比でテロ計画 戒厳令延長も
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ISに忠誠誓うテロリスト4人を逮捕。外国人潜伏情報も裏付け。
・年末に戒厳令の期限到来。延長希望論と警戒感が交錯。
・ドゥテルテ大統領は延長に前向きとも。延長是非の議論活発化へ。
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フィリピン警察は9月24日、南部ミンダナオ島の南コタバト州ジェネラル・サントス市で中東のテロ組織「イスラム国(IS)」に忠誠を誓う地元テロ組織のメンバー4人を逮捕したことを明らかにした。4人の中にスウェーデン人男性1人が含まれており、メンバーは近く爆弾テロを計画していたところだったとしている。
▲写真 フィリピン・ジェネラル・サントス市 出典:facebook; SM City General Sontos (Official)
地元警察が24日、人権問題を主に伝える「ブナ―ル・ニュース」に明らかにしたところによると、23日に行方を追っていた過去の爆弾事件の容疑者1人がジェネラル・サントス市バグンバヤンの民家に潜伏していることを突き止め、急襲して中にいた親戚関係にあるフィリピン人3人とスウェーデン国籍のハッサン・アクグン容疑者の4人を一斉に逮捕した。
民家からは銃器や爆弾製造に使用する道具類のほか黒いISの旗なども押収された。これまでの調べで4人は、地元で近く爆弾テロを計画中だったことが判明したとしている。
またこの逮捕とは別に、同日ジェネラル・サントス市内の軍による検問所で爆弾製造部品を所持して市内に持ち込もうとしていたフィリピン人2人を逮捕した。この2人も先に逮捕した3人のフィリピン人と親戚関係にあることから爆弾テロを計画中の同じメンバーとみて捜査が続いている。
■ 新たなテロ組織による爆弾テロ計画
これまでの警察の捜査によると今回逮捕されたメンバーはいずれも「アンサール・ヒラファ・フィリピン(AKP)」という比較的新しい組織で、地元の「モロ民族解放戦線(MNLF)」と関連があるとされ、逮捕者の中の1人はMNLFの元幹部だった人物という。
▲写真 モロ民族解放戦線(MNLF)。逮捕された1人はMNLFの元幹部だったという。 出典: Facebook; Moro National Liberation Front (MNLF)
AKPに関しては9月18日に同じジェネラル・サントス市のバウィンで爆弾製造担当者とみられる23歳の男性が地元警察によって逮捕されており、今回の逮捕もこの時の情報に基づくものとみられている。23歳の逮捕者も今回の逮捕者もいずれも爆弾製造に関係していたとみられ、治安当局ではジェネラル・サントス市で近く爆弾テロを実行する計画があり、それを未然に防ぐことができたと成果を強調している。
地元警察によるとミンダナオ島南部で最近爆弾を使ったテロが続けて発生しており、8月には地元の市場で爆弾爆発により4人が負傷する事件も起きている。いずれもAKPのメンバーによるテロとみて、内偵捜査を強めていたところだったという。
■ 戒厳令下にあり延長問題も視野
今回爆弾テロ計画中のテロリストが逮捕されたミンダナオ島は現在全域に渡って戒厳令が敷かれており、軍や警察による超法規的措置が認められている。戒厳令は2017年5月に同島南ラナオ州マラウィ市が地元武装組織「マラテ・グループ」とやはりISと関係があるとされるイスラム系武装組織「アブ・サヤフ」のメンバーらによって武装占拠された時にドゥテルテ大統領によって発布された。
▲写真 対テロ掃討のため、フィリピン軍の空爆による炎を上げるマラウィ市内の建物(2017年6月15日)出典:Wikimedia Commons; Mark Jhomel
マラウィ市は同年10月に軍の作戦によって解放され、武装占拠は終結した。しかし占拠中に海外から駆けつけたISに関係のある外国人テロリストなどは解放後もミンダナオ島各所や首都マニラのあるルソン島、あるいは海路で隣国インドネシアに逃走するなどして今なお潜伏しているという。
このためフィリピン治安当局は国内潜伏中の外国人テロリストの発見、逮捕を進めており、今回の捜索でスウェーデン人を逮捕したのは偶然とはいえそうした外国人テロリストの潜伏情報を裏付ける結果となった。
▲写真 対テロ掃討で殉職した兵士に敬礼するドゥテルテ大統領(2017年7月28日)出典: Facebook; Rody Duterte
フィリピンでは2019年12月末に迫った現在の戒厳令の終了時期を前に「戒厳令延長の是非」を巡る議論が再び始まっている。ドゥテルテ大統領はこれまでに「戒厳令の延長は地元の要望次第」との姿勢を明らかにしているが、地元のミンダナオ島ではいまだにマラウィ市占拠の外国人を含めた残党が多く潜伏している可能性があることや今回のAKPによる爆弾テロ計画、さらに「アブ・サヤフ」など別の組織による活動も活発化しているとされることなどから主要都市ダバオを中心に「戒厳令の延長で治安の安定化を」との声が高まっているという。ダバオはドゥテルテ大統領が長年市長を務めた市で現在、大統領の長女サラ・ドゥテルテ市長が就任している。
▲写真 サラ・ドゥテルテ ダバオ市長(左)と河野外相(当時)。2019年2月10日。ダバオ市にて。出典:外務省ホームページ
■ 依然として根強い戒厳令への警戒感
一方でフィリピン国内には戒厳令に対する根強い警戒感も残っている。というのもマルコス大統領が1972年9月21日に武装組織のよるテロや学生、活動家らの反マルコス運動の盛り上がりを背景に戒厳令を発布し、憲法停止や治安組織の超法規的手段を背景に以後弾圧の嵐が吹き荒れる独裁政権時代が始まるきっかけとなったからだ。
「戒厳令記念日」の9月21日にはフィリピン各地で当時を振り返る行事が行われ、依然として行方不明となっている活動家の家族らは政府に真相解明を求める集会を開き、「反ドゥテルテ」の急先鋒であるデ・リマ上院議員は「戒厳令延長反対」を改めて表明した。
▲写真 ドゥテルテ大統領批判の急先鋒といわれるレイラ・デ・リマ上院議員。戒厳令の延長に反対している。 出典:Public Domain
レニ・ロブレド副大統領は21日に発表した声明の中で「マルコス大統領時代の暗黒の日々を忘れてはならない。当時のことを知らない若いフィリピン人は、戒厳令が単に政治的なものではなく、国民生活の隅々まで影響を与えるものだということを学んで、そうした悪夢の復活を許してはならない」と国民に呼びかけた。
一時は戒厳令のフィリピン全土への拡大布告をも考えたといわれるドゥテルテ大統領自身は、地元でもあるミンダナオ島の治安状況を安定させるためにも戒厳令の延長に前向きとされている。国内でのテロ組織との戦いが止まない中、12月の戒厳令期間終了が近づくにつれ、延長か終了かの議論が再びフィリピンで高まるのは確実とみられている。
トップ写真:対テロ掃討も兼ねたフィリピン軍による訓練。(2019年9月24日)出典:Facebook; Armed Forces of the Philippines
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。