ゴーン逃亡劇、日本への挑戦
Ulala(ライター・ブロガー)
【まとめ】
・ゴーン被告、なぜ仏に入国しなかったのかとの疑問広がる。キャロル夫人の関与も。
・レバノンの法律は自国民を外国に引き渡すことを禁ず。ゴーン被告の日本送還は無理。
・1月8日には、ゴーン被告の逃亡後第一声が流される予定。
フランスでは去年より交通機関のストライキが続いているが、その期間はなんと1月2日の時点で29日間である。フランス史上最長を記録したのだ。ここまで長期のストライキに耐えられるのは、インターネットの発達や、様々なシステム作りが行われてきた結果であり、本来ならそういったストライキの様子などを伝える予定であったが、しかしながらストライキと並行して、現在、それよりもさらに大きなニュースがフランスをにぎわしている。そう、あの日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(65)の日本からの逃亡のニュースである。
12月31日、会社法違反(特別背任)などで起訴された事件で、保釈中であり、出国が禁止されているゴーン被告であったが、なんと日本から中東レバノンに逃亡していたのだ。誰もが、年末の忙しい日々を過ごしているなか、突然、アメリカの広報担当者を通じてゴーン被告の声明文が発表された。
「私は今、レバノンにいる。もはや、有罪が予想される日本の偏った司法制度の下でのとらわれの身ではなくなった。そこでは差別がまん延し人権が侵害され、日本が順守すべき国際法や条約が全くもって軽んじられていた」
「私は裁判から逃れたのではなく、不公平さと政治的な迫害から解き放たれた。ようやくメディアと自由にやりとりできる身となり、来週から始めるつもりだ」
しかも、この声明文からも読み取れるように、国外ではゴーン被告は厳しい環境で監視されていると報じられてきたため、そこから脱出できたことにもフランスで驚かれた。しかし実際は、キャロル夫人をのぞく家族をよんだり、レストランに出かけたり、旅行にもいけるかなり自由な環境であったが、その事実は、多くの人が耳にするような夜のニュースなどでは紹介されてないため、フランスではまだまだ実際の環境を知らない人もいまだに多いだろう。
また脱出方法も話題を呼んだ。年末のパーティーに呼んだオーケストラの楽器ケースに隠れてプライベートジェットに乗ったというのだ。フランスのSNSでは、札束でできた魔法のジュータンに乗って飛び立つゴーン被告の風刺絵や、楽器のケースに入っている姿、アメリカの人気のドラマであり、脱獄を計画する物語である「プリゾンブレイク」をもじり、「プリゾン日本」とかかれたコラージュも出現した。
複数のメディアに流された関係者からといわれる話では、ゴーン被告は30日にトルコ経由でレバノンに到着し、ゴーン被告はその日のうちにレバノンのアウン大統領と面会したなど、それこそスーパースターを描いたハリウッド映画ばりの情報もあふれたのだ。
しかし、現実の脱出の状況がどうだったかは定かではない。楽器ケースの中に隠れた事実はないとキャロル夫人により否定されているが、詳細については、日本に住む協力者に迷惑がかかるため明かされはいないのだ。また、レバノン政府も、ゴーン被告の日本脱出への関与を公式には否定しており、AFP通信に対し「ゴーン氏は大統領府に来ていないし、大統領に会ってもいない」とあらためて強調している。
ゴーン被告を乗せたジェット機は、トルコを経由しレバノンに行く際、イスタンブールのアタチュルク空港に到着し約1時間半滞在したが、このとき出入国手続きが行われなかったとしている。そのため、トルコ司法当局が捜査を迅速に開始し、操縦士や空港職員ら7人が拘束された。
▲写真 トルコ アタチュルク空港 出典:flickr : Jorge Franganillo
日本からの出国の際の記録も残っていないことから、まだこの辺りはどのように出国したのかは解明されてないが、レバノンには、フランスのパスポートおよび、レバノンのIDカードとともに、合法的に入国している。フランスでは、パスポート2通所有できるケースが存在する。例えば、特定の国に入国した場合、他の国に入国できない時などだ。
NHKによれば、ゴーン元会長は何らかの理由でフランスから2通のパスポートの発行を受けていて、当初はいずれも弁護団が保管していたが、2019年5月に、被告にパスポートの携帯義務が生じたため、弁護団が保釈条件の変更を請求し、フランスのパスポート2通のうち1通を鍵が付いたケースに入れた状態で携帯することを裁判所が認めていたという。レバノン入国には、その鍵が付いたケースに入っていたはずのパスポートを使用した可能性が高い。
しかし、フランスのパスポートを持っているなら、なぜ、フランスにこなかったのかという問いが何度もフランスのメディアで問われた。フランスの複数のメディアでは、キャロル夫人が計画したからというのが主流であった。フランス紙ルモンドでも、次々とメディアに出演し夫を擁護してきたキャロル夫人が計画したのだろうという見方をしめしている。
