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.国際  投稿日:2020/1/6

トランプ、イラン挑発の真意


植木安弘(上智大学総合グローバル学部教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

【まとめ】

・スレイマニ司令官米国により暗殺。2003年イラク戦争に匹敵する危機。

・イランは「戦争行為」として強く米を糾弾。

・イランへの挑発は大統領選挙で再選を意識したもの。

 

新年の幕開けとともに、極めて重大な出来事が起きた。1月3日に起こったイラン革命防衛隊の海外展開部隊クッズ(エルサレム)部隊のスレイマニ司令官の米軍によるバグダッド空港外でのドローンによるミサイル攻撃・暗殺である。これは単なる一時的危機ではなく、米国とイランの新たな中東戦争の可能性を招いている。既に、この事件は2003年のイラク戦争に匹敵する危機をもたらしているとの論調が米国の中でも多く出ている。

この米国の行為をイランは「戦争行為」として糾弾し、「復讐」を誓った。既に、米国が一方的に破棄した核合意には最早拘束されないと、核開発への意図を明確にした。これからさらに中東からの石油輸出にとって重要なホルムス海峡の封鎖の可能性を含む一連の軍事行為が予想される

また、イランと同じシーア派が多数を占めるイラク議会は、同国内からの米国部隊の追放を決議した。これにより、イラク国内でのイスラム国(IS)の残党勢力に対する攻撃が出来なくなり、ISの復活を許しかねない。イラクでは、これに先立ちシーア派政権に対するデモが大規模に起きていたこともあり、反政府行動を封じる結果にも繋がっている。

トランプ政権は、というよりトランプ大統領は、これまでの大統領がスレイマニ司令官を標的としながらも実行しなかった行動を何故そしてどうしてこの時期に実行したのかである。これまでの報道では、米軍の総司令官がトランプに幾つかの選択肢を提供した中にスレイマニ司令官の殺害があったが、これは他の選択肢を比べ大きな危険を伴い、他の選択肢を選ばせるために入れたが、トランプ大統領が最悪の選択肢を側近の反対を無視して選んだとされている

▲写真 トランプ大統領 出典:Flickr; Gage Skidmore

この米国の対抗措置は、12月末に起きたシーア派の武装民兵組織による米軍基地への攻撃で米国の請負業者が死亡した後、シーア派武装民兵組織を軍事攻撃し、これに抗議する大衆がバグダッドのグリーンゾーンにある米国大使館を襲ったことにトランプ大統領が怒ったと言われている。

トランプ大統領は、オバマ政権時代に起きたリビアのベンガジでの米大使館襲撃で米兵が死傷した事件を厳しく批判していた。その時国務長官をしていたのがヒラリー・クリントンであった。

▲写真 バグダッド・グリーンゾーン 出典:Wikimedia Commons; User:Bobsmith040689

しかし、トランプ大統領の真意を思わせるビデオが既に公開されている。それは、2012年の大統領選挙前に、私人のトランプがビデオで、「オバマ大統領がイランに対して戦争を仕掛ければ必ず勝つ」と発言しているものだ。これは、既にニューヨーク・タイムズ誌などでも言及されている。米国では、戦争中の大統領は国民の支持を得て選挙では負けないというのが通説となっている。また、国内でのトラブルを外国に向けさせる方法としての危機を作り出すといったこともよくあることだ。

トランプ大統領は、12月に議会下院でウクライナ疑惑で弾劾された。上院で裁判にかけられることになっているが、下院で過半数を握る民主党は、上院で多数を握る共和党が公正な裁判を許す状況を作っていないとして、弾劾決議を上院に送るのを遅らせている。

米国の歴史上3人目となる弾劾裁判を目前にしているトランプ大統領に取って、イランと言う敵国との緊張を高めることによって今年11月の大統領選挙で再選を狙っていると取られる理由になる。ウクライナ疑惑も選挙での再選を狙った工作であった。すべてを自らの利益のために行っていると言われても仕方のない状況を作っている。

イランとの戦争は、イラクとの戦争などとは比べ物にならない中東全体を巻き込んだ戦争になりうる。当然余波は中東だけに留まらないことはゆうに想像できる。この危険な状況を手遅れにならないようにする努力が今日本を含む国際社会に求められている。

トップ画像:スレイマニ司令官 出典 Wikimedia Commons; khamenei.ir(パブリックドメイン)


この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授

国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。

植木安弘

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