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.国際  投稿日:2019/11/29

フィリピン麻薬問題担当副大統領解任


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・ロブレド副大統領、麻薬問題担当を2週間で解任。

・ロブレド氏は米・国連等との会談「草の根の状況」把握に尽力。

・副大統領の精力的活動にドゥテルテ大統領は怒りを募らせたか?

 

フィリピンのドゥテルテ大統領は24日、麻薬問題を担当する組織の共同議長に任命したレニー・ロブレド副大統領の解任を明らかにした。11月6日に就任したばかりのロブレド副大統領は2週間余でその職務を解かれたことになり、背景に一体何があったのか観測が飛び交い、大統領と副大統領の思惑が交錯する状態となっている。

ロブレド副大統領は野党の立場からドゥテルテ大統領が2016年の大統領就任以来進めている麻薬対策で、司法手続きによらない現場での容疑者射殺などの超法規的措置に強い反対を表明してきた。

大統領と副大統領を別々に選挙で選ぶフィリピンの方式では大統領と政治信条の異なる野党の副大統領が誕生することがあるため、ドゥテルテ政権は発足当初から副大統領が野党の立場から政策に異を唱えることがあった。

特にドゥテルテ大統領が推し進める強硬な麻薬対策にロブレド副大統領は当初から反対姿勢を示していた。

▲写真 ドゥテルテ大統領 出典:Wikimedia Commons; PCOO EDP

 

■ 「批判者」への期待を大統領表明

そうした中、10月下旬にドゥテルテ大統領が唐突にロブレド副大統領を麻薬問題で各省庁を横断的に総括する「違法麻薬取締各省庁間委員会(ICAD)共同議長」への就任を要請した。

当時ドゥテルテ大統領は「(自分の麻薬対策を)批判する者は答えをもっているだろう」と述べてICAD共同議長ポストへ指名した。これに対しロブレド副大統領は「超法規的殺人を終わらせることができるなら、この(ICAD共同議長への就任という)挑戦を受けて立つ」と就任を受け入れることを11月6日に表明した。1117「フィリピン密輸品は中国から」参照)

ドゥテルテ大統領の推進する麻薬対策での超法規的殺人などに批判的だった人権団体やキリスト教組織、国際社会はロブレド副大統領のICAD共同議長就任で「フィリピンの麻薬対策の方向転換が期待できる」と大きな関心と期待を示していた。

 

■ 米、国連関係者と会談、現地視察

ロブレド副大統領はICAD共同議長就任直後から積極的に活動を開始した。麻薬問題の最前線である現地視察をするともに、米政府機関「国務省国際麻薬・法執行局」「麻薬取締局(DEA)」「連邦捜査局(FBI)」の担当者や国連の「薬物犯罪事務所(UNODC)」代表などと相次いで会談し協議を進めた。

協議の具体的な内容は明らかになっていないが「米側はフィリピンの友好国として可能な限り協力する姿勢を示してくれた」(ロブレド副大統領)と述べ、今後の麻薬対策に期待をもたせた。

このように好調な滑り出しを見せていたロブレド副大統領による麻薬対策だが、11月24日に大統領府のサルバドール・パネロ報道官が声明を発表し、ドゥテルテ大統領によるロブレド副大統領のICAD共同議長解任を発表したのだ。

声明の中でパネロ報道官は「もし真剣にロブレド副大統領が麻薬問題と取り組もうとするなら米政府や国連関係者と協議を重ねるより、麻薬問題の犠牲者やその家族など草の根の人々と接することが必要だ」「(ICAD共同議長への)指名を受けて2週間以上経過したが、ロブレド副大統領は自分の進めたい麻薬対策の構想を提案しなかった。大統領は我慢してきた」「麻薬との闘いでは1日の遅れが国民の命を危険にさらす」などと説明している。

しかしロブレド副大統領はICAD共同議長就任後、ケソンシティーの麻薬患者リハビリセンターやバターンにある麻薬常習者のための施設、さらに麻薬対策に取り組む医療施設、麻薬犯罪が蔓延しているとされる一般の市場3カ所などを精力的に訪問するなど「草の根の状況」を把握する努力も行っていた。

▲写真 サルバドール・パネロ報道官とドゥテルテ大統領 出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

 

■ 精力的活動が大統領の逆鱗に触れた?

こうしたロブレド副大統領の精力的な動きが逆にドゥテルテ大統領の怒りに触れ、解任に追い込まれた可能性も浮上している。

ロブレド副大統領がUNODCの代表と会合をもった後の16日にドゥテルテ大統領は「機密を漏らしたら解任だ」と釘をさし、19日には会見で「(副大統領と自分は)対立する立場にあることに加え、よく彼女のことを知らずまた信頼できない」とまで言い切っており、国際社会をも含めたロブレド副大統領の精力的な活動が予想以上の反響を得て期待が高まったことに大統領が怒りをつのらせていたとの見方が強く、遠からずの解任は不可避だったとの見方が支配的だ。

そこで疑問となるのは「ではなぜそんなロブレド副大統領をICAD共同議長に起用したか」ということであるが、ICAD共同議長就任でロブレド副大統領が批判している麻薬対策の実状を知る機会を与えて、少しでもその急先鋒の姿勢を和らげようとの狙いがあったともいわれている。

さらにはパネロ報道官が解任理由の中で「UNODC代表との会合でロブレド副大統領はフィリピンに恥をかかせた」とも言及していることから、国連関係者らに超法規的措置に関する詳細な内情を報告し、それが「フィリピンの恥部」に当たることで不要なことだったとして、このままではドゥテルテ政権の足元が揺らぐ可能性もある、との判断から早期解任に動いたとの観測もでている。

いずれにしろ、フィリピンの麻薬問題は依然として最大の国内課題の一つであり、その解決策は政権の急務であることには変わりないものの、その方法論を巡る複雑な事情や思惑が今回のロブレド副大統領解任劇の背景には隠されているのは確実で、今後の動向が大いに注目される状況となっている。

トップ写真:握手をするロブレド副大統領とドゥテルテ大統領(2016年)出典:republic of philippines


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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