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.社会  投稿日:2019/7/26

「国際薬物乱用・不正取引防止デー」厚労省への要望書


田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)

【まとめ】

・厚労省には薬物依存に関する二次、三次予防の知識・配慮が全くない。

「ダメ。ゼッタイ」の取組みが本質的に効果があるとは言い難い。

・暴力団排除には、流通ルートの断絶と、末端使用者の回復が重要。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47075でお読みください。】

 

2019/7/12に「国際薬物乱用・不正取引防止デー 悪意感じる国の取組み」という記事を書いたが、さすがに今回のポスターがひどすぎたことから、依存症問題に取り組む当事者、家族、支援者など方々から是正を求める声が上がり、それら各団体と連携し、このキャンペーンを主催する、

根本匠厚生労働大臣、

厚生労働省 医薬食品局 監視・指導麻薬対策課

社会・援護局 障害保健福祉部 依存症対策推進室

(公財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター

要望書を提出することとなった。

 

提出者は、以下の各団体である。

依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク

特定非営利活動法人 全国薬物依存症者家族会連合会

特定非営利活動法人 アスク(アルコール薬物問題全国市民協会)

公益社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会

特定非営利活動法人 全国ギャンブル依存症家族の会

関西薬物依存症家族の会

 

要望書の内容は

「ダメ。ゼッタイ。普及運動」のポスターに関する要望

▲画像

私たちは、依存症への正しい理解を広め、回復を応援する社会をつくるために活動している団体です。

今年の「ダメ。ゼッタイ。普及運動」のポスターを見て非常に驚きました。「薬物乱用の行き先をご存知ですか?」と、どの方向にも「破滅」しかないことを強く訴えています。

主催者の方々にしていただきたいことがあります。

このポスターを、薬物をやめられずに苦しんでいる乱用者や家族が見たらどう感じるか、という視点で見ていただきたいのです。

「絶望」しかありません。その結果、追い詰められて、ひたすら「自己破壊」に向かうしかなくなります。

では一般の人はどう感じるでしょうか?

…「薬物乱用者は破滅を承知でやっているアホ。自業自得だから、助ける価値もない」との偏見を募らせる可能性が高いと、私たちは考えます。

実際に、各地で薬物依存症リハビリ施設への反対運動が起きていますし、薬物を使用した芸能人を寄ってたかってさらし者にし、出演作品の回収など過剰な自粛も起きています。ゼッタイ排除の動きです。

こうして、薬物乱用撲滅の名のもとに、乱用者への過剰な社会的制裁・排除が助長されています。それは実際に、早期相談・治療・回復・社会復帰を阻害する大きな要因となっているのです。

これは、国連をはじめとする世界の流れ――薬物問題を健康問題ととらえ、非犯罪化して重篤化を防止――にも反します。わが国で2016年に施行された「再犯防止推進法」――社会において孤立することなく、国民の理解と協力を得て再び社会を構成する一員となることを支援することが目的――にも反するものです。

上記の理由で、私たちは以下の対応を強く求めます。

 

1.2019年「ダメ。ゼッタイ。普及運動」ポスターの掲示中止。

2.来年度以降は「ダメ。ゼッタイ。」の路線を見直し、相談や回復につながるようなポスターを作成・掲示すること。

3.International Day Against Drug Abuse and Illicit Traffickingを、「国際麻薬乱用撲滅デー」ではなく、正しく「国際薬物乱用・不正取引防止デー」と訳すこと。

 

とした。そして、2019/7/19に、この要望書を手渡すため厚生労働省に出向くこととなった。この会合に、厚生労働省側としては、医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課(以下 監麻課と記す)の成嶋伸浩課長補佐、と同課澤田薫啓発推進係長、そして社会・援護局 障害保健福祉部 依存症対策推進室からもお二人が参加された。

要望書を手渡す前に調べたところ「ダメ。ゼッタイ。普及運動」のポスターに関してイニシアチブをとっているのは監麻課であって、依存症対策推進室には連携がなかったことがわかっていたが、今回あえて依存症対策推進室にも同席して頂いた。

この監麻課の「ダメ。ゼッタイ。普及運動」の問題点は、一次予防(病気にならない、未然に防ぐ)を強調し続けてきたばかりに、その弊害の方が大きくなってきているにも関わらず、その見直しがなされないことである。というよりも今回、監麻課との面会が実現してわかったことは、監麻課は二次予防(早期発見・介入、病気をくい止める)、三次予防(再発予防)の知識や配慮など全く持っていないという驚愕の事実であった。

