「日本初の女性首相」当分無理?(下)ポスト・コロナの「勝ち組」メルケル首相その3
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・15年の長期政権にも関わらず、メルケル氏に傲慢さなどの批判はない。
・防衛大臣を経験の小池・稲田氏、国防問題について独自の知見を見せず。
・「知名度と容姿が集票力に直結する」有権者にも問題が。
ドイツのメルケル首相は、2005年以来15年の長きにわたって政権の座にある。米国の大統領の任期は4年で、2期8年を超えることはない、とされている。もう少し厳密に言うと、これは当初、専制政治に陥ることを防ぐための不文律であった。
初代大統領ジョージ・ワシントンが、3期目を求めなかったことにその根拠が求められるが、そもそもこれは年齢的な問題に過ぎなかった、と考える歴史家も少なからずいる。また、合衆国憲法修正第22条が定めているのは「2期」であって、10年までその地位にとどまることが法的には可能であるようだ。
日本にも、首相の任期というものは定められていないのだが、自民党総裁の任期というものがあり、両者を混同している人が結構いる。しかしこれは、
「自民党総裁選を制した者が自動的に総理の座に就く」
という政治状況を許してきた、野党にも多大な責任があろう。
いずれにせよ、15年の長きにわたるメルケル政権に対して、長期政権にありがちな傲慢さや腐敗という批判がほとんど聞かれないことは、もっと評価されてよいと思う。移民の問題や緊縮財政に対する批判は今もくすぶっているけれども。
前回、小池都知事がメルケル首相と違って、その政治的キャリアを「渡り鳥」などと揶揄されているのは、本人の言動にもっぱらその理由が求められる、と述べた。
彼女は、よく知られるように、2007年、第一次安倍政権下で女性として初めての防衛大臣となった。二人目が稲田朋美・自民党幹事長代行である(肩書は2020年6月時点。以下同じ)。
前出の『女帝 小池百合子』の中では、最終的に安倍首相に反旗を翻した小池都知事が、「自分は女性初の防衛大臣。任命してくれたのは安倍さん」
などと言いふらすのが我慢できず、上書きする意味で女性を起用したのでは、と示唆されている。しかし、安倍親衛隊と呼ばれた稲田防衛大臣も、南スーダンPKOに派遣された自衛隊の日報改ざん問題で、引責辞任の沙汰となった。在職期間は1年にも満たなかった(2016年8月就任、翌17年7月辞任)。
▲写真 稲田朋美・自民党幹事長代行 出典:Flickr; U.S. Secretary of Defense
二人に共通するのは、防衛大臣という地位にありながら、国防問題についての独自の知見というものを披露したことがない点だ。
「日本人女性として初めてカイロ大学を、それも首席で卒業した」
と称する小池都知事は、
「入学式で匍匐前進をさせられた」「第4次中東戦争を目の当たりにした」
などとさかんに吹聴し、マスコミなども、こうした経験が彼女の、憲法改正に前向きなタカ派的言動の背景だと、安易に信じ込んでいたようだが、私は複数のジャーナリストや中東問題に詳しい元外交官から、いずれも事実とは考えにくい、との証言を得ている。
稲田幹事長代行はもともと弁護士だが、若者に自衛隊体験を課すアイデアを披露し、
「今の草食系と呼ばれる若い人も、自衛隊に入れば背筋がびしっと伸びる」
などと発言してヒンシュクを買った(徴兵制度の肯定ではない、と釈明はしている)。
さらに言うなら、1年生議員当時の小池都知事はミニスカート、防衛大臣時代の稲田幹事長代行は網タイツがトレードマークであった。
女(らしさ。あるいはそうしたファッション)を売り物にしつつ、男性社会を旧弊だと批判して、女性がトップに立つべきだと主張するのは、矛盾していないだろうか。連載第1回で、メルケル首相のファッションにこだわらない姿勢を「ダサかっこいい」と好意的に紹介したのも、話がここにつながってくる。実は男性にも通じる話で、本当の洒落者というのは自分のスタイルが確立しているので、スーツはすべて同じデザインだったり、同じ柄のネクタイを何本も持っていたりするものなのだ。
都知事選の対抗馬として名前が取り沙汰されるなど、小池都知事のライバルと目されていたのが丸川珠代・自民党都連女性局長(参議院議員)である。
▲写真 丸川珠代・自民党都連女性局長 出典:丸川珠代Twitter@marukawatamayo
小池都知事と同じ兵庫県出身で東大卒、元TV朝日アナウンサー、環境大臣経験者と共通点も多いが、彼女の場合、2004年にニューヨーク勤務から帰国して以降、6度の国政選挙に際し、一度も投票していなかった。そればかりか、2007年に事前投票しようと新宿区役所に出向いた際、選挙人名簿に名前がないことが分かったという。選挙権がないまま参議院選挙に立候補していたのである。
そんな調子であるから、彼女の発言の中で、もっとも世間の耳目を集めたのは、安倍首相を厳しく追及する野党議員に対して、
「愚か者め!」
というヤジを飛ばしたことであった。他にも、選挙ポスターに
「日本人でよかった」
と大書し、これは人種差別発言に当たるのではないか、と批判されたこともある。
ネトウヨ、もとい、右派の人たちの多くについても言えることだが、日本人であることを誇りに思えと主張するのであれば、まずは美しい日本語をもう少し大切にしていただきたいものだ。
未だ閣僚経験はないが、自民党女性局長を務める元女優・歌手の三原じゅん子参議院議員も、安倍首相の「親衛隊」と呼ばれている。彼女に至っては「八紘一宇」という戦時中のスローガンを、
「日本人が代々大切にしてきた精神」
であると国会で言い放ち、さらには「神武天皇実在論」を開陳して、識者を唖然とさせたことがある。
▲写真 三原じゅん子参議院議員 出典:三原じゅん子Twitter@miharajunco
「3年B組」時代に、夜遊びにうつつを抜かしていたから、こんな大人になったのだ……というのは、まあ冗談ではあるけれど、ここまでひどいと、まともに批判する気にもなれない。
このように、定見と言ったものが見えてこないばかりか、右翼的と言うも愚かな、無内容な国粋主義的発言を繰り返すから、多くの有権者も、こんなのが総理になったら、たまったものではないと考えるのだろう。
もちろん最大の責めを負うべきは、
「知名度と容姿が集票力に直結する」
などという安直な判断に基づいて、女子アナや女優、マスコミ受けしそうな女性弁護士などを、選挙に引っ張り出してきた政党上層部であり、そうした思惑に乗せられて安易な投票行動をしてきた有権者である。
これこそが本当の意味での女性蔑視であり、わが国で女性首相が誕生することを阻んでいる真の障壁であると、私は考える。
こうした問題に気付かなかったり、気づかないふりをしたり、中にはむしろそれを利用して、うまく立ち回ろうとする人が、本当に残念なことながら、知名度の高い女性政治家の中で多数派を占めているように思えてならない。
上昇志向・権力志向は、それ自体としては必ずしも悪いことではないのだろうが、それだけを原動力として「初の女性首相」を目指されたのでは、国民はいい迷惑である。
トップ写真:小池都知事 出典:東京都知事 小池百合子の活動レポートFacebook
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。