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.社会  投稿日:2020/2/25

遺伝子検査行う体制作り急げ


上昌広医療ガバナンス研究所 理事長)

【まとめ】

・遺伝子検査は重症患者だけ。無症状もしくは軽症の患者は見落とされている。

・乗員・乗客、希望者全員に対し遺伝子検査行い、陰性なら自宅に戻せば良かった。

・医師が必要と判断すれば、遺伝子検査を行う体制づくりが必須。

 

新型コロナウイルスの流行が拡大している。2月23日午後9時現在、国内で確認された感染者数は135人。クルーズ船の692人、チャーター便の15人、検疫や隔離・搬送に関わった6人を加えると838人になる。

 この数字は氷山の一角だ。確定診断には遺伝子検査(PCR検査)が必須だが、その必要性は厚労省が判断し、海外の流行地域への渡航・居住歴、あるいは濃厚接触者以外で、検査を受けることができるのは、「入院が必要な肺炎」と診断された人や「治療の効果が乏しく症状が悪化し続ける人」に限定されるからだ。つまり、重症患者だけだ。感染者の大部分は無症状あるいは軽症だ。彼らは見落とされている。

 私は、新型コロナウイルスは既に国内に蔓延していると考えている。都内と埼玉県の2箇所のクリニックで診療しているが、一週間程度、発熱の続く患者が増えたように思う。インフルエンザ検査は陰性だ。通常の風邪なら3-4日程度で治癒するから、これは異例だ。同じような経験は、他の医療機関で働く知人からも聞くことが多い。このような患者の中には新型コロナウイルス感染者もいるだろうが、遺伝子検査ができないため、診断されない。

 このような状態に陥ったのは、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)のような「感染症の司令塔」がないことが問題だという論調が強い。今回の流行が落ち着いた段階で、政府は新組織を含む体制強化を検討することを表明している。

図)新型コロナウィルス イメージ図

出典)CDC

 私は、政府機能を強化することで、感染症対策が上手くいくようになるというのは、何の根拠もない仮説に過ぎないと考えている。むしろ、現状を把握してない政治家・官僚、さらに有識者の権限が強化されることで、被害は増大すると予想している。

 その典型が、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の悲劇だ。当初、船内には2,666人の乗客と1,045人の乗務員がいた。総勢3,711人のうち、2月23日現在、692人が感染し、重症は36人、さらに80歳代の男女4人が死亡した。

 日本ではあまり問題視されないが、4名が亡くなったことは大きい。クルーズ船で海外旅行に行くくらいだから、検疫前は元気な人だったのだろう。彼らの死は検疫が原因といっても差し支えない。

 注意すべきは、検疫は国内に新型コロナウイルスを流入させるのを防ぐためであり、彼らには何のメリットもないことだ。メリットとデメリットを天秤にかける医療事故とは根本的に違う。医療界では似た例は健常者を対象に新薬をテストする第一相治験に近い。被験者の安全には最新の注意が払われ、一例でも死亡例が出たら治験は中止となる。乗員・乗客の人権を考えれば、検疫も同様に扱うべきだ。

ところが、厚労省は乗客や乗員の人権を軽視し続けた西浦博・北海道大学教授らの研究によれば、クルーズ船内では、一人の感染者から平均して5.5人が感染していたことがわかっている。これは中国疾病対策予防センター(CDC)の研究者たちが、1月29日に米『New England Journal of Medicine (NEJM)』誌に発表した2.2人の2倍以上だ。彼らは武漢の町を対象に感染力を推定した。政府は武漢在住の日本人は政府専用機で救出したが、クルーズ船の乗客には何もしなかった。

 クルーズ船では医療体制にも問題があった亡くなった84歳の女性の場合、症状が出てから遺伝子検査を受けるまで5日を要し、7日目には入院のため、下船している。亡くなったのは、その8日後だ。遺伝子検査で陽性になったことに驚き、対応を変えたのだろう。