予防医学では、もちろん一次予防の病気にならないような対策は大切ではあるが、どんなに気をつけていても病気に罹患する人はいる。そのために早期発見・早期介入を実現し、治療法を確立したり、人材を育成していく、そして再発防止の措置を講じ、社会復帰をしていく、という考えがとられている。

例えばこれが糖尿病だったら、「カロリーコントロールと適度な運動」という誰でも知っていることが一次予防。けれども必ず罹患する人はいるわけで、健康診断などが二次予防そして、早期介入、早期治療を実現し、その後、カロリー指導や場合によってはリハビリなどを受けながら社会復帰をしていくことが三次予防である。

いくら違法薬物が日本では犯罪扱いだからといって、監麻課のように一次予防だけを強調し、あとは「破滅」などとスティグマを強化していくやり方は、予防医学の点からも、健康障害を抱えた若者を救う観点からも考えられないし、管轄官庁としてあまりに無責任である。

こちら側としては、一次予防を強調し過ぎず、二次予防、三次予防と同時並行させていくことが大切であって、一次予防だけを強烈に言っていくと他でハレーションが起きてしまうことと、実際に薬物依存症回復施設の排斥運動が起きていたり、芸能人の過剰な作品自粛といった「偏見」や「排除」といった問題がおきているので、それら支障に対する配慮を頭に入れて予防を行って欲しい、ということを申し入れた。

ところが監麻課は、我々の意見と全くかみ合わず、結局はこれまでの「ダメ。ゼッタイ」の取組みを一切変える気などないとのことなのである。この取組みを変える気はない!という監麻課の根拠は、「日本は、欧米諸国に比べて違法薬物の依存症者が少ない。それはこのダメ絶対運動が効果をあげているからだ。そもそも手を出させないことが重要である。」というものである。

しかし、この説には2つの異論がある。

ひとつは、違法薬物経験者は本当に言われているほど少ないのか?という点である。日本では、本人への聞き取り調査しか実施しておらず、これだけスティグマがはられた日本社会で、果たして調査に正直に答えているのか?という疑問が残る。

これに対して、我々は薬物依存症問題の第一人者である国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の薬物依存研究部部長 松本俊彦先生と、俳優の高知東生さんとYoutubeで取り上げたことがあるが、そもそも自己回答の信ぴょう性には問題があると考えられるので、オランダでは下水の水を汲みとって、薬物がどのくらい蔓延しているかを調査するのである。日本はこういった科学的取組みがなされていない

その上現在、覚せい剤の大量輸入や若者の大麻の低年齢化や検挙率の増加が起きているのだから、「ダメ。ゼッタイ」が効果をあげているとは決して言えない。

また、もう一つの疑問としては、日本では違法薬物に対するバッシングは異常なまで人格を貶めるが、その分アルコールや処方薬、市販薬といった「合法」とされるものに対しては、ハードルが低く許容されすぎている

なんせお酒が年齢確認のIDを見せずに買える国なのだ。処方薬、市販薬に関してもあちらこちらの医者や薬局を渡り歩けば大量に薬を手に入れることができてしまう。だから違法薬物の生涯経験者が実際に低いとしても、日本は処方薬、市販薬の依存症罹患率はかなり高いと言われている。

ところがこの処方薬や市販薬の依存症調査は一向に行われず、違法薬物の取り締まりばかりに目を向けているのだ。国連の調査(P39参照)によれば、日本は依存性の高いベンゾジアゼピン系睡眠薬や抗不安薬の使用は、世界第2位の消費量なのである。

 

▲写真)市販薬イメージ 出典)pxhere

うがった見方をすれば、これは度々警察との統合が議論され、民主党政権時代には実際に仕分けの対象となった、同じ厚生労働省の管轄である麻薬取締官の存在意義を強調しようとやっきになっているかのように見える。実際、両課は強い結びつきのもとにある。

さらに、うがった見方をすると、このキャンペーンに監麻課と共にイニシアチブをとっている(公財)麻薬・覚せい剤乱用防止センタ―の役員には、薬剤師団体はもとより製薬会社の団体も名を連ねているばかりか、「ダメ。ゼッタイ運動」そのものが競輪・オートレースの補助事業で行われているのである。

つまり、そもそも自分たちの産業が沢山の依存症者を生み出しているのに、自分たちの足元には目を向けない、向けさせないために、声をあげにくい違法薬物の自己使用者を叩きスケープゴートにするために声高に叩いているようにさえ見えるのである。

