国連と逆行 日本の薬物報道
田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)
【まとめ】
・悪化の一途をたどる日本の薬物報道。
・国連は、薬物政策の非犯罪化と人権への配慮を提唱。
・メディアの印象操作に踊らされることなく、冷静な判断を。
◆繰り返し使われる逮捕映像
2020年2月16日、フジテレビで11日に虚血性心不全で死去した野村克也さんの追悼番組「秘蔵映像でつづるノムさんの野球人生と家族愛」が放映された。
写真)野村克也氏
出典)『週刊ベースボール』1959年1月28日号、ベースボール・マガジン社、1959年、p.48
様々な選手とのエピソードや、おしどり夫婦と言われた奥様とのやりとりなどを振り返る番組だったが、なんといっても番組の目玉は便せん6枚に綴られた、元プロ野球選手の清原和博さんからの手紙だった。
おそらく番組から要請があり、野村さんに親愛の情を抱く清原さんがその要請に答えられたのだと思うが、丁寧な筆文字で便せん6枚にきっちりと書かれた手紙は心打つものであった。
手紙は読みあげられながら、野村監督と清原さんの秘蔵映像と共に紹介されていったが、清原さんが薬物事件のことに触れると、そこに突然逮捕時の映像がアップで流されたのには驚いた。
番組は、最初から「清原からの手紙」がでることをCMまたぎの度に引っ張り続け、最終的には番組終了直近に公開するという、明らかにスーパースター清原さんの人気を借りた番組作りであったにも関わらず、このような扱いはさぞ無念であったのではないかと推察する。
写真)清原和博氏
出典)Photo by Hahifuheho
そもそも清原さんらが逮捕された2016年頃は、麻薬取締官と警視庁組織犯罪対策第5課が最も悪質な守秘義務違反と人権侵害を行っていた頃で、この二つの組織はお互いが競うように、逮捕前にマスコミに情報を流し逮捕の瞬間をTV放映させたり、家宅捜査している映像を制作会社に渡したり、移送の瞬間を「サービスショット」と呼び、わざわざマスコミの前で後部座席を仕切るカーテンを全開にしてさらしものにしたり、挙句のはては逮捕前にマスコミに情報を漏えいし、逮捕時には自宅にマスコミが押しかけていたことまであった。
こうしたライバル部署であるマトリと組対5課の功績アピール合戦に、今度はジャーナリスト魂が劣化し、モラルも人権への配慮も失ったマスコミが、有り得ない暴挙に走っていき、ASKAさんの事件(のちに不起訴)の際などには、全く関係のないタクシー内での様子が各局で放映されたり、お昼のワイドショー「ミヤネ屋」で未公開曲を芸能レポーターの井上公造氏が勝手に番組内で公表するなどやりたい放題であった。
我々のような薬物問題や依存症の支援者は、度々このような大騒ぎに警告を発し、2017年度には「薬物報道ガイドライン」を作成したが、事態はなかなか収拾しなかった。
悪化の一途をたどる薬物報道であったが、2019年10月21日 KAT-TUNの元メンバー、田口淳之介さんらの弁護士であった望月宣武先生が、厚生労働省関東信越厚生局麻薬取締部に対し、「田口さんらの自宅を捜索した際の映像をテレビ番組制作会社に提供していた」として、国家公務員法(守秘義務)違反罪で、東京地検特捜部に告発状を提出し、さらにこの守秘義務違反問題が衆議院でも取り上げられ国会質問で追求されると、やっと逮捕時のスクープ映像をマスコミにリークしたり、サービスショットとしてマスコミの前で写真撮影のためにさらしものにするかのような所業は改善された。
しかし日本は薬物依存に対する考え方や対策が世界的にみても遅れに遅れており、特に地上波メディア、マトリ、警視庁組対5課の三つ巴は、自分たちの名をあげることしか頭にないとしか思えず、相変わらず薬物使用をした芸能人に対してスキャンダラスな報道や発言を繰り返している。
そして今回の様に地上波のメディアは平気で、社会復帰を果たしている超有名人である清原さんを番組の視聴率稼ぎのために利用しておきながら、一方で貶めるような行為を平気で行うのである。
