金正恩庇うトランプ密約疑惑
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・北朝鮮が発射したミサイルは韓国全土が射程に。
・トランプ氏の北をかばう発言は「米韓相互防衛条約」の精神に反する。
・トランプの度を越した北擁護に米朝密約疑惑。
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北朝鮮は、5月4日に続き7月25日に短距離弾道ミサイル2発を発射したが、7月31日には新型大口径誘導ロケット砲を発射した。続けて8月2日にも大口径誘導ロケット砲を2発発射した。
いずれも日本海に向けた発射だった。ハノイ米朝首脳会談以降強めている「通米対南圧迫政策」にさらに拍車をかけているようだ。
■ 金正恩が韓国を露骨に威嚇
25日に発射された「偏心弾道短距離ミサイル」は600キロ以上飛行し韓国全土を射程に収めた。31日発射の大口径誘導ロケット砲(多連装ロケット)は250キロを飛行し、韓国忠清北道清州(チョンジュ)のF35ステルス機基地と慶尚北道星州(ソンジュ)にあるTHAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)基地を射程に収めた。高度30キロまで上昇し直線で高速飛行し目標地点に落下するために、パトリオットミサイル(最高高度30キロ)とTHAADミサイル(最低高度40キロ)では迎撃が困難とされている。韓国にとっては25日に発射された「偏心弾道短距離ミサイル」(イスカンダル型)よりもこのロケット砲の方が脅威であると言える。
▲写真 韓国に配置されたTHAAD 出典:U.S. DEPARTMENT OF DEFENCE
金正恩委員長は、この新型大口径誘導ロケット砲の試射結果を見て、「本当にすごい、この兵器の標的になることを自ら招く勢力には今日のわれわれの試射結果が払拭できない悩みの種になるだろう」(朝鮮中央通信)と述べ、韓国を威嚇した。
■ 米韓相互防衛条約を無視するトランプ
北朝鮮が25日に発射した国連安保理決議違反の短距離弾道ミサイルは、文在寅大統領とトランプ大統領の対応に耳目を集めさせた。しかし文在寅は非難の言葉を一言も発せず黙認し、トランプは「米国には脅威とならない」と金正恩をかばった。
トランプ大統領は26日(現地時間)、記者団とのやりとりで、北朝鮮の短距離弾道ミサイル発射問題に触れ、「彼(金正恩)は米国に警告したわけではない」という趣旨の言葉を40秒間に3回繰り返し、弾道ミサイル」という言葉も使わなかった。
つまり「米国にとって脅威とならなければ問題ない」という考えを繰り返し強調したのだ。25日の米FOXニュースとのインタビューでも、「北朝鮮は小さなもの以外はミサイル発射実験をしていない」と指摘し問題視しない意向を示した。
これらのトランプ発言は明らかに1953年10月1日に締結された「米韓相互防衛条約」の精神に反している。
米韓相互防衛条約第二条では、当時国中のいずれか一方の国の政治的独立又は安全が、外部からの武力攻撃によって脅かされているといずれか一方の当時国が認めたときは、いつでも当事国は協議する。当事国は単独だろうが共同であろうが、自助及び相互援助により武力攻撃を阻止するための適当な手段を維持し強化させるだろうし、本条約を実行しその目的を推進する適切な合意を執るものとする、と明記され、また第三条では、当時国は、それぞれの行政的管理の下にある領土と、当時国がいずれか一方の行政的管理の下に置かれている、もしくは入ったものと認める今後の領土において、いずれかの当時国に対する太平洋地域における武力攻撃を、自国の平和及び安全を危うくするものであると認め、共通の脅威に対処するために各自の憲法上の手続に従って行動することを宣言する、となっている。
金正恩が国連安保理決議に違反する行為を繰り返し、あからさまに韓国を威嚇する発言を行っている以上、米国は、韓米相互防衛条約に基づき北朝鮮に対して具体的行動をとるか、少なくとも何らかの警告があってしかるべきだが、トランプはむしろ金正恩をかばう発言を行った。これまでこのような米国大統領はいなかった。
▲写真 トランプ大統領 出典:Flickr; The White House
■ 韓国に責任を押し付けるトランプファースト
トランプ大統領は、条約を軽視するだけでなく、北朝鮮による挑発の原因を韓国に押し付けるような態度も示した。ある(米国の)記者が「北朝鮮は短距離ミサイルを(韓国への)警告と表現している。米国からすれば短距離だが、わが国の同盟国である韓国や日本からすれば短距離ではない」と強い口調で質問したが、これに対してトランプ大統領は「彼ら双方は紛争を起こしている。彼らは長い間そうしてきた」と述べた。北朝鮮のミサイル挑発について「南北間のささいな対立」というレベルの見方を示した。
しかし金正恩が直接明言した「挑発の理由」は、来月開催される予定の韓米合同による「19-2同盟」の軍事演習と、韓国軍が米国からF35Aステルス戦闘機を購入したことにある。つまり米韓同盟を問題視しているのだ(朝鮮日報2019・7・29)。
▲写真 文在寅大統領とトランプ大統領 出典:The White House
トランプ大統領による度を越した金正恩擁護は、2020年の米国大統領選挙を前に、「北風(北朝鮮の軍事挑発)が自らの再選に及ぼす影響を最小限に抑える戦略」に基づくものと解釈されている。しかし選挙戦略だけではトランプがなぜここまで金正恩をかばうのかは説明できない。二人の間には何らかの隠された「約束」が存在するのでは?と見る専門家は増えている。
トップ写真:板門店で面会を果たしたトランプ大統領と金委員長 出典:Flickr; The White House
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統