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.国際  投稿日:2019/8/25

GSOMIA破棄は「反米援北」行動


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・GSOMIA破棄は反日を隠れ蓑にした「反米援北」。

・金正恩ソウル訪問実現で、総選挙勝利と南北連邦制画策。

・経済悪化と米圧力、醜聞隠し失敗なら文政権レイムダック化加速。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47589でお読みください。】

 

韓国青瓦台(大統領府)が22日午後6時20分、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を更新しないことを決定し、金有根(キム・ユグン)青瓦台国家安保室第一次長が発表した。そして「協定に基づき延長通知期限内に外交ルートを通じて日本政府にこれを伝える予定」と語った。

決定過程の討議では国防部が強く反対したが、文大統領の強い意志で結論が下されたという。韓国政府は同日、日本側に協定終了を書面で通知した。協定は終了通報後90日間は有効だ。

文大統領は、北朝鮮政権を利する「金正恩第一主義」と反日を利用した「政権維持」を優先し、米日韓の安全保障体制に亀裂をもたらした。韓国を米日と手を結ぶ海洋国家から朝中と手を結ぶ大陸国家へと向かわせようとしている。

▲写真 北朝鮮の金正恩委員長と握手する文在寅大統領(2019年6月30日 板門店)出典:青瓦台facebook

 

■ 文在寅の「反日理念」がGSOMIAを破棄させた

文在寅大統領によるGSOMIA破棄は、国益を度外視する彼の親北・反日理念に基づくものである。彼はすでに朴槿恵政権末期の2016年12月に(GSOMIAの締結は)国民的議論なしに拙速に推し進められ、再検討の必要がある」と述べていた。

大統領就任後、「金正恩第一主義」に突っ走り南北宥和を進める中で、文大統領は国防白書から北朝鮮を「主敵」とする文言を削除した。そして韓国軍の中での日本に対する「敵愾心教育」を登場させたが、その延長線上でGSOMIA破棄が行われた。この時期に破棄に踏み切ったのは、日本による「ホワイト国除外」で反日世論が高まったからだろう。

文大統領のこうした理念は、今年の8・15「光復節」演説でも示された。演説で文大統領は、日本の敗戦で得た「解放」には言及したが、1948年8月15日の「大韓民国建国」については一言も触れなかった。文大統領はこの建国を「親米・親日派集団」による建国であると見ているためだ。そこからは反日を共通の価値観として北朝鮮と手を結ぼうとする思惑も見える。

文大統領は、抗日闘争を行った人は、共産主義者であれ誰であれ独立功労者として評価すべきだと主張し、義烈団の金元鳳(キム・ウオンボン)のような抗日運動での過激分子(北朝鮮政権樹立に参加し閣僚となり、韓国侵略の先兵となった人物)までも称賛した。文大統領には金元鳳をモデルとした映画「密偵」(2016)を見て涙を流したという話もある。

▲写真 金元鳳(キム・ウォンボ)出典:パブリック・ドメイン

文大統領はいま、韓国の現近代政治史を3・1運動―上海臨時政府―済州島4・3事件―4・19蜂起―80年代民主化運動―88年光州坑争―金大中・盧武鉉政権―ろうそくデモを経た文在寅政権との系譜に書き変えようとしている。そこには李承晩・朴正熙につながる保守政治の流れはまったくなく、朴正熙政権が日韓条約を結んで起こした「漢江の奇跡」もない。この歴史観が今回「日韓GSOMIA」を破棄に至らしめた根底にある。

 

■ SOMIA破棄の狙いは反日を利用した「反米援北」

日韓GSOMIAは米国の東アジアとインド太平洋戦略の一環として米国の肝いりで締結された条約だ。そういった意味でこの条約の破棄は、米国の戦略に対する公然たる挑戦といえる。今回のGSOMIA破棄は反日を「隠れ蓑」にした「反米援北」行動だったのだ。

米国務省と国防総省は8月22日(現地時間)、青瓦台のGSOMIA破棄決定に対して、一斉に「文在寅政権(Moon administration)に強い懸念と失望を表明する」との見解を表明した。米国が公式論評で「ROK(韓国)」と呼ばずに「文在寅政権」と呼ぶのは異例なことだ。米国がこの決定を文在寅の反米行動と見ているからだろう。ポンペオ国務長官も「韓国の決定に失望した」と表明した。この言葉も外交用語としては異例の強い表現だ。トランプ大統領は不気味な沈黙を守っている。

▲写真 ポンペオ米国務長官(2019年8月22日 カナダ・オタワ)。出典:米国務省 facebook

文大統領の反米行動は一時的利害から出たものではない。それは反米思想に根ざしている。彼が最も尊敬する李ヨンヒ、シン・ヨンボクなどはすべて社会主義者であり、従北反米主義者だった。