◆国連が進める非犯罪化と人権への配慮
日本では全く知られていないが、2019年3月「薬物問題に関する国連システム共通の立場の実施に関する国連システム調整タスクチーム」は、国連システムが過去10 年間に学んだ教訓に関する最初の重要な報告書を発表している。
今、国連の薬物政策は非犯罪化そして人権への配慮という観点にどんどん進んでいるが、こういった国連の決議を、意図的にか?厚生労働省、法務省、外務省、警視庁のどこからも広報も邦訳もなされておらず、もちろんメディアも一切取り上げていない。
唯一、「日本臨床カンナビノイド学会」という学会のHPに邦訳が載っていたので、こちらのPDFから抜粋させて頂くと、
<P21非犯罪化に関する抜粋>
・薬物使用や薬物依存だけでは拘禁の十分な理由にはならない
- 介入を可能にするには、薬物の使用や個人的な使用のための所持などの行動を犯罪化する法律や法律の見直し、偏見や差別を減らすことが含まれる。保健セクター、暴力への対処、薬物を使用者たちの エンパワメントを支援している。
- 薬物の使用や所持を医学的・科学的な目的以外の目的で個人的に犯罪化することは、薬物使用者の病気のリスクを高め、HIVの予防や治療に悪影響を及ぼす可能性がある。それは、汚名と差別、警察による嫌がらせ、恣意的逮捕を増やす可能性がある
- 治療へのアクセスを容易にする上での主な障害は、医学的及び科学的な目的以外の目的での個人的な薬物の使用及び所持の犯罪化であり、国際的な薬物統制条約によって認められている柔軟性の範囲内 で、個人的な薬物の使用及び所持に対する刑事罰を科さないことを含め、健康に対する権利の障害を除去することを考慮すべきであると勧告した
- 12 の国連機関が、薬物使用と個人使用のための 薬物所持を犯罪とする法律の見直しと廃止を共同で 勧告した
とある。
いかがだろうか。日本の芸能人の薬物事犯に対する報道ばかりを見なれた方にとっては、驚くべき内容ではないだろうか。
なんと昨年3月には「国連システム調整タスクチーム」によって、「薬物使用者の治療へのアクセスを阻害するものは、犯罪化である。」と明記されていたのである。そしてまさにこれは現代日本で起きている薬物問題そのものである。
犯罪化されているがゆえに、薬物使用に苦しむ当事者と家族は「絶対にバレてはならない。」とばかりにひた隠しにし、相談電話ひとつかけることもできないのである。その上、マスコミが「これでもか!」とばかりに叩きのめしていたのでは、ますます震えあがらざるを得ない。さらには、こうしたメディアの過熱報道が一般庶民を洗脳し、薬物使用者はまるで極悪人であるかのような印象を植え付け、弊害を生んでいる。
これは薬物依存症者を持つ家族会の方に聞いた話だが、うっかり自分の家に違法薬物の問題があるなどと口を滑らしてしまったがために、職を失ってしまったご家族が何人もいるのだそうである。信じられないことに問題を抱えた当事者ではなく、家族まで社会的な居場所と経済力を奪われているのである。メディアは自分たちが作りだすスティグマで、罪もない人を追いつめている現実を真摯に反省して欲しい。
◆当事者のエンパワメント
そもそも清原さんのような薬物依存からの回復者は、ご自身の体験や回復プロセスを語ることで、もっとも効果的な薬物予防を行うことができる。国連の報告書にあるようにそれこそ使用者のエンパワメントである。
繰り返しスティグマを強化するよりも、社会に貢献して頂いた方が断然良いではないか。実際、清原さんも、俳優の高知東生さんも繰り返し自助グループの有用性などを語ってくださっており、私たちにとっては非常にありがたい存在である。
なぜわざわざこういった回復者のやる気をそぎ、貶める必要があるのか?逮捕映像を繰り返し使うことの弊害を、薬物依存症治療の第一人者である松本俊彦先生は「身体の病気も含めて。病状がひどかった時の映像を繰り返し使うのは、非常に屈辱的なことであり、回復を阻害する行為。本人の許可なく用いるのは人権侵害でもある。」とおっしゃっている。
