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.国際  投稿日:2019/10/31

前国民投票、世代間で認識に差     ブレグジットという迷宮 その3


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

 

【まとめ】

・ヴァージン・グループ会長がEU離脱に強い警告。

・ブレグジットは多くの国の経済に悪影響を及ぼす。

・2016年の国民投票から、世代間での投票行動の違いが見える。

 

前回、元ビートルズのポール・マッカートニーが、EU離脱派が勝利した2016年の国民投票は「間違った結果であった」と述べたことを紹介した。

 

その直後、今度はヴァージン・グループのリチャード・ブランソン会長が、再度の国民投票実施を支持する考えを明らかにした。ブレグジットを巡る一連の騒ぎは、「企業活動、雇用、家計すべての面に悪影響を及ぼしている」というのが主たる理由で、「多くの英国民は、自分たちが誤った情報に基づいて離脱派に投票したことに気づき始めている」とも述べた。

 

EUから離脱すれば、今まで払い続けていた分担金も不要となり、移民労働者の流入は規制され、より自由で活気のある企業活動と相まって雇用も改善されるという「バラ色の未来」は、絵に描いた餅どころか、まるで嘘八百であったことは、すでに明らかとなってきている。

 

公平を期すために述べておくと、ブレグジットが先行き不透明であるという理由で、英国への投資を手控えている企業も、同じ理由で英国内での設備投資が停滞している例も、決して少なくないことは事実だ。

写真)ヴァージン・グループ・リチャード・ブランソン会長

出典)Flickr; Jarle Naustvik

 

しかしながら、そのことを割り引いても、ブレグジットは多くの国の経済に悪影響を及ぼすと、欧州中央銀行筋は試算しているし、米国の投資会社なども、合意の有無にかかわらず離脱が実現した場合は、当面(つまり通商関係が正常化するまで)英国の格付けを引き下げざるを得ないとの見方を公表した。

 

在英の日系企業も、部品供給網が寸断される事態に備え、部品在庫の積み増しなどに取り組んでいるが、離脱が日英の経済に及ぼす影響については一様に悲観的だ。

 

2016年6月23日に実施された国民投票において、離脱派が勝利したとの一報がもたらされた後、日経平均株価が1000円以上も下がり、この年の最安値をつけたことを彼らビジネスマンは忘れてなどいないのだろう。

 

つまり、ブランソン会長の発言は、なにがなんでも10月末までに離脱する、と繰り返してきたジョンソン首相らに対する、英国財界と国際市場からの強い警告を代弁するものだったと考えてよい。

 

すでにわが国でも知られる通り、現在の保守党政権は少数与党なので、ジョンソン首相が一度はEU側の合意を取りつけた離脱案も、あっさり否決されてしまった。

 

日本人好みの言い方をすると、彼に突きつけられたのは、合意なき離脱も辞さぬという大義に殉じて自決する(もちろん、政治的にという意味だが)白虎隊の道か、ひとまず隠忍自重して他日を期すという赤穂浪士の道か、この二者択一であったわけだ。

 

私としては、再三述べてきたように、五分五分よりもやや高い確率でもってジョンソン首相は政権を投げ出し、解散総選挙が「事実上、再度の国民投票実施」となり、言わばなし崩し的に離脱撤回となるのではないかと考えてきた。これは意外と気づかれていない論点だが、英国内で行われた国民投票でどのような結果が出ようと、それがEUの意志決定に直接なんらかの影響を及ぼすものではないのである。

写真)ジョンソン首相

出典)Flickr; EU2017EE Estonian Presidency

 

そうでなければ、ひとまず離脱が強行され、その後、再加盟への道を歩むことになる、という展開もあり得ると思っていた。離脱も、再加盟も前例がないが、英国はもともと単一通貨ユーロにも加盟していないので、この面でのハードルも低い。

 

前述の離脱案に合意した際も、EUの側では「国が戻りたい(再加盟したい)と言ってくれば歓迎する」などと述べていたのは、このあたりの事情を見越してのことだろう。別の言い方をすれば、英国はEUにも足下を見られていたわけだ。

 

結局ジョンソン首相が選んだのは赤穂浪士たらんとする道で、10月末の離脱は断念して12月12日に総選挙を実施することに議会の合意をなんとか取りつけた。EUも、最大3ヶ月間、2020年1月末までの離脱延期を認めたので、保守党が過半数を回復すれば、捲土重来を期することができる、というわけだ。つまり、私の予測も結論は来年まで持ち越されたわけだ。

 

ここで読者の皆様に知っていただきたいのだが、2016年の国民投票については、興味深いデータがある。

 

国民投票それ自体は、離脱派が51.9パーセント、残留派が48.9パーセントであったわけだが、BBCが年代別の投票行動を調べたところ、驚くべき結果が出た。

 

18歳から24歳の若者については、64パーセントが投票に行き、残留に投票した人が70パーセントを超えたというのである。

 

こうした若い世代は、基本的に「EUの一員である英国」しか知らないので、混乱を覚悟してまで現状を変えようとする意味が分からない、という判断も、おそらくあったことだろう。

 

だが、それが全てであったとも思えない。ヨーロッパ大陸のどこの国でも、そこがEU加盟国である限り自由に住み着いて仕事を探すこともできるという「統合された世界」の方が、英国の主権を取り戻すといった議論よりも魅力的だったのではないだろうか。

写真)2016年Brexit関連のデモ

出典)Wikimedia Commons; Bulverton

 

どこの国でも、若い人ほど外国文化に抵抗が少ない。若い人ほど職業の選択肢が多いので、移民労働者を敵視する度合いが低いというのも、これまたどこの国でも見られる傾向だ。もちろん、民主主義の原則に忠実であろうとするならば、若者と高齢者との間に「一票の格差」など存在しないし、存在すべきではない。国民投票の結果は、尊重されなければならない。

 

しかしながら、ブランソン会長の言うように、その投票に際して「誤った情報」が多少なりとも関与しているということが明らかになったのであれば、これは、投票をやり直したとしても民主主義の原則とは矛盾しないのではないか。

 

もうひとつ、前述のように発言権において若い世代と高齢世代との間に差などないが、中長期的な国家戦略という観点からは、違う判断もあってよいと、私は考える。

 

離脱派が言う「バラ色の未来」とやらを信じた高齢世代の投票行動によって、若い世代の将来が規制されてよいものだろうか

 

私自身はすでに高齢者と呼ばれる年代だし、今さら「若者の味方」を気取る趣味もないけれども、政治や外交は、あくまでも未来志向であって欲しいのである。

 

(続く。その1、その2)

  

トップ写真)Flags outside Parliament

出典)Flickr; ChiralJon

 


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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