菅首相のリーダーシップに期待【菅政権に問う】
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・菅内閣が16日に発足して1週間たった。早期解散は遠のいた。
・人事権を振りかざすだけでは官僚機構は動かない。
・菅首相のリーダーシップ次第で、改革が進むかどうか決まる。
菅内閣が16日に発足して早1週間。当初9月末にも解散などと巷間言われていたが、そんな気配はなく、自民党党本部内からも「年内はない」とおおっぴらに声が聞こえる状況になった。しかし、こればかりは誰も分からない。全ては菅首相の胸先三寸なのだから。
「政局大好き」のマスコミからは「支持率が高い今やらねばいつやる」と国民には全く関係ない「ラブコール」?が発せられるが、菅首相はマイペースに仕事をこなしている。
■ 菅内閣の人事
さて菅内閣の閣僚人事にサプライズは無かった。目玉は河野太郎行革相ぐらいのものだろう。縦割り行政の打破を謳っている菅内閣において、どれだけ力を発揮するか注目だ。しかし、筆者は懐疑的だ。霞ヶ関の各省庁の壁はとんでもなく厚い。官僚は省益を守るために動く。したたかかさは天下一品だ。自分たちにとって都合の悪い情報は絶対上にあげない。大臣一人でどうにかなるわけではない。
▲写真 河野太郎 出典:防衛省
組織を動かすには人事権を握ればいい。常識だ。そこで安倍政権は内閣人事局を作った。しかし、いくら幹部の人事を内閣が握ったとしても、大枠は変わらない。結局は内閣がどれだけ一つ一つの政策に真摯に取り組むかどうかで決まる。もっといえば、首相がどれだけ本気になるか、に尽きる。
▲写真 「内閣人事局」看板かけ 平成26年5月30日 出典:首相官邸
■ 安倍政権の実績
第2次安倍政権の功績は1にも2にも、アベノミクスで株価を上げたこと。外交でABEの名前を世界に知らしめたこと、の2つだろう。特に株価を上げ、経済が上向いたことで、高い内閣支持率を確保したことは間違いない。しかし、以前の記事でも指摘したとおり、アベノミクスの3本目の矢である「成長戦略」は不発だったし、安倍氏得意といわれた「外交」でも、安定していたのは日米関係のみで、対中、対韓、対北朝鮮、対露、どれをとっても成果は無かった。そしてあれほどこだわっていた(ように見えた)憲法改正論議も全く進展無しだった。
政権末期は、「モリカケ問題」に始めまり、「桜を見る会」、「黒川元検事長問題」、と政権の驕りばかりが目につき、ある意味レイムダックだった。官僚はそんな内閣に振り回され、改革どころでは無かったと思う。結局、「新型コロナ」が安倍政権にとどめを刺した、ということだ。
▲写真 桜を見る会 平成31年4月13日 出典:首相官邸
■ 菅内閣の取り組む政策
本題に戻ると、官僚機構を活かすも殺すも、首相のやる気次第だということだ。だれが証拠隠滅やら法律の拡大解釈などしたいものか。内閣への忠誠心が失せるどころか、サボタージュに走るものだって出てこようというものだ。「面従腹背」は官僚の専売特許でもある。
ただし。霞ヶ関は世界一のシンクタンクと言われている。それを使いこなして来なかった政治家が問題なのだ。
菅総理はとりあえず「改革をやる気」はあるようだ。曰く、「携帯電料金の引き下げ」、「行政のデジタル化」、「不妊治療の保険適用」。。。
どれも国民にとって悪い話ではない。ただし、どうも個別最適な感は否めない。「携帯電話事業」に関して言えば、5Gで海外勢に後れを取り、既に6G開発競争のまっただ中だ。これまで中韓勢のリードを許してきたがどう挽回するのか?同じ事は「EV(電気自動車)」でも言える。HV、PHVの投資回収にいそしむトヨタに遠慮したのか、EV量産化で日本は世界に先鞭を付けたにもかかわらず、いつの間にかその座を米テスラに奪われている。こちらも正しい政策が取られてきたのか大いに疑問だ。
「エネルギー問題」はどうだろう。東日本大震災後、「原発再稼働問題」はほっぽらかし。一向に動かせない原発の安全対策に膨大なお金が投入されている一方、再エネの大量導入推進で電気代は上昇し、国民の生活を圧迫している。そして化石燃料の中東依存度は高止まりし、火力発電に頼っている事を世界から非難されている。こうした現状をどう変えるのか、前政権は真剣に取り組んできたとは思えない。
「行政のデジタル化」にも政府はこれまた全く本気になってこなかった。「マイナンバーカード」が普及しなかったのは、国民のせいでも何でも無く、政府が本気にならなかったからにすぎない。「私たちにとってメリットがわからない」これに尽きる。「マイナポイント」5000円などというせこいプロモーションで一体誰がカードを新たに作るのか?そもそも政治家はかのカードを作るのにどれだけめんどくさいか、知っているのだろうか?「デジタル庁」を作ればいいというものではないのだ。
▲図 マイナポイントHP 出典:総務省マイナポイントサイト
「不妊治療の保険適用」も既に医療従事者から色々な意見が出始めている。広範な議論が必要だろう。一方で晩婚化、非婚化、セックスレスなど、少子化の問題は奥が深い。が、一番根源的な理由は、経済的なものだろう。世帯収入が低く、到底子供を持てない、という声がどれだけ大きいか政府は分かっているのか。
かつて国民民主党の玉木雄一郎代表が、第3子に1000万円給付、と言っていたが、それくらいインパクトのある政策をとらない限り、子供は増え無いと思う。この問題の解決策は複雑多岐にわたり、小手先の政策でどうにかなるものでもないのだが、海外で人口が増加に転じた国は移民を受け入れている事が多い事は事実だ。そうした議論も深める必要があろう。
■ 負の遺産清算とリーダーシップ
菅首相には、第2次安倍政権の官房長官だった。当然安倍政権の負の遺産に責任がある。それを清算することを忘れてはならない。同時に、新型コロナで傷ついた経済を1日も早く立て直すことだ。過度の自粛の緩和もそうだし、感染症に対する正しい知識を国民に広める事も必要だ。
菅首相は「役所の縦割り、既得権益、そして悪しき前例主義を打破して、規制改革を行う。そして、国民のために働く内閣をつくる」と明言した。繰り返しになるが、一にも二にも菅首相のリーダーシップ次第で、改革が進むかどうか決まる。
国民は美辞麗句に飽き飽きしている。戦う姿勢を示し続けることしか、今の高い支持率を保つことは出来ない。菅首相が本気で長期政権を築くつもりなら、「スピード感」などという官僚用語から離れて、とにかく実績を早く見せてもらいたい。そう願うのは筆者だけではあるまい。
トップ写真:菅義偉首相 2020年9月23日 出典:首相官邸
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。