性別や未熟な年齢の薬物予防、薬物使用およびHIVのための治療およびリハビリテーションサービスを意味し、スティグマも差別もなしに提供されます。

家族、学校、地域社会は、特に薬物乱用の影響を受け、ひどく長期的な影響を与える可能性のある若者を支援するうえで、きわめて重要な役割を果たしています。若い人たちと一緒に、そして若い人たちのために薬物使用を防ぎ、若い人たちがより健康的な生活を送れるように助け、力と回復力を持って人生の選択を進めましょう

と、「国際薬物乱用・不正取引防止デー」は、特に若者を薬物使用から守ることと同時に、薬物使用をしてしまった若者たちが、排除されることがなく健康が回復できること、そして麻薬の不法取引を根絶する、というコンセプトのもと制定されている。

ちなみに、こちらの日本の国連広報センターには、前国連事務総長のコフィー・アナン氏、潘基文氏のメッセージが掲載されているので、こちらもあわせてご一読頂きたい。

さて問題は、これらの国連決議に対する、日本の取組みである。

このポスターをご覧いただきたい。

▲画像

相も変わらず「ダメ。ゼッタイ。」の一辺倒だが、しかも今年は、薬物乱用の行きつく先は「破滅」しかないという、国連のコンセプトとは真逆のものを広報しているのだ。

これでは、薬物乱用に苦しむ若者を救うどころか、「お前らなんかどうなっても知らない」と厚生労働省(イニシアチブをとっている部署がどこなのかは、ハッキリしないが監視指導・麻薬対策課あたりか?)と、都道府県は職務を放棄したも同然ではないだろうか。

そもそも「ダメ絶対運動」は、1998年に、国連が「国際薬物乱用・不正取引防止デー」を制定したことに端を発した運動だが、日本ではこの「国際薬物乱用・不正取引防止デー」を勝手に「国際麻薬乱用撲滅デー」と名前を変えてしまった。そして、末端の使用者を極悪人の様に仕立て上げ、「ダメ絶対!それを守れない奴は人間失格」とスティグマを強め、世界中で最も警戒し力を入れている、不正取引の方は切り捨ててしまったのである。

「ダメ!絶対」と叫び続けるだけなら、なんの苦労も努力もいらないではないか。

世界中がこの薬物問題を「防止」するために、不正取引防止の国際的ネットワークを強化し、さらには人権に対する配慮をして、薬物乱用に苦しむ若者を救おう!と呼びかけているのに、日本では、この問題を改善するためにお給料を貰っている人達が、「薬物乱用した奴なんか破滅しろ!」と、身も蓋もない運動を推進しているのである。

今や、官僚や中学生といった一般市民が、覚せい剤や大麻を使っている時代である。従来の「ダメ絶対」では、効果などあがっていない。もう少し知恵や科学的根拠、そして世界の先行研究や上手くいった事例くらい学んで取り入れて欲しいと心から願っている。そして憎むべきは「売る側」であって、ある意味そういった「売る側」の被害者になっているとも言える特に若年層の「使用者」に対しては手を差し伸べ、守っていくべき健康障害を抱えた人達ではないだろうか。まさに弱気を助け、強気をくじくべきである。

そして日本の薬物問題を最も困難にしている問題は、こうして国をあげて薬物に手を出した「使用者」ばかりを叩くために、薬物問題に直面し苦しんでいる、当事者や家族が声をあげられなくなり、助けが求められず早期発見、早期介入を困難にしている点にある。

現在私は、ギャンブル依存症問題を考える会の代表を務めているが、ギャンブルだけでなく、アルコールの市民活動家の皆さんはもちろんのこと、声をあげられずにいる、薬物乱用問題を抱えたご家族ともネットワークを作り連携を強めている。

そこで今回のこの日本の取組みに対する薬物乱用問題を抱えるご家族から、悲しみや不安、そして国に対する改善要望の声を預かることとなったのでご紹介したい。

『私の息子は薬物依存症です。現在は、回復施設や自助グループに繋がり回復し、社会復帰を遂げ一市民として就労し納税の義務も果たしています。私自身も一時は子供を殺してしまいかねないと追いつめられましたが、勇気をもって薬物の相談を受け付けてくれる機関に連絡し、適切な家族支援に繋がることができたお陰で、息子も自分も薬物依存症という病気の苦しみから解放されることができました。

もしあの時このようなポスターを見かけていたら、絶望しか生まれず今の私たちの穏やかでかつ国民の義務を果たせるような生活はなかったでしょう。違法薬物を使ったら、即私たちの生活には破滅しかないというのは、あまりに私たちの命が軽視されている気がします。』

薬物依存症は、回復できる病気ということが厚生労働省のホームページにも書かれています。また、国内にも世界にも有名・無名に関わらず、回復者は多数現れています。

にもかかわらず、「薬物乱用の行き先には破滅しかない」といった誤った情報のすりこみを、国が国費を使ってポスターまで作成し、回復の希望の灯を吹き消し、絶望しか与えない取組みには、薬物依存症の家族として大きな悲しみを感じます例え、薬物乱用という間違った手段を用いたとしても、そこから救い出されるチャンスを与えて頂きたいと思います。

私たちは、数少ないチャンスをものにし、大切な家族の回復を掴むことができました。そしてより多くの人達に「破滅ではない。回復はある。」ということを伝えていきたいと願い活動しています。

国は、私たちの想いを踏みにじらず、同じ方向を見て、多くの方々に支援の手が届くようお力を貸して頂きたいと思います。』

『私も薬物依存症の家族です。初めて息子が使用した事実を知った時は地獄に真っ逆さまに落ちていく、絶望感でいっぱいでした。家族会支援の方々や自助グループを知り約10年が経ちます。

今は、天国です。幸せです。これは本当の話です。こんなことが、あるんです。新しい角度から薬物依存症の事を、たくさんの人に知って頂けたらと思います。』

こうして薬物乱用の問題を抱えるご家族も、バッシングを恐れず少しずつ声をあげ始めている。ブログも開設されているので、是非こちらも応援してあげて欲しい。

Today not someday

Not Alone

最後に、ある薬物依存のご家族が、今後の国の方針転換へ期待をこめて、今年のポスターに対し、新しいバージョンを作成して送ってくれた。これには思わず笑ってしまったが、なんと明るく「抜けだそう!」と思える前向きなポスターではないか!

▲画像

薬物乱用に苦しむ当事者、家族の声を受け止め、「破滅」ではなく「回復」や「再起」への道を示して欲しいと願う。国は、そろそろ「ダメ絶対」では効果があがらないことを認め、方向転換をする時期に来ているのではないだろうか。

 

【訂正】2019712

本記事(初掲載日2019712日)の下記一文を削除いたしました。

「こんな片手落ちの仕事ぶりがあるだろうか?」  

 

トップ写真:アントニオ・グテーレス国連事務総長 出典:Flickr; Chatham House


この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表

1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。

 

田中紀子

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