北朝鮮、改訂憲法「核保有国」再明記
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・憲法改訂でも金正恩に核放棄の意思なく、そもそもできない。
・「金正恩が核放棄を決意」と広めた文大統領、苦しい立場に。
・内部の反金正恩勢力育成によるレジームチェンジがベスト。
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去る4月11日に開かれた北朝鮮の第14期第1回最高人民会議で改訂された「朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法」で金正恩委員長が「国家の代表」と表記されたことをもって、日韓のメディアはさまざまな解説をしている。
解説の中には、「金正恩委員長、国家の代表…北朝鮮、憲法で正常国家化へ試み」(中央日報日本語版2019/7/12)といったものや「金正恩氏、改正で“絶対統治完成”」などと報道(共同通信2019/7/11)したものもある。
しかし、金正恩委員長が国家の代表と明記されたことが「正常国家化へ試み」であり、憲法に名前が初登場したことが「絶対統治の完成」なのだろうか?憲法で国家代表として金正恩の名前が明記されても、三代の長きにわたって人権を無視し、抑圧を続け、核兵器で瀬戸際外交を続ける「首領独裁体制の異常国家」であることには変わりがない。
また憲法に名前が載ろうが載るまいが、金正恩の絶対権力は先代からの継承過程ですでに完成している。北朝鮮の憲法改訂に対するこのような解説は、北朝鮮理解には何ら役立たないだけでなく、重要な分析ポイントを見逃させることにもなる。
▲写真 北朝鮮第14期第1回最高人民会議(2019年4月11日平壌)出典:DPRK(North Korea)Twitter
今回の北朝鮮の憲法改訂で最も注目しなければならなかったは、憲法序文に明記されている「核保有国」表記がどうなったのかという点であった。しかし「核保有国」表記には全く変化がなかった。そこには「先軍政治によって、金日成同志の高貴な遺産である社会主義獲得物を誇らしく守護し、わが祖国を不敗の政治思想強国、核保有国、無敵の軍事強国に転換させ、社会主義強国建設の輝かしい大通路を切り開いた」と明記されていた。
■ ますます苦しい立場に立った文大統領
2018年に、金正恩が「朝鮮半島の非核化」との用語を使い米朝首脳会談に意欲を見せた時、一部の北朝鮮専門家・ジャーナリストは、それを「北朝鮮の非核化」と勘違いし、「金正恩が核放棄に本気で臨み始めた」と喧伝した。そして2018年4月20日の朝鮮労働党中央委員会で、金正恩が「今後経済建設に集中する」と主張すると、これを「核兵器建設と経済建設の並進路線」の転換ととらえ、「核放棄本気論」が拡散した。
そして2019年2月の「ハノイ米朝首脳会談」直前には、某有名大学準教授による「(金正恩が新年辞で)直接、“完全な非核化”の意思を国民に伝えているのは重みがある」と金正恩が北朝鮮の非核化に踏み込んだかのごとく解釈し、「ただこれはあくまでも米国との交渉の中で、米国がどれだけ譲歩するかに関わっている」などと、あたかも北朝鮮の核保有が米国の責任であるかのような主張まで飛び出した。
こうした「金正恩が核放棄を決心したようだ」との誤った判断を世界に広めた大元締は、韓国大統領の文在寅氏だった。彼は、「金正恩が核放棄を決意した」とあたかも金正恩の代弁人のごとき発言を繰り返し、「北朝鮮に対する制裁を解除しなければならない」と世界を駆け回った。金正恩にその意思がないことが明確となった「ハノイ米朝首脳会談」決裂後もそれを続けている。
文在寅氏が言うように「金正恩が核の放棄を決心した」ならば、今回の憲法改訂で序文から「核保有国」との語句をなくすか、なくす余韻ぐらいは残していたはずだ。
▲写真 文在寅韓国大統領と金正恩委員長(2019年7月2日板門店)出典:DPRK(North Korea)Twitter