また、監麻課の言い分として「違法薬物は犯罪なのだから、犯罪に手を染めないため、そしてその資金源は暴力団に流れるのだから、『ダメ。ゼッタイ』と強調することに意味がある。」というものがある。しかしこれは、誰でもすこし良く考えて頂ければすぐにご理解頂けると思うが、だったら「振り込め詐欺ダメ。ゼッタイ」「万引きダメ。ゼッタイ」と全ての犯罪に「ダメ。ゼッタイ運動」を行っているだろうか?言って効果が上がるだろうか?そんなことは言われなくとも大半の人は手を出さないものである。

だからこそ、「それでも手を出す人達がいる、その背景には何があるのか?「その人達を救うためには何をすればよいのか?」といった抜本的な対処の方が、よほど成果があがるのである。

実際、借金問題から振り込め詐欺に加担してしまうギャンブル依存症者を数多く見てきたし、万引きにも依存症があることなど元マラソンランナーの原裕美子さんの事件などで知られるようになった。そして、これらの場合は刑罰だけではなく治療にも繋げるという流れになっている。

その上、違法薬物の自己使用者へのスティグマを強めれば強めるほど、暴力団の思うつぼで、止められない人達は高い値段を払っても、どんな手を使っても手に入れようとしてしまう。これは禁酒法の時代を振り返ってみればわかることで、あの時代マフィアは大儲けすることになった。本当に暴力団排除を考えるのなら、流通ルートを断つことと、末端の使用者を「回復させる」ことが重要である。

今回の会合がすすむ中、監麻課のかたくなな姿勢に対し、日頃から依存症対策で協働している依存症対策推進室から我々の想いを仲介してくれるような発言があった。「ダメ。ゼッタイ。運動は、もともとは『Yes to Life.No to Drugs』という言葉で、日本ではYes to Life.の部分がなくなり、「ダメ。ゼッタイ」と翻訳されたが、「破滅」ではなくYes to Lifeの部分を入れた方がいいのではないか?」「『ダメ。ゼッタイ』と言っても、それでも使ってしまう高リスクの人達に届くメッセージを入れた方が良いのではないか。」「『ダメ。ゼッタイ』を強調することで、高リスクの子供達を社会から排除してしまい、ますます薬を使ってしまう。そうなると暴力団排除にも繋がらない。むしろ暴力団に近づいてしまう。」「『ダメ。ゼッタイ』をさらに進めた形があってもいいのではないか?」「日本は違法薬物の生涯経験率が低いといわれているけれども、その低いと言われている人達にも届くメッセージの方が更によい。」ということですね?と、こちらは実に端的でわかりやすく、我々の気持ちを確認して下さり、頼もしく思った。

私からも「こうやって、『ダメ。ゼッタイ』と、監麻課に強調されることで、ダメなものに手をだしたのだから仕方がない・・・と排除されていく若者達、あまりに頑なな皆さんのやり方で毎年何人もの仲間達が絶望し命を落としているのに、それでも『絶対にやり方は変えない』と言いはられるのはなぜでしょうか?私たちの仲間の命が皆さんにあまりに軽く扱われていると感じます。そういった人達に対してはどういうお考えがあるのでしょうか?」と質問した。

 

しかし、最終的に監麻課の答えは、

1.2019年「ダメ。ゼッタイ。普及運動」ポスターの掲示中止。

→対応しない

2.来年度以降は「ダメ。ゼッタイ。」の路線を見直し、相談や回復につながるようなポスターを作成・掲示すること。

→検討の課題

3.International Day Against Drug Abuse and Illicit Traffickingを、「国際麻薬乱用撲滅デー」ではなく、正しく「国際薬物乱用・不正取引防止デー」と訳すこと。

→やらない

 

とのことであった。書面で回答が欲しいと訴えたが、それもやらないとのことであったので、「では、今回のこの口頭での回答は、私たちの要望に対しては全面的に却下し何も改善はしないということであるが、それは個人的見解ではなく、監麻課の回答と受け取って構わないか?」と聞いたところ、「この件はまだ上司に相談していないので、個人的見解。」とのことであった。その旨記事に書いて構わないか?と確認した所構わないとの回答を得られたので、今回記事にして報告させて頂くこととした。

違法薬物で苦しむ当事者、家族は声をあげにくい。だからこそ助かりにくい。この国の薬物政策を変えていくためには、今後も忍耐強い折衝が必要だと痛感した会合となった。

トップ写真:)厚生労働省 出典:Wikimedia Commons


この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表

1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。

 

田中紀子

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