 中国疾病対策センター(CDC)の報告によれば、全体の致死率は2.3%で、10代から40代が0.2%から0.4%なのに対し、80代以上では14.8%と跳ね上がる。

 高齢者を船内に閉じ込めれば、こうなることは容易に予想できたはずだ。停留は他にも問題だらけだ。詳しく知りたい方は、拙文をお読み頂きたい。

 では、どうすればよかったのか。私は乗員、乗客で希望者全員に対して遺伝子検査を行い、陰性だったら自宅に戻せば良かったと考えている。

 遺伝子検査はウイルス感染診断の標準的な方法だ。限界はあるものの現在、最も信頼できる検査だ。遺伝子検査陰性の状態で周囲にうつすとは考えにくいため、自宅に帰っても問題ないだろう。不安なら、定期的に検査をすればいい。

 厚労省は「検査能力が追いつかない」という主旨の説明を繰り返してきたが、それは彼らが国立感染症研究所と地方衛生研究所に委託していたからだ。いずれも「研究所」で、大量の臨床サンプルを処理することに慣れていない。1日の処理数の上限を1,000件程度に抑えてきた。その後、3,000件に拡張したが十分ではない。

国内には約100社の民間検査会社があり、約900の研究所を運用している一つの研究所で1日に控えめに見て20人を検査するとしても1万8,000人が可能になる。

 遺伝子検査を実施するための「物」も十分にある。知人の試薬会社の社員は「1週間もあれば25万回の検査は準備できる」という。

 問題は厚労省が民間に協力を依頼する気持ちがハナからなかったことだ。検査関係者は「最近、厚労省から検査能力について問い合わせがありました」という。

 世間の批判を受けての動きだろうが、厚労省の対応は見苦しい。厚労省は大手検査会社のみらかグループBMLに協力を依頼したが、彼らがクリニックから直接検体を受託することを規制した。みらかグループが医療機関に送った文章をご紹介しよう(図1)。彼らは「本検査は厚生労働省及びNIID(感染研のこと)のみから受託するものであり医療機関からの受託は行っていません」と記載している。体裁上はみらかグループの自主的な動きだが、どのような背景があるかは容易に想像がつくだろう。

 亡くなったクルーズ船の乗客は、早い段階で遺伝子検査を受けていたら、もっと早期に診断がつき、助かっていた可能性が高い。

検疫で亡くなった人たちは、国民の命を守るために一命を差し出した人たちだ。PKO活動で亡くなった隊員たちと変わらない。旅行中に引いた風邪をこじらせて亡くなった人とは違う。厚労省は勿論、我々にその認識はあるのだろうか。

私が厚労省の態度に腹が立つのは、自らの責任を回避すべく、平気で解釈をねじ曲げるからだ。

国立感染症研究所は2月19日に、クルーズ船内の感染状況をまとめたデータを発表した(図2)。この結果を受けて、脇田隆字座長は「(船内での)隔離が有効に行われたと確認した」と述べた。私は、このコメントを聞いて空いた口が塞がらなかった。

臨床研究で「比較」という行為を行う場合、比較対象をはっきりさせることが大切だ。脇田氏は、客室での隔離を始めたばかりの2月初旬と、感染者数が減ってきた中旬以降を比較している。このような「比較」をすれば、客室隔離が船内感染の抑制に効果があるということは可能だ。

ただ、これは爆発的な船内感染を批判され、言い訳しなければならなくなった厚労省の視点に立った解釈だ。彼らは検疫を継続することを前提としている。

乗客と乗員の立場に立てば見え方は違ってくる。彼らの健康を考えれば、そのまま上陸し、自宅や医療機関で過ごすという選択肢が「標準」だ。

イタリアでもクルーズ船の乗客が新型コロナウイルスに感染したが、検疫は12時間程度で打ち切り、乗員と乗客を解放している。

その後、イタリアでは新型コロナウイルスの感染が拡大し、6人が死亡した。流行の中心は内陸都市のミラノだ。クルーズ船の乗客との関係は指摘されていない。無駄な人権侵害をせずに済んだという見方も可能だ。

乗員・乗客の視点に立てば、感染研が提示したデータの解釈は変わってくる。検疫開始直後の蔓延は論外だが、個室に隔離しても一定数の感染が続き、さらに乗員の感染数は右肩上がりだった。