■ 金正恩には核放棄の意思もなく、放棄もできない
金正恩委員長は執権後一貫して核ミサイル開発に全力を注ぎ、「核保有国」を宣言してきた。2013年3月31日の朝鮮労働党中央委員会全員会議の報告の中では、「経済建設と核武力建設の並進路線」を提示し「先軍朝鮮の核兵器は、決して米国のドルと換えようとする商品ではなく、政治的駆引きや経済的取引きの対象物ではない」と主張し「巨万の金をもっても替えがたい民族の生命であり統一朝鮮の国宝である」と核保有の恒久化宣言を行った。
また、2016年に開かれた朝鮮労働党第7回大会の報告でも「経済建設と核武力建設を並進させる路線」を提示し、「わが党の新しい併進路線は、急変する情勢に対処するための一時的な対応策ではなく、われわれの革命の最高利益から出発し恒久的に堅持する戦略的路線であり、最も正当で革命的な路線である」と主張した。「大会決定書」には「核兵器の小型化、多種化を高い水準で実現し、核戦力を質・量的に強化して『東方の核大国』に輝かせていく」と記した。
そして大会直後には、「北朝鮮の非核化」とされてきた「朝鮮半島の非核化」用語を再定義し、それは、北朝鮮だけの非核化ではなく、朝鮮半島とその周辺にある米国の核や核の傘と、太平洋地域の米軍の戦略資産配置まで無くすこと(2016年7月北朝鮮政府声明)と主張し始めた。すなわち「朝鮮半島の非核化」は「核軍縮」であると再定義したのである。
また、「金正恩が核放棄を決意した」会議だと騒がれた2018年4月20日の第7期第3回朝鮮労働党中央委員会全員会議でも核放棄に関する言及はなかった。この会議では「核兵器化の完結が検証された条件の下で、今やわれわれにはいかなる核実験と中・長距離、大陸間弾道ロケット試射も不用となり、北部核実験場も自己の使命を果たした」と強調し、決定書で「2018年4月21日から核実験と大陸間弾道ロケット試射を中止し、朝鮮の北部核実験場を廃棄する」と記したが、これは核放棄宣言ではなく核兵器完成宣言であった。
▲写真 トランプ米大統領と金正恩委員長(2019年7月2日板門店)出典:DPRK(North Korea)Twitter
■ 北朝鮮の核問題解決は「レジームチェンジ」がベスト
北朝鮮は核保有のために、三代世襲・数十年間にわたってあらゆるものを犠牲にし、あらゆる手段を尽くしてきた。金日成・金正日時代には「核を持つ意思もなければ、その能力もない」などと米国を騙し、金日成死亡後には「朝鮮半島の非核化は金日成の遺訓」などとの言辞を弄して国際社会を欺瞞してきた。
そして核ミサイルが完成した金正恩時代に至っては「先軍朝鮮の核兵器は、巨万の金をもっても替えがたい民族の生命であり統一朝鮮の国宝である」と開き直り、核保有の恒久化宣言を行った。そして今年の改訂憲法にも「先軍政治によって・・・わが祖国を不敗の政治思想強国、核保有国、無敵の軍事強国に転換させ、社会主義強国建設の輝かしい大通路を切り開いた」と明記したのである。
この三代にわたる執念の獲得物を金正恩が放棄するはずもなく、金正恩の一存で破棄できるものでもない。北朝鮮の核を除去する方法としては、
①内部の反金正恩勢力を育てて外部との協力(斬首作戦を含む)のもとに金正恩体制をレジームチェンジさせるか
②日韓が核武装して日韓の核廃棄と北朝鮮の核廃棄とを交換するか
③米国の軍事オプションで叩き潰す
などが考えられるが、この選択肢の中で最も良い方法は①の方法ではないかと思われる。
トランプ大統領が「ディールの大天才」であっても、金正恩といくら仲良しになっても、経済制裁と交渉だけで北朝鮮の完全な非核化を実現するのは困難である。中国が北朝鮮を支援する下では、ディールで可能なのはせいぜい「核の凍結」くらいだろう。北朝鮮改訂憲法の「核保有国」明記がそれを明確に示している。
トップ写真:軍の演習を視察する北朝鮮の金正恩委員長(2019年5月10日)
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統