ゴーンと司法
.社会  投稿日:2019/12/7

薬物事犯、国会で非犯罪化議論


 田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)

 

 【まとめ】

・薬物使用者への世界の流れは「非犯罪化」、治療に繋げる考え方に。

・国会で「非犯罪化」議論。法相も前向き答弁。薬物政策の転換点に。

・日本の薬物政策は感情論・精神論脱し、効果的で人権配慮の政策に。

 

2019年12月1日のサンデージャポン(TBS系)で、沢尻エリカさんが違法薬物を所持し逮捕された問題で、かねてより厳罰化を求める杉村太蔵氏が「薬使っている芸能人は全員自首しろ!」などと叫び、それに対して「言いすぎ!むしろ薬物は一部合法化した方が良い」と真っ向反対の意見を唱える堀江貴文氏の論争がネット界で話題になった。

私などは、毎度行われる杉村太蔵氏のポジショントークと、自身の道徳的優位性を誇示する大げさな話しぶりにすっかり辟易してしまったが、これまでも芸能人が違法薬物の所持や使用で逮捕されると、毎度毎度、薬物問題の専門外である著名人たちから、正確なエビデンスもないただの感情論や思いこみが声高に発せられるのが常である。

▲画像 沢尻エリカさん 出典: Flickr; childe abaddon

今回の沢尻エリカさんの事件でも、様々なタレントによる発言があったが、依存症問題に関わって来られた筑波大学教授・原田隆之先生から正確なデータやエビデンスにもとづく反論がなされ、我々の様な現場で薬物依存症の支援に関わる者は溜飲を下げた。

原田先生が書かれたように、現在、違法薬物の末端の使用者に対する世界の流れは「非犯罪化」である。もちろん違法薬物の生産者や売人に対しては諸外国でも厳重に処罰されるが、ある意味「売人の被害者」とも言える使用者に対しては、刑事罰を与えるのではなく、非犯罪化し治療へと繋ごうという考えになっている。

▲写真 米国の「回復月間」で薬物やアルコールなどの依存症からの回復を祝う患者や家族、医療関係者ら。プラカードには「治療は効果的」と書かれている。(2014年9月24日 米・ミシガン州)出典: Flickr; Sacred Heart

この「非犯罪化」という最初は世界の誰もが驚いた政策が、今では世界の主流となっていったのは、ポルトガルが2001年に非犯罪化の大英断を下し成功を収めて以来、それに続いた諸外国が同じような成果をあげたため、感情論を捨て、エビデンスに基づく科学的な対策を重視したからである。ポルトガルの非犯罪化については、国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長・松本俊彦先生記事に詳しいのでご紹介する。

 ▲写真 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長・松本俊彦医師 出典: 松本俊彦 facebook

これら記事でもお分かりのように、非犯罪化すると刑務所に閉じ込めるより税金がかからず、しかも再犯率が下がり、結果としてHIVなどの健康被害も減り、医療費が抑えられ、なおかつ10代での薬物経験者が減るというのだから国民にとってこんなにメリットがある話はない。

日本はいつまで非現実的な精神論や感情論で、余計な税金を使い、一向に減らない再犯率を憂い、感情論で人権侵害や人格否定を続け、社会復帰を困難にさせ、挙句社会負担費を増大させるという悪循環を続けるのであろうか?

地上波テレビの劣化により、薬物問題に無知でも視聴者にウケけることを言ってくれるタレントなら社会に悪循環が起ころうとも平気で起用する・・・矜持をなくしたテレビマン達により、近年、有名人の薬物事件へのバッシングはどんどん過激になっていった。

こうした薬物事犯に対する無理解を憂いていたが、ここにきて一筋の光明が見える大きな出来事があった。実は、この違法薬物の末端使用者に対する、非犯罪化がついに国会でも議論されたのである。この難題のファーストペンギンとなって下さったのは立憲民主党の初鹿明博議員で、2019年11月27日の衆院法務委員会で初めてこの件の質問に立って下さったのである。