この事実から言えるのは、どんな方法をしても、船内に乗員や乗客を留める限り、感染は防げないということだ。イタリアのやり方が合理的だったことになる。

では、我々はどうすればいいだろうか。私はデータに基づき、合理的に考えることだと思う。

 そのためには正確に診断することが欠かせない。それには、どこの病院でも、医師が必要と判断すれば、遺伝子検査を行う体制づくりが必須だ

政府に求められるのは、強権を発動した指示ではない。現場への十分な資源を供給し、使いやすいように規制を緩和することだ。

日本の医療は厚労省の完全な統制下にある。医師数も医療の価格も中央政府が一律に決めている。私が知る限り、このような先進国は日本だけだ。これが利権を生み、日本の医療を弱体化している。

新型コロナウイルス対策にも影響が出ている。

新型コロナウイルスの遺伝子検査の価格は一万円くらいになるだろう。自費でも受けたい患者は多くいる。ところが、自費診療と保険診療を併用することは混合診療として、厚労省が禁止しているため、厚労省が承認し、保険適応としなければ、医療機関は利用できない

厚労省はクリニックでも診断できる簡易キットの開発にご執心で、感染研に予算措置した。確かに簡易検査はあれば便利だが、開発されるまで待つなど、悠長なことは言っていられない。24日に開催された専門家会議では、「ここ1-2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」と見解を述べているが、やっていることは正反対だ。

遺伝子検査には数時間はかかるが、遅くとも翌日には結果が分かる保険適応となれば、多くの民間検査会社が参入し、サービスは向上する。我々、臨床医は検査をオーダーし、検体を用意するだけで、営業担当者が来て、検体を回収し、結果を教えてくれる。多忙な外来診療の合間に保健所に電話をして、検査の必要性を説明し、申し込み用紙に記入する必要はなくなる。どちらの方が患者のためになるかはいうまでもない。

日本は新型コロナウイルス克服で世界をリードするポテンシャルがある。それは国民皆保険制度があるからだ。すべての国民が一定の自己負担を支払うことで、医療を受けることができる。新型コロナウイルスは指定感染症になっているので、診断されれば、医師は厚労省へ届け出が必要になる。普通に診療するだけでデータが蓄積する。そして、このようなデータを公開すれば、多くの研究者が議論に参加し、論文を書く。世界中で議論し、コンセンサスが形成される。

このことは国民にとってありがたい。エビデンスに基づいた政策や経営判断が可能になるからだ。

例えば、大規模イベントを行うか否かだ。このようなイベントを行えば、一定数の感染者が生じるのは避けられない。重要なのは、その影響力の程度だ。私は、満員電車での通勤や通学が日常化している都市部において、イベントを中止する効果は小さいと考えている。一方、イベントを中止すれば、その主催者は誰からも保証されることなく、大きな損害を被る。

また、国内外に対して新型コロナウイルス恐怖感を植え付ける。世界の多くは共産党専制の中国政府より、日本を信頼しているだろう。その対応には注目が集まっている。だからこそ、クルーズ船の失態はいただけない。

さらに、最近は東京マラソンを中止した。(編集部注:一般参加枠)東京都が自ら「日本は危険」と宣言したのと同じだ。それでいて、東京五輪は大丈夫と言っても世界は信頼しない。

写真)東京マラソン (2008年)

出典)Photo by Kure

安全か否かは検証しなければわからない。明確なエビデンスができるまでは、当事者の判断に任し、我々はその影響を科学的に検証することに力を注ぐべきだ。

もし、遺伝子検査が簡単にできれば、どのような影響があったか検証することが可能になる。東京マラソンを行った後に、東京の中心部でどの程度感染者が増えたか調べればいいのだ。このことが積もり積もってエビデンスに基づく政策になる。

新型コロナウイルスの経験を後世に残すべく、国民視点での合理的な対応が必要になる

 

図1

 

出典)みらかグループ

 

図2

クルーズ船内の感染者の推移

感染研のホームページより

 

トップ画像:写真)横浜市中区新港にある複合施設「横浜ハンマーヘッド」(新港ふ頭客船ターミナル)へ第一号入港したクルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス号」(2019年11月4日)

出典)Photo by NEOーNEED

 


この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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