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.政治  投稿日:2019/9/3

離脱派が伸長した理由・政治家編 今さら聞けないブレグジット 最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・移民増による賃金抑制圧力を忌避。欧州統合を歓迎しなかった労働党左派。

・ボリス・ジョンソンがジャーナリスト時代に保守党内に欧州懐疑派を醸成。

・合意なき離脱による経済的ダメージへの具体策は示されず。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47715でお読み下さい。】

 

シリーズ最終回ということで、今さらではあるが、ブレグジットをめぐる英国議会の動きを、少しだけおさらいしてみよう。

まず、保守党が第一党ではあるが、単独過半数は確保できておらず、世に言うハング・パーラメント(宙ぶらりん議会。少数与党を揶揄した言い方)である。もう少し具体的に述べると、議席数650の下院が立法権を持っているが、保守党の議席数は252。対して最大野党の労働党は200議席を持っている。他に大政党と言うと、自由民主党(以下、自民党)が102議席だが、この党はもともと労働党右派が分派して旗揚げした社会民主党と、旧自由党が大同団結したもので、もしも労働党と連携すれば、議席数において保守党を大きく上回ることとなる。

メイ前首相が、離脱協定案を3度上程して3度否決されるという屈辱を味わわされたのも、労働党と自民党が一致して反対したからである。自民党はもともと親EUの立場であったのに対し、労働党は〈雇用の確保を最優先させる穏健離脱派〉だったが、その立場からも、EUから大した譲歩も引き出せなかったメイ首相は、追い落としの対象とせざるを得なかった。もちろん、「政府案に反対するのも、野党の仕事のうち」という要素もあったが。

▲写真 テリーザ・メイ前英首相(2019年7月8日) 出典:UK Prime Minister

一方、北アイルランド諸派のうち、保守党のイデオロギーにもっとも近いとされる民主独立党が閣外協力しているが、わずか3議席。 しかも、この党は北アイルランドとアイルランド共和国との国境管理が再び強化されることを懸念して、ブレグジットそのものに反対している。

このように、議会において強硬離脱派は四面楚歌と言える状態だが、理由は、多くを語るまでもない。英国経済が大混乱に陥る事態を、大半の議員が恐れているのだ。

さて、本題。

ヨーロッパ統合の大まかな流れについては、本シリーズで振り返ってきたわけだが、英国はこの動きに対して距離を置くべきだ、との主張は、もともと労働党左派やその支持層に人気があった。理由は単一ではない。

まず、1950年代に当時のEECを牽引していたのは、労働党左派から見れば保守反動の権化のようなシャルル・ドゴールであったし、こうした経済ブロックに組み込まれることで、労働組合運動にタガをはめられることを嫌ったのである。もともと英国労働党は、労働組合運動の政治部門として組織されたという歴史を持つくらいなもので、日本の旧社会党以上に労組の規定力が強かった。したがって、移民労働者の増加は,労働者階級の英国人にとっては賃金抑制圧力になるとして歓迎できなかった

この当時、左派の若手党員だったジェレミー・コービンという政治家は、EECについて、「重商主義的で英国の労働者の利益に合致せず、第三世界から露骨に搾取するなど、倫理的にも正しくない」という理由で、加盟反対を強硬に訴えていた。現在、彼は労働党の党首だが、前述のように、もともとは穏健な離脱を主張していたものが、最近は離脱反対派に転向している。転向したと言うより、保守党との差別化を図る方便だと思われるが、いずれにしても案外いい加減なものだと言わざるを得ない。

▲写真 ジェレミー・コービン労働党党首 出典:Jeremy Corbyn facebook

保守党はと言えば、統合された巨大市場の誕生を、指をくわえて見ているわけにもいかないという立場から、ド・ゴールに一度は「ノン」と突っぱねられる屈辱に耐えてまで、EEC加盟を果たした。

ところが、1989年から94年まで、英紙『デイリー・テレグラフ』のブリュッセル特派員であった一人のジャーナリストが、EC(当時)の行き方は、「英国の伝統的な議会制民主主義とは相容れない」という論陣を張り、ついには保守党内に欧州懐疑派と呼ばれる勢力を生み出すまでになるのである。この欧州懐疑派の代表的な人物がマーガレット・サッチャー元首相で、彼女にまで影響を与えたとされるジャーナリストは、その名をボリス・ジョンソンという。

▲写真 バミューダ諸島の軍を観閲するマーガレット・サッチャー元英首相(1990年4月12日) 出典:Margaret Thatcher FOUNDATION (Public domain)

言うまでもなく現在の英国首相だが、もともと労働党左派の専売特許のような趣さえった反ヨーロッパ統合思想を、保守派の間で人気のあるものにした一連の記事は、「ジャーナリストとしてのジョンソンの唯一の功績」であると言ってはばからない人も多い。

ずいぶんな言われ方だが、そもそも彼はオックスフォード大学を出て投資コンサルティング会社に入社したのだが、仕事が退屈だと言ってすぐに辞めてしまっている。そして『タイムズ』紙に就職したわけだが、これは著名なジャーナリストで欧州議会の議員でもあった父親のコネであったと言われている。

その『タイムズ』は、考古学者のコメントをねつ造したことがばれて解雇された。『デイリー・テレグラフ』退社後は、政治コラムニストとして独立したが、今度は黒人や同性愛者をバカにする文章を書いて「炎上」したり(当時はまだネット社会ではなかったが)、女性編集者との不倫スキャンダルがあったりと、とにかくジャーナリストとしての行状は、とても誉められたものではなかったのである。

こうしたことが関係しているのかどうか、保守党も決してブレグジット一色ではない。むしろ前述のように〈合意なき離脱〉だけは避けるべきだと考える人が圧倒的に多く、ジョンソン氏も一度は党首選から撤退せざるを得ず、穏健派のメイ前首相が担ぎ出された。彼女は言わば、火中の栗を拾う役割を押しつけられ、そして案の定、拾うことができなかったのである。このこともすでに述べた。

▲写真 就任後、首相官邸に入るボリス・ジョンソン英首相(2019年7月25日) 出典:Prime Minister facebook

こうした経緯でもって、ジョンソン新首相が誕生し、保守党支持層の間では、もはや〈合意なき離脱〉も辞さないとする強硬論が強まっているようにも見えるのだが、私自身は「五分五分よりもやや高い確率で、離脱撤回・ジョンソン辞任となるのではないか」との観測を撤回する気にはなれない。

ブレグジットを強行することにより、英国経済に与える大いなるダメージについても、アイルランドの国境問題についても、「備えはできている」「私が全責任を持つ」などと大見得を切るばかりで、具体策がなにも示されないし、そもそもこの人の言説は、あまり信用する気になれないからである。 

トップ写真:ボリス・ジョンソン英首相(2019年8月6日) 出典:Boris Johnson facebook


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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