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.経済  投稿日:2020/2/6

石油無しでプラスチック作れる


文谷数重(軍事専門誌ライター)

 

 

【まとめ】

・石油がなくともプラスチックは作れる

・プラスチック原料は石油から天然ガスに転換しつつある

・競争力をもたない石油由来の国産プラスチック生産はいずれ消滅する

 

 

石油の重要性は低下している。これは拙稿「中東は日本の生命線なのか?」で述べたとおりである。すでに相当分は天然ガスで代替されている。また今後は太陽光、風力ほかの再生エネルギーが普及するので重要性はさらに低下する。

 

その指摘に対しては定番の反論がなされる。30年以上前からある「石油がなければプラスチックは作れない」内容だ。これは最近でも自衛隊中東派遣への賛同や再エネ批判でも「再エネでEVは動くがプラスチックは作れない」といった形で持ち出されている。

 

はたしてこの反論「石油がなければプラスチックは作れない」は正しいのだろうか?

 

これも誤りである。天然ガスから製造可能だからだ。しかもコスト面で石油より有利にある。石油からの樹脂生産は不利でありむしろ駆逐される立場にあるのだ。

 

■ 天然ガス樹脂は石油樹脂を駆逐する

 

プラスチックはどのようにして作られるのだろうか?

 

この質問は「石油から合成される」と答えられるだろう。初等教育では石油が原料と教えられる。中等教育では石油化学工業のプラントで合成されると習うためだ。

 

正確に「ナフサからエチレン分子を作る。それを重合させて必要な樹脂を作る」と解答されるかもしれない。原油からナフサを分留する。それをナフサ・クラッカーでエチレン分子に分解する。あとは目的の樹脂に合わせてエチレン分子を重合させ豆粒大の材料ペレットとする。そのような内容だ。

 

だが、これらの解答は古いものとなりつつある。

 

すでに天然ガスからのプラスチック製造が始まっているからだ。天然ガスにはエタンガスが最大で1割前後含まれている。それを分離しエタン・クラッカーで熱分解してエチレン分子とするやり方だ。

図)バイオ・プラスチックや廃プラスチック再生を含んだ「プラスチック資源循環戦略(概要)」

出典)環境省

 

この天然ガス樹脂は早晩に石油樹脂を駆逐する。原材料は安価である。合成効率も高い。その上、天然ガス資源の輸送効率も改善できるためだ。

 

■ 低コストの有利

 

天然ガス樹脂は石油樹脂を駆逐する。

 

その最初の理由は原材料価格の有利である。天然ガスは石油より安い。つまりエチレン製造コストを大きく引き下げられる。

 

天然ガスは同重量の石油の1/7程度の価格でしかない。最近の原油価格は1バレル55ドルである。対して米国産天然ガス価格は百万BTUあたり2ドルでしかない。1バレルは3.82百万BTUに相当する。そのため価格差は7.2倍となる。

 

そしてこれは市況が変化しても変わらない。これまで天然ガス価格は常に原油価格よりも安価であった。原油価格が150ドルに達しても天然ガスは同重量で40ドルであり同熱量で60ドルにとどまった。

 

原材料の段階で天然ガス樹脂は圧倒的に安くなるのである。

 

 

■ 製造効率の有利

 

また製造効率でも天然ガス製法は有利に立つ。

 

エチレンをだけを狙い撃ちで作れるからだ。材料はエタン分子のみと揃えられている。また分子量から熱分解してもエチレン、メタン、水素にしかできない。つまり熱分解操作を適切にすれば概ねエチレンだけが作れる。無駄がない。

 

対して石油製法では副産物も大量に生成される。大本のナフサの分子量もやや大きいので多種多様な炭化水素の組み合わせが生まれる。

 

これは原理的に回避できない。ナフサ分解では工夫をしても限界がある。特定分子の生成確率をあまり高くできない。

 

そのため製造の効率やコストも大差がつく。例えば天然ガス樹脂のプロセス・コストは石油製法の半分といった数字もある。(*1) 当然ながら石油樹脂は天然ガス樹脂に太刀打ちできないのだ。

 

■ 輸送コストの改善

 

そして天然ガス樹脂製造では輸送効率改善のメリットも伴う。

 

天然ガスは輸送コストが高くつく。大量輸送にはパイプライン敷設か液化しかない。そしてどちらも大規模高額な設備が必要となる。

 

ただし、これは山元での樹脂製造である程度改善する。

写真)建設中のシェル社エタンクラッカー。山元にあたるペンシルバニアで建設中であるため世界で一番安いエチレンを製造可能

出典)WIKIMEDIA:Drums600 (CC BY-SA 4.0)

 

まず、原料となるエタン相当分の輸送コストが節約できる。最終製品の樹脂ペレットとすれば輸送コストは劇的に下げられる。バラ積み船でも粒体コンテナでも袋詰でも運べる上、粒体ポンプで取り扱えるようになる。

 

また、天然ガスの輸送コストも抑えられる。ガスからエタン分を除去され純メタンとなるのでガス輸送量を小さくできる。単価はともかく数量が減る。

 

さらには川下でのLNG製造も安くなる。エタンごと冷やす無駄も省けるのだ。

 

この節約効果は6〜26%にも至ると見積もられている。山元でのエタン利用とガス組成からの除去により天然ガス産業のコストは相当に安くなる。(*2)

 

そのため天然ガス業界は山元での樹脂生産を選択する。今後は最安価な樹脂ペレットが大量出現するのだ。

 

これも価格競争力がない石油樹脂生産を圧迫するのである。

写真)一度工場でコンテナに詰めればそのまま購入者まで届く、もっとも安価なライナーバックによる汎用型の海上コンテナ輸送

出典)Cefic:欧州化学工業連盟ののPDFファイルより

 

■ 国産樹脂生産は終わる

 

天然ガス樹脂は石油樹脂を駆逐する。以上がその理由である。

 

なお、その動きはすでに始まっている。

 

エタン・クラッカーは本格生産を始めている。2010年代前半から米国ほか天然ガス産出国で多数が建設されており商業運転の段階にある。

 

呼応するようにナフサ・クラッカーは稼働をやめている。日本国内でも2014年から各社は1つから2つのプラントを停止させた。

写真)テキサスで建設中のエクソン社エタンクラッカー

出典)エクソン社TWITTER (2018年2月10日)

 

いずれは国産エチレン生産はなくなる。原油樹脂の生産は早晩に終わる。(*3) だが国産天然ガス樹脂の生産は始まらない。天然ガスは日本では液化費用や専用船コストで高めになる。つまり樹脂を生産しても価格競争力を持ち得ない。「それなら産出国でのプラント建設に投資したほうがよい」となるからだ。

 

 

(*1) 「これまで好調だった石油化学産業の最新動向 : 本格的なシェール・ガスを原料としたエチレン輸出」『オイル・リポート』1885(2019.4.3)pp.4-9.

 

(*2) Holland,Bill”Appalachia Gaining NGL Manufacturing advantage over Texas,study says” SML Energy Daily Gas Report 22 Mar 2019.

 

(*3) 一部は残るかもしれない。使い勝手に困る合成軽質ナフサの分解用、または軽質コールタールや廃プラスチック、バイオマスから比較的重質な素材原料生産のためである。

 

トップ写真)樹脂ペレット

出典)wikimedia: gentlemanrook (CC BY 2.0)


この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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