FranceInfoやTF1では、ゴーン被告がレバノンに滞在する時間が増えたのもキャロル夫人と出会ってからであり、キャロル夫人はトルコにも親族がいる。キャロル夫人が全て計画してレバノンに入ったのだろうと予測していたが、2日に、ゴーン被告は、アメリカの広報担当者を通じ、報道は全てが嘘で、自分一人で計画し家族は関係ない趣旨のメッセージがだされた。
日本政府は、外交ルートを通じてゴーン被告の引き渡しに向けてレバノン政府との調整を始めたが、自国民を引き渡すことを禁じており、かつ協定も結んでいない国間での引き渡しは難航が予想される。
レバノンのナジャール元法相は、レバノンの法律は自国民を外国に引き渡すことを禁じていると述べ、日本政府からの要請があったとしても、ゴーン被告を送還することは無理だと語っている。
フランスも同様な見解だ。パニエリュナシェ経済・財務副大臣は、「ゴーン被告がフランスに来ても、日本に容疑者として引き渡すことはない。なぜならフランス国民だからである。」と述べている。しかし、この規則は「日本の裁判を免れることはないという考えを、妨げるものではない。」とも述べ、「法の元から外れた存在ではない。」と指摘している。
また、国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)から国際逮捕手配書の一つである「赤手配書」をレバノン当局が2日に受領したと報道もされているが、前出のナジャール元法相によれば、ICPOには強制的に何かを行う権限がないと指摘し、レバノンにいる限り、ゴーン被告には何の影響もないと断言しており、現時点では、ゴーン被告の日本での公判が開かれる可能性が極めて低いといえるだろう。
同日2日には、逃亡先のレバノンにて、キャロル夫人及び家族と友達に囲まれ、楽しく年末を過ごすゴーン被告の一枚の写真が公開された。フランスでは、「挑発のための写真か?」ともいわれているが、現在は、ゴーン被告は、何不自由なく家族や友達に囲まれ幸福な生活を送っている証のようだ。そして同時に反論をするための準備を着々と行っていることも伝えられている。
このような情報は、関係者からの話によると伝えられることが多いが、ゴーン被告が契約している広告会社からの情報という可能性もある。ゴーン被告は、フランス、アメリカ、日本で弁護士グループを雇うと同時に、少なくともフランスとアメリカの広告会社と契約しており、これまでも数々の発信をしてきた。情報発信をしていくことの強力さを十分に理解している上の戦略であることは間違いなく、キャロル夫人の露出度を見てもすでにかなり重要な役割をはたしていることはみてとれる。
1月8日には、メディアを通じての、ゴーン被告からの逃亡後の第一声が流されることになっている。今後は、ゴーン被告自らがブレインとなり、世界をまたいだ情報戦が繰り広げられることとなるだろう。
なお、今回のゴーン被告の挑戦は、いままでのような日本の司法に対してだけではない。裁判所が刑事事件について審理裁判する権限である刑事裁判権というのは統治権のひとつである。その日本の裁判を受けず海外に逃亡となれば、日本の主権がないがしろにされ、侵害されたことにもなるのだ。要するに、今回の逃亡は日本への挑戦とも言えるのではないだろうか。外務省をはじめとする日本の機関は、迅速かつ大胆に、情報戦に屈することなく対抗していくことが求められるだろう。今後の動きに目が離せないのは言うまでもない。
-参考記事-
https://www.service-public.fr/particuliers/vosdroits/F21517
https://twitter.com/franceinter/status/1211911913275351040?s=20
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200102/k10012233951000.html
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191231/k10012232821000.html
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020010100314&g=int
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202001010000471.html
https://www.afpbb.com/articles/-/3261912
トップ写真:カルロス・ゴーン被告(日産自動車元会長)出典:Photo by Thesupermat
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この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー
日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。