無料会員募集中
.国際  投稿日:2019/10/18

英国人男性と妻、比で拉致


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・フィリピン南部にて英国人夫妻が拉致された。

・ミンダナオ島では数多くの武装組織が活動している。

・ミンダナオ島は「外国人が誘拐されるリスクの高い地域」に指定された。

 

フィリピン南部ミンダナオ島の南サンボアンガ州トゥクランにあるビーチリゾートに滞在していたイギリス人男性とフィリピン人妻の2人が正体不明の武装集団によって拉致、連行されたことがわかった。地元警察では同地域で活動するイスラム系過激武装組織が関与している可能性もあるとして2人の行方を追っている。

現地からの報道によると、10月4日午後7時ごろ、トゥクランのビーチリゾートのコッテージに滞在していた英国人ビジネスマンのアラン・アーサー・ハイロン氏(70フィリピン人妻ウェルマ・パグリナワン・ハイロンさんの2人が拳銃などで武装した男性グループ6人に拉致され、海岸から複数のボートで沖合に連れ去られた。コッテージ近くにいたリゾート関係者が目撃したという。

目撃者などによるとアラン夫妻はコテージに到着した直後に待ち伏せしていた4人組に拳銃を突きつけられて拉致され、海岸で待機していた2隻のモーターボートで連行されたという。2隻はパガディアンの方向と北ラナオ州の方向に分かれて海上を走り去ったとしており、追跡を逃れるために別々の行動をとったとみられている。

▲写真 ミンダナオ島 出典:Wikimedia Commons by Roel Balingit

サルバドール・パネロ大統領府報道官によると現地ミンダナオ島は現在も戒厳令下にあることから「何があるかわからない状況なので安全確保に留意するべきだ」と改めて外国人を含めた旅行者に安全に対する特段の注意喚起を求めた。

ミンダナオ島では中東のテロ組織「イスラム国(IS)」に忠誠を誓うイスラム教系武装組織やテロ組織が現在も複数活動を続けており、戒厳令で超法規的措置の行使が容認されている軍や警察による「対テロ戦」が継続されている。

現地を統括する陸軍部隊の現地報道官によると、現在警察と共同でアラン氏らの行方を探しているがこれまでのところ消息に関する有力な手掛かりは得られていないとしている。

その一方でアラン氏は現地で学校経営をしており、最近複数の教師が解雇されていることから私怨による報復との見方もでている。警察当局は学校関係者からも事情聴取を続けているがこれまでのところ犯行に結びつく有力情報は見つかっておらず、警察当局としては武装集団による誘拐の可能性もあるとして捜査を続けている。

地元警察では拉致現場付近の監視カメラに残った映像をもとに作成した容疑者グループの似顔絵を公開するとともに犯人に結びつく情報の提供を報奨金付きで市民に呼びかけている。10月17日フィリピン軍関係者がアラン氏の家族に対して身代金5000万ペソ(約100万ドル)の要求があったことを明らかにした。ただ、「軍では身代金を要求したグループが実際にアラン氏とその妻の誘拐の実行グループであるかは確認がとれていない」として誘拐に便乗した組織が関係している可能性もあると慎重に裏付け捜査をしている。 

ミンダナオ島などフィリピン南部では外国人の誘拐事件がこれまでも相次いで発生しており、今年5月にはイスラム武装組織「アブ・サヤフ」に誘拐されたオランダ人男性の救出作戦中の銃撃戦でオランダ人が「アブ・サヤフ」に射殺される事件も起きている。

このオランダ人男性は2012年にスイス人と一緒に誘拐され、南部スルー諸島のホロ島で人質となっていたがスイス人は2年後に脱出して救出。オランダ人はその後も拘束されていた。

2016年4月にはその前年にやはり「アブ・サヤフ」に誘拐されていたカナダ人男性(68)が斬首遺体で発見されたこともあった。

「アブ・サヤフ」は近年、フィリピン当局の対テロ戦で組織が分断され、小グループに分かれて誘拐やテロ活動をしているとみられ、年々その残虐性が強まっている。

指導者とされたイスニロン・ハピロン容疑者はミンダナオ島マラウィ市の武装占拠事件での軍との交戦で死亡した。しかし後継者のハティブ・ハジャン・サワジャーン容疑者に率いられて2019年1月27日にはホロ島でキリスト教会への連続爆弾テロを実行し、20人以上が犠牲となっている。

▲写真 イスニロン・ハピロン容疑者 出典: Federal Bureau of Investigation

このほかにも10月5日の軍の発表で銃撃戦の末に7人が射殺されたイスラム系過激組織「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」などもフィリピン南部を拠点にテロ活動を続けており、今回のアラン氏の誘拐事件に関わった武装組織がどこなのか、依然としてわからない状況という。

ミンダナオ島にはフィリピン政府による戒厳令(2019年12月末までが期限)が2017年以来延長を繰り返されて現在も出されていることもあり、日本外務省は海外安全情報の「危険情報レベル3」を出して渡航中止を勧告している。米政府をはじめとする35カ国政府も同地域を「外国人が誘拐されるリスクの高い地域」に指定して注意を呼びかけていた。

 

トップ写真:フィリピン南部ミンダナオ島南サンボアンガ州にあるビーチ 出典:Wikimedia Commons by Wowzamboangacity


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."