現在、公判中の田代まさしさんもご自身のYoutube番組「ブラックマーシー」の中で、「逮捕映像を使われることは嫌だし、家族も傷つく」といった内容をお話しされている。
写真)田代まさし「ブラックマーシー半生と反省を語る」
出典)Youtube
メディアの役割というのは、薬物問題から回復し社会復帰された有名人の方の足を引っ張り、そのご家族を傷つけ、悲しませ、社会から居場所をうばうことにあるのか?それとも薬物問題からの回復に役立つような報道を心がけ、どんな人も再起しやすい社会が作られるようなコンテンツを作るのか?一体どちらにあると思っているのだろうか。
私たち依存症の当事者家族にとっても、芸能人の逮捕時の映像を繰り返し見せられることは、辛く、おびやかされていくので、今後は止めて欲しいと強く願っている。
そもそもメディアが本当に暴かなくてはならないのは、自分たちに都合の悪い文書は隠してしまうこの国の政治のあり方や既得権者ではないだろうか。
なぜ日本は、国連やWHOの動きに逆行しているのか?薬物使用者のスティグマを強化しておきたい、貶めておくことで得する人たちは誰なのか?それらを考察し地道な取材をすることこそがメディアの役割ではないのだろうか。
高い給料を税金からとっておきながら、末端も末端の使用者である芸能人の検挙にマトリや組対五課が血道をあげることは、国民の利益に繋がるのか?果たして効率的と言えるのか?捕まえるべきは製造者や密売人ではないのか?元マトリがタレント化し、メディアにひっぱりだこになっている現実をどう見るか?差別や偏見の温床となっている「薬物ダメ絶対教育」は、実はマトリや警視庁の天下り先の団体が行っているという事実をどう思うか?
つまり、国連もWHOも非犯罪化を推奨し、すでに欧米諸国が成果をあげているのに、そのメソッドを取り入れず、国連決議を広報どころか翻訳すらしないのは何故なのか?有名人の薬物問題をTVショーにし扇動することで得をしているのは一体誰なのか?それは決して国民の利益などになっていないことは明らかだ。
政治家や官僚が何かを頑なに何かを取り入れない、隠そうとしている、当事者、家族、支援者の声を聞こうとしない時というのは、必ずそこには既得権者がいると考えられるのが、残念ながらこの国の現実である。
こういったことに冷静に気付き、取材を深めるメディアが現在の日本にはひとつもない。
マトリや組対5課の投げてくれる、わずかばかりの「ごほうび情報」を有難がり、彼らの思惑通りに人権侵害の大騒ぎをして、スティグマを強化しているメディアとタレントコメンテーターは、本当に「ただ面白ければよい」と何も考えていないか、彼らもまた既得権者であるかのどちらかだと言えよう。
だからこそ賢くならなくてはいけないのは国民である。違法薬物について正確な情報を知って欲しいし、回復できる人たちの妨げになるようなことは止めて欲しい。それによって無駄な税金が使われ一部既得権者を守ることはあっても、国民全体の利益になることなど何もないのだ。
科学的に検証した結果、薬物対策で効果があるのは、「個人の薬物使用者の非犯罪化と、密売人などの供給元を断つべく国際的なネットワーク作り」と国連は答えを出したのである。
ではなぜ先進国であるわが国が、国連とWHOの決議に逆行しているのか。メディアが騒ぐべきは、その闇を掘り下げることであり、末端の一使用者に対して大騒ぎを繰り広げることなどでない。是非、国民の皆さんも既得権者の印象操作にこれ以上踊らされることなく、冷静な判断を下し、この国の薬物政策を変えて欲しい。
訂正:2020年2月23日16:20
以下、訂正いたしました。
誤:ASUKA
正:ASKA
トップ写真)国連楽物犯罪事務所ポスター
出典)UNDCP
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この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表
1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。