李ヨンヒは文大統領に強い思想的影響を与えた人物だ。文大統領は学生時代に“ベトナム戦で米国は必ず敗北する”との彼の論文を読んで喜悦に浸ったとしている。

シン・ヨンボクに対しては、平昌冬季五輪レセプションで「私が尊敬する韓国の思想家シン・ヨンボク先生」と演説した。シン・ヨンボクは1968年の統一革命黨事件で無期懲役を宣告され、1988年に特別仮釈放で出獄した人物である。統一革命党は地下党として朝鮮労働党の指導下で「反米民族解放闘争」を指導した組織である。一網打尽にされたが、党首の金鐘泰(キム・ジョンテ)は北朝鮮で「金鐘泰電気機関車工場」に名を残している。

しかし韓国で「反米」を行動に起こすのは「反日」ほど簡単ではない。政界、経済界、そして軍の中に米国人脈が根を張っており、反米を全面に出すと韓国自体が持たなくなるからだ。それ故、文大統領はいつも米国に対しては本心を隠し面従腹背外交を行うか、反日を隠れ蓑にした反米を行っている。

文大統領の反米の裏には従北朝鮮がある。朝鮮中央通信は5月29日に「南(韓国)当局は、戦争協定(GSOMIA)の破棄という勇断をもって、意志を見せるべきだ」と文在寅に催促していた。GSOMIA破棄は金正恩への贈り物だったと言える。

このところ北朝鮮からの罵倒で焦っていた文大統領は、日韓摩擦にかこつけたGSOMIA破棄(反米)で金正恩を喜ばそうとした。この「誠意」で南北対話再開と金正恩ソウル訪問をなんとしてでも実現し、来年4月の総選挙で勝利しようと考えている。そして国会で3分の2を確保して憲法を改定し南北連邦制へと進もうとしているのだ。

最大野党「自由韓国党」は破棄の本質を「反米援北」と見抜き「韓米日の連携」よりも北朝鮮・中国・ロシア側を選んだ「理性を失った決定」として強く批判した。

 

■ GSOMIA破棄で曺国(チョ・グク)を救おうとした文在寅

文大統領は今、反日の急先鋒である前青瓦台民情首席秘書官の曺国(チョ・グク、54歳)を法務長官に据える人事で頭を痛めている。スキャンダルが溢れ出て反対が勢いを増しているからだ。そのために、GSOMIA破棄は反日世論を高め「曺国スキャンダル」から目をそらすためだとされている。期限の24日まで待たずに急いで22日に結論を出したのも「曺国の国会聴聞会」を勘案したものだという。そうしたことから「曺国のために祖国を捨てた」(韓国語で曺国と祖国の発音は同じ)との言葉が韓国の巷を賑わしている。

▲写真 記者会見する曺国前青瓦台民情主席秘書官(2017年5月25日 韓国・青瓦台)出典: flickr; Republic of Korea

来年4月の国会議員総選挙勝利を目指して、文大統領は、保守の圧迫のために朴槿恵前大統領弾劾の一等功臣尹錫悦(ユン・ソンヨル)検事を地検から異例の大抜擢で検察庁トップに据えた。もう一つの要である法務部長官には曺国を据えようとしているが、これが今世論の強い反対に遭遇している。

文大統領が寵愛する曺国は、ソウル大学法学部を卒業し米国留学の経験もある。学生時代から社会主義運動に参加し、社会主義革命で盧泰愚(ノ・テウ)政権の転覆を図ったとする「南韓社会主義労働者同盟事件」で逮捕起訴された(1990~93年活動・懲役1年執行猶予2年)。文在寅政権発足と同時にソウル大学法学部教授から、青瓦台(大統領府)の民情首席秘書官に転身した野心家だ。

曺国のスキャンダルは、家族にまつわる様々な金銭疑惑だけでなく、娘・息子に関する疑惑にまで至るものであるが、特に娘の医学論文と不正入学疑惑が非難の的となっている。この件に関してはメディアが左右を問わず批判し医学界も立ち上がった。学生の反発も強く8月23日には、不正入学が疑われている高麗大学と曺国が教授で在籍するソウル大学の学生約1000余名が第1回「ろうそくデモ」を行い、真相の究明を要求した。

文在寅大統領が、『20年左派従北政権』構想を実現するために曺国を自らの後継者に内定したと言われているが、その狙いは派閥を持たない曺国を大統領にして退任後の影響力を保持し、身の安全を図るところにあるという。

文大統領が打ったGSOMIA破棄の「博打技」がどのような代価を払うかは見えている。まず米国からは想像以上の「圧力」と「請求書」が舞い込んでくるだろう。日本との対立で経済状況の悪化も避けられない。そして「スキャンダル隠し」に失敗すれば政権のレイムダック化が加速し来年の総選挙での勝利もおぼつかなくなるに違いない。それは8月24日の「曺国OUT文在寅弾劾集会」が、光化門広場を埋め尽くしたことが示している。

トップ写真:文在寅大統領(2019年8月22日)。この日韓国政府は日韓GSOMIA破棄を決めた。 出典:青瓦台facebook


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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