▲画像 衆院法務委員会で「薬物事犯の非犯罪化」に関して質問する初鹿明博議員。(2019年11月27日)出典: 衆議院ホームページ

初鹿議員は、まず「ハームリダクション」と呼ばれる薬物問題への向き合い方を変革する様々な取組みについてご説明された。ハームリダクションという言葉に耳慣れない方も、「HIVなど麻薬の二次的被害を減らすために、注射器や注射針をあえて提供する国がある」ということを御存知の方は多いのではないだろうか?

つまりハームリダクションとは、薬物の使用を止めることができなくても、薬物使用により生じる健康・社会・経済上の被害(harm)を、減少させよう(reduction)というものである。これは決して断薬を否定するものではなく、断薬を目指しつつもなかなかうまくいかない人に対して、支援を補完するという考え方である。そしてこのハームリダクションはすでに80カ国以上で取り入れられているのである。

初鹿議員はこれらの説明ののち「ただし、現在の日本社会で今すぐにハームリダクションが許容されるとは思っていない」とご発言され、「しかしながら、現状の様な刑罰一辺倒では、実際に薬物をやめたいと思っている人達も、治療を受けることが知られたら、全てを失うことになるのではないか?と考え、支援に繋がることができないでいる。そこで、自分から止めたいと思い、治療につながろうとする人に対しては、刑を免除する制度を検討し始めて頂きたいと考えるがいかがなものか?」という主旨のご質問をされた。

これに対し、森雅子法務大臣は、「平成29年10月に閣議決定された再犯防止推進計画においては、薬物事犯については海外において薬物依存症からの効果的な回復措置として実施されている、各種拘禁刑に代わる措置も参考にしつつ、薬物事犯者に対する再犯防止に対し、効果的な検討等を行うこととしている。薬物の単純使用者に対して、薬物依存の治療を受けることと引き換えに、刑を免除するとの制度については、理論的な問題の他、治療的措置の体制、再犯防止効果など様々な観点から検討を行っていくことが必要であると考えている」と答弁した。

 ▲画像 初鹿議員の質問に答弁する森雅子法相。(2019年11月27日衆院法務委員会)出典: 衆議院ホームページ

これは実に画期的な質疑であり、日本の薬物政策の転換点となる第一歩ではないだろうか。

日本社会では、まだまだ理解されていない違法薬物事犯に対する治療について、もしかしたら炎上してしまうかもしれないリスクをかえりみず、実に先進的な質問を投げかけて下さった初鹿明博議員の勇気に、依存症問題に関わる者の一人として心から御礼申し上げたい。

初鹿議員はそもそも依存症問題に詳しい議員のお一人であるが、この質問はさすがに葛藤がおありだったかと思う。議員にお目にかかった際に伺った所、やはり委員会内ではヤジもあり、アウェイ感でいっぱいだったとのことで、この質問内容を理解できるような議員は他にはいなかったことと思われる。

そして、森雅子大臣の答弁にも驚かされた。ここまでハッキリと「非犯罪化」に対して前向きな答弁が頂けるとは思ってもおらず、まさに嬉しい誤算であった。森大臣は弁護士なので、この問題に対するリベラルな感覚をお持ちでいらっしゃったのかと推察する。

いずれにせよ、初鹿明博議員と、森まさこ大臣のお陰で、ついに薬物使用者に対する「非犯罪化」が国会の質疑に上がり、検討課題となったのである。お二方には日本の薬物政策を前進させて下さった功労者として、依存症支援に関わるものとして感謝申し上げたい。

そしてこれを機に、日本の薬物政策が感情論、精神論から抜け出し、効果的かつ経済的で、人権に配慮された政策へと転換することを切に願う。

トップ写真:MDMA 出典: Flickr; Dominic Milton Trott


この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表

1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。

 

田中